「よし、乾いた」
ぱん、とシーツを叩くと、お日様の匂いがした。
今日は久しぶりの晴れ間だった。
いいお天気で湿度も低くて、溜まりに溜まった洗濯物をやっつけるにはうってつけ。
いつもは賑やかを通り越して騒々しいこの家も、今は私一人。
ミクとルカはマスターに呼ばれているし、双子はどこかに遊びに出かけている。カイトもおそらくアイスでも買いに行っているんだろう。
久しぶりの静かな環境を楽しみつつ、一人一人の服を畳みながら繕う箇所がないかを点検していく。
ミクの服、ルカの服、リンの服、レンの服。特に問題はなさそうで、最後はカイトの服。
「…おっきい」
悪戯心で着てみるも、やはり大きかった。
やっぱり男の人なんだなぁ、と実感する。
見慣れた白いコートは、私の体をすっぽりと包んでしまう。袖なんか手のひらまで隠れてしまうし、裾はまるでロングスカートのようだ。
腕を伸ばしてみたり、ドレスみたいに裾を摘んでみたり。面白くって、くるりと一回転してみたり。
なんだか楽しくなって、ふふ、と笑ってしまう。
首に巻いたマフラーにぎゅ、と顔をくっつけると、洗剤とお日様の匂いに混じって、いつものカイトの香りがした。
胸がきゅう、となる。まるで、カイトに抱きしめられているような気分。
めーちゃん、とカイトの声がしたような気がした。
カイト。
一度だけ呟いて、ぎゅ、と自分の体を抱きしめる。
「呼んだ?」
「…え?」
はっきりと聞こえた声に振り返る。
いつからいたのか、そこにはカイト本人が立っていた。手にはアイスの入った袋を持っている。
「いいいいいいつからいたの!?」
「いつからって…つい今さっきだけど」
「か、帰って来たなら声ぐらい掛けなさいよ!」
「いや、玄関で一回めーちゃんって呼んだんだけど、返事がなかったから」
しまった。
聞こえたような気がしたアレは、本人だったのか。
まじまじとカイトが私の格好を見詰める。
いたたまれなくなって、慌てて脱ごうとするけど、手がぶれてうまくいかない。
「ち、違うのよ、これはあの…ほら、ほつれてる所がないかなって思って着てみただけなの」
「…ふーん?」
「本当よ、だってほら、あんたうっかりしてるからすぐどっかに引っ掛けるでしょ?だから…」
「……」
懸命な言い訳を聞いているのかいないのか、アイスの袋を投げ捨ててカイトは無言で私に近づいてくる。
優しく、でも強引な近づき方。
妹弟たちの前では決してしない、『男』の笑顔で。
逃げようとしても無駄だった。腕の長さは、たった今自分で確認したばかり。
あっという間に体ごと絡めとられ、すっぽりとカイトの胸の中に納まる。
「可愛い、めーちゃん」
「ちょ、ちょっと…!」
「あんなに可愛い笑顔、俺に見せないなんてずるいよ」
そう言って、カイトは少しだけ体を離して私を見つめる。
「…服だけじゃ、物足りないでしょ?」
「……!」
腕から逃れようと試みるも、無駄な抵抗だった。
力いっぱい振り上げたはずの拳は、ばすん、と軽い音を立ててカイトの胸元に吸収される。
「好きだよ、めーちゃん」
ぎゅう、とさらに強く抱きしめられ、耳元で囁かれるとびきり甘い声。
びくんと体が跳ねた。
―― こうなったらもう、勝ち目なんてあるわけない。
「…アイス、溶けるわよ」
「うん、でも、めーちゃんがいい」
ずるいのはどっちよ。
そう呟くと、カイトはふっと微笑む。
さっきよりずっと強いカイトの香りに包まれながら、私はおとなしく目を閉じた。
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ご意見・ご感想
しょこ
ご意見・ご感想
まさかあの絵からこんなに可愛い小説が生まれるとは…!
始終ニヤニヤしっぱなしでした^///^
めーちゃんかわいいよめーちゃん…
素敵な文章ごちそうさまです!
本当にありがとうございました!
2010/03/24 00:32:06
キョン子
早速見ていただけてうれしいです!
あのめーちゃんは国宝級に可愛らしかったので…
イメージと違ったらどうしようかと不安でしたが、一安心です^^
また…よければ…めーちゃんを描いて下さると…狂喜乱舞です…笑
こちらこそありがとうございました!!
2010/03/24 00:45:34