翌日、沢口の病室。
 『こんにちは』
 「おや、雅彦君にミクさんか。こっちへ来て」
 雅彦は沢口の姿を見て再度愕然とした。以前来た時よりさらに沢口が弱っているのが分かったし、腕にチューブが刺さっている上、身体状況を確認するモニターが常時ついており、さらに沢口の口には人工呼吸器がついていた。これは沢口の状況がのっぴきならないことを示していた。
 「沢口さん、今日は何ですか?」
 「ああ、二人に遺言をいっておこうと思ってね」
 普段の二人と話すように、さらりという沢口。
 「え…」
 その沢口の言葉を聞いて、雅彦の顔が蒼白になる。一方ミクは、覚悟していたらしく、雅彦ほど表情は変わっていない。
 「雅彦君、昨日、私からの電話を受けた時にも、愕然としていたね」
 弱々しく微笑みながら沢口がいう。
 「…沢口さんには、結局何も隠せませんでしたね」
 悲しそうに微笑む雅彦。
 「それで、二人に遺す遺言だ。二人とも、ありがとう。二人に会えて、私は幸せだった」
 短い言葉でそう語る沢口、しかし、その言葉の重みは十分に雅彦とミクには伝わった。神妙な顔つきで聞く二人。しかし、しばらくすると雅彦の様子がおかしくなった。
 「…ねえ、沢口さん?」
 「?雅彦君、どうしたんだい?」
 「カラオケいきましょうよ」
 いきなりおかしなことを言い出す雅彦。今の沢口の様子を見れば、どう考えても無理だと分かる。その様子に沢口もミクも唖然としている。
 「…雅彦さん、一体何を…」
 「それと、小説の新作まだですか、3作目の結末を見ていると、次が気になって仕方がないなあ」
 いきなり言動が退行した雅彦。その姿は、普段の思慮深い姿とは明らかに違う。その様子を見て、沢口とミクは目配せする。
 「それと、また一緒に行きつけのレストランにいきましょうよ。あそこのハンバーグって美味しい…」
 「雅彦君」
 無邪気そうな表情でいう雅彦に沢口が声をかける。
 「?」
 「もう、休ませてくれないか?」
 「え…」
 「雅彦さん」
 ミクが雅彦の肩に優しく手を置く。そして振り向いた雅彦に対して力なく首を振った。すると、無邪気な表情だった雅彦の表情が一転、絶望に変わる。
 「沢口さん、死なないでください、お願いです」
 明らかに雅彦は無理なことをいっている。普段の雅彦をしっている人間から見れば、あまりにも幼稚な論理、いや、論理と呼べるかすら怪しい言葉を振りかざす雅彦の様子に唖然としたはずだ。
 「やだ、沢口さん、死ぬなんてやだ」
 だだっ子のように繰り返す雅彦。そんな雅彦を見て、沢口は何やら考えていた。
 「雅彦君」
 ベッドの上で上半身をじたばたさせる雅彦。完全に子供に戻っている。その雅彦の両肩に手を置き、その目を見る沢口。
 「雅彦君、私がもう駄目だということが分からない雅彦君じゃないと思っている」
 そんな雅彦を見ても、沢口の雅彦を見る目は真摯そのものだった。
 「だから、分かって欲しいんだ。今の雅彦君の様子からすると、受け入れるのは難しいかもしれないが」
 「雅彦さん」
 沢口の話を聞いていた雅彦をミクが後ろから優しく抱きしめる。
 「雅彦さん、受け入れてください、現実を」
 あくまで雅彦を気づかって優しくいうミク。しかし、今の雅彦にはその言葉は死刑宣告に等しかった。二人に説得され、雅彦は呆然とした様子だった。そのままその場に崩れ落ちる雅彦。その雅彦を見て、ミクは沢口に礼をすると、雅彦を立ち上がらせ、引きずって沢口の病室から出て行った。

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初音ミクとパラダイムシフト4 3章26節

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投稿日:2017/03/09 22:30:52

文字数:1,470文字

カテゴリ:小説

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