休憩室にあてがわれたベンチに、レンは腰を落とした。
先程目の前の自販機で買った缶コーヒーを開け、喉に流し込む。
時計を見れば、時間は三時十五分を指していた。
もう少しで仕事が終わると考えると、自然と頬が緩んだ。
「だらしない顔だなぁ」
その声の方にレンが顔を向ければ、青い髪の青年が笑いながら立っていた。
青年――カイトは自販機でコーヒーを買い、レンの隣に座って缶を開きそれを口にした。
「ふぅ…。会社の女性陣が見たら、がっかりするんじゃないかな?」
そう言われたレンは、既に緩みの無くなった顔で興味無さげに答えた。
「別にどうでもいいですよ、女性からの評判なんて」
そう言って、コーヒーを飲み干すレン。
「うわぁ…なにそれ、既婚者の余裕ですか?」
「煩いですよ、先輩。毎回それで茶化すのやめてくれません?」
「だってさ~、毎日幸せそうな顔をしやがるんだもん」
そう口を尖らせて、ぶーぶーと子供のように文句を垂れた。
レンは嫌味を込めた笑顔を向け、言葉を投げ掛ける。
「先輩だろうと、この幸せを分けるつもりはありませんから」
「…ほんっと、昔から腹黒いよね」
カイトとレンは学生時代の先輩後輩の関係で、現在勤めている会社もカイトに誘われた。
二人の間では、このやり取りは日常茶飯事らしい。
「にしても幼馴染みと結婚とか、どこのエロゲですか?」
「社会人なら、妄想と現実の区別くらいは出来てください」
カイトの悪ふざけに、レンは辛辣な言葉を返す。
時計を一瞥してレンは立ち上がり、手にある空き缶をゴミ箱へと捨てた。
「レン、今日も定時で帰んの?」
カイトは自分のコーヒーを口にしながら、休憩室から出ていこうとするレンに聞いた。
その質問に、レンは当然の様に答える。
「もちろん。今日の分はもう終わってますし、明日の確認と準備して帰りますよ」
当たり前に言う後輩を見ながら、カイトは大きな溜め息をこぼした。
事実、目の前にいる後輩は仕事をこなすのが早い。
そこに文句の言い様が無いことに、ほんの少し腹立たしさを覚えた。
「いいねぇ、仕事が出来る人は。気兼ねなく帰れて」
「僕が早いんじゃなくて、先輩が遅いだけです」
皮肉を込めた台詞を黄色い後輩に投げつけるが、それは物の見事に一蹴された。
「ってか、先輩はもう少しやる気を出して下さい。やれば出来るくせに」
レンのその言葉も、また事実だった。
ここでの仕事を教えてくれたのは、目の前の青い先輩である。
仕事に慣れてきたからこそ分る、カイトが自分より仕事が出来る事に。
癪ではあったが近くでその仕事ぶりを見てきたが故に、それをレンは認めざるをえなかった。
「でもなぁ…、やる気が出ないんだよね」
そうやって呟く度にだらける先輩を、後輩は冷たい視線を向けた。
そんな視線も意に介せず、カイトはレンに聞く。
「仕事するのに、どうしたらそんなやる気出せんの?」
その質問にレンは少し考え、満面の笑顔をカイトに向けて言った。
「…『お帰りなさい』」
「………へ?」
間の抜けた声を出すカイトを他所に、レンは言葉を続ける。
「後、笑顔が見れますから♪」
「それじゃあ」と言い残して、レンは休憩室を後にした。
取り残されたカイトは、後輩の捨て台詞を頭で反芻する。
暫くして言葉の意味を理解し、カイトは口を軽くひきつらせた。
「ホント、良い性格してるよ」
そう静かに言って空き缶をゴミ箱に投げ捨て、また溜め息を吐いた。
*
レンが自らの職場に向かって歩いていると、突然ポケットの中の携帯電話が振動する。
取り出して画面を確認するとそこには、自分と同じ名字と愛しい彼女の名前が表示されていた。
予想だにしていなかった人物からの電話に、レンは慌ててトイレの中へと駆け込む。
念のために周りに誰も居ないことを確認して、ボタンを押して携帯電話を耳に当てた。
「もしもし、どうしたのリン?」
『あ、レン?ごめん、仕事中だった?』
その程度のリンの言葉を耳にするだけで、レンの心は喜びで満ちていた。
そんな嬉しさを噛み締めながら、レンは返事をする。
「大丈夫だよ、休憩中だったし」
『良かった~。…あ、今日は早く帰れそう?』
「それも大丈夫、今日も定時で帰れるよ」
レンは「も」の部分を強調して、笑いながら答える。
『じゃあ、早く帰って来てね♪今日はカレーだから………ってぁああああっ!?』
「リン!どうしたの!?」
向こう側からの叫び声にレンは驚いて、焦りの混じった声でリンの安否を確認する。
実際には一秒程の間ではあったが、レンにはとても長く感じた。
そんな僅な間の後に、静かな声が返ってきた。
『………福神漬け、買うの忘れたぁ…』
「………」
心配が大きかった分、レンは暫く言葉を失ってしまった。
先程より長い沈黙に、電話の向こうのリンは疑問の声でレンに呼び掛けた。
『………レン?どうかした?』
「…いや、何でもないよ」
レンは苦笑しながら、返事を返す。
リンには心配されてる自覚がないのが声から読み取れ、キョトンとした表情がレンには想像できた。
「僕が帰りながら買ってくるよ、いつものスーパーのでいいよね?」
『ごめんね…あ。でも、その…』
言葉を濁すリンに、レンは「どうしたの?」と聞いた。
もごもごと何度か呟いて、リンは小さな声で答えた。
『買わなくていいから………は、早く帰って来て欲しい…かな』
その言葉を耳にしたレンは、今すぐにでも電話の向こうの彼女を抱き締めたい衝動に駆られた。
その気持ちを無理矢理抑え、レンは出来るだけ平静を装いながら言う。
「…わかった、早く帰るよ」
『…うん。お仕事、頑張ってね♪』
「じゃあね」と最後に言って、レンは電話を切る。
鏡を見れば、自分の緩みきった顔がそこに映っていた。
(…この顔じゃ、戻るに戻れないよ)
暫くレンは顔の緩みが治るのを待ちながら、その場で頭を冷やす事にした。
(帰ったら、思いっきり抱き締めさせてね)
【新婚みね】やる気の源【音坂さん】
懲りずに、まさかの新婚ネタ第二弾!
どっからか、いい加減しろとの声が聞こえてきそうです(ノ∀`)
でもね…ホント書いてて楽しいんですよ、新婚ネタ(・ω・*)
今回は生意気なレンと駄目な兄さんの絡みがメインですが、ちゃんとリンちゃんも出ますよ…少ないですが(-∀-;)
兄さんは、やれば出来る子だと信じたい←
そしてレンはなんだかんだで福神漬けを買って、ダッシュで帰ってるといいと思います(笑)
本家様:音坂さん(http://piapro.jp/otosaka) サイト(http://nanos.jp/keyring/)
第一弾→(http://piapro.jp/content/0374gnrboodsoeiv)
第三弾→(http://piapro.jp/content/4jaoldxvy0abmmow)
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