登録している派遣センターからメールで仕事の依頼が来た。
 私の希望に合う仕事は普段来ない。
 希望の仕事が「歌うこと」だから。
 でも。
 今日の仕事は歌の仕事だ。

 いつか歌うことを仕事にしたい私にはこれ以上の仕事はない。
 嬉しくて、いつもより元気に家を出る。
 足取りも軽く、プリンタで出力した地図を頼りに派遣先に向かう。
 最寄駅の裏の通り。
 地図に書いてあるよりもずいぶん狭い路地を抜けて、角を曲がる。
 人通りは目に見えて減ってきている。
 目的の場所は、狭い路地の間に立つ小さな古いビル。
 地下へ伸びた階段がぽっかりと口をあけていた。
「ここで、合ってるよね?」
 到着した私は、地図に書いてある店の名前と看板の名前を確認。

「(株)火横クラブ」

 かぶしきがいしゃ、ひよこくらぶ。
 うん、合ってる。
 私はやたらと急な階段を注意して降りていった。
 途中、何か動物の鳴き声が聞こえた。
 ぴよ。
 ひよこ?
 気のせい……かな。
 階段を下りて、すりガラスのドアの横にあるインターホンを押す。
 10秒ほど待つと、くぐもった声で返事があった。
「……はい?」
 声の向こうでまた、何かの鳴き声が聞こえた。ぴよぴよ。
「あ、あのっ、歌の仕事で派遣された巡音ルカですけど」
 私がそういうと、インターホンの声は幾分明るくなって、
「はいはい! お待ちしてましたよ!」
 ガチャリ、とドアの鍵が開く音がした。
「どうぞー、お入りくださーい」
 声の後ろでやっぱり聞こえる音がある。
 ぴよぴよぴよ。

「……っ!」

 中に入って私は絶句した。
 何故ならソコは変態の巣窟だった。
 禿頭の屈強な男たちが一列になっている。
 それくらいはまだいい。
 問題なのは、彼らが全員ビキニパンツ一丁だということだ。
 更に言うなら、彼らは皆同じお面を装着していた。
 ――ひよこの。
 
 私はくるりと踵を返し、逃げ出そうとした。
 が、しかし。
 会社(?)の玄関口にはいつの間にか一人の変態が立ち塞がっていた。
「どうかしましたか?」
 彼はにっこりと笑って(お面で見えないけど)、一歩近づいた。
 思わず一歩後ずさり、そして気付く。出口が遠のいたことに。
「怯えることはありません。これが我が社の制服なので」
「…………ソレが?」
「ええ、何か疑問点がおありですか?」
 どこからツッコミを入れていいのかわからない。
 しかし、派遣社員の心得として、「余計なことに口を出さない」というのがある。
 私の内心の葛藤を知る由もない彼は言葉を続けた。
「うちの会社はカラーひよこの製造販売を行っておりまして、業界シェアナンバー1を誇っております」
 カラーひよこの製造?
 振り返ってよく見てみると、列をなした屈強な変態たちはそれぞれ、実にちまちました作業を行っていた。
 全体のおよそ三分の一は、ひよこを左右の箱に掴んでは投げ、掴んでは投げている。
 投げながら、
「オスオスオスメス、メスメスオス」
 などとブツブツ呟いていて気持ち悪いことおびただしい。
 そして次の三分の一は、そうして仕訳されたひよこたちに得体のしれない液体を霧吹きで振りかけている。微かにいい匂いのする液体を振りかけられたひよこたちはみるみる間にその体毛を色とりどりの極彩色に染め上げていっている。
 最後の三分の一は、そうして完成した(?)カラーひよこを箱詰めしているのだった。
 その集団から離れた場所でビキニパンツに白衣をまとった数名が怪しい薬品を製造していたのはもう見なかったことにしたいと思う。
「それでですね」
 いつの間にか私の斜め後ろに立っていた彼は、
「巡音さんにお願いしたいのは――」
 仕事の内容を説明し始めたのだった。
 ううっ。帰りたい……。

 仕事は予定通り、歌うことだった。
 会社の奥にしつらえられた臨時のレコーディングスタジオに私はいた。
 ただし。
 やたらと肌の露出の多い衣装に着替えさせられた上に、
 バックコーラスを務める数名の屈強なヘンタイと、
 銅鑼の前でばちを構えた屈強なヘンタイと、
 さらにさまざまな楽器を構えた屈強なヘンタイたちを従えて。
 そして、休憩中なのか遠巻きにこちらを見ている屈強なヘンタイ(このフレーズに慣れてきた自分がちょっと嫌だ)たちもいる。
 
 私は歌った。
 バックコーラスが呪文のように繰り返す言葉を右から左に聞き流しながら。
 歌った。
 ハッ、という声や銅鑼の音が届かないように心を遮断して。
 歌った。
 表情は虚ろ、半目で口元はひきつっていたがけれど、とにかく歌いきった。
 

 なんと合計十二回もリテイクを出されて、私の仕事は完了した。


 疲労困憊で家に帰り着いた私は、座布団の上に正座してがっくりと脱力した。
 ……どうしてこうなったの。
 人並み以上の幸せを求めた代償がコレだと言うならあんまりだと思う。
 私はさながら坂道を転がり落ちる石ころのように人生を下っているのだろう。
 けれど私はあきらめない。
 いつか、一流の歌手になるための下積みなのだ、と自分に言い聞かせる。
 四畳半の部屋。
 正座する私の膝の上で、今日の仕事の報酬が、鳴いた。
 ぴよぴよ。
 ――私も、泣いた。

(了)

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

「ひよこトラッド」を歌うもの

保健体育P/月代白亜氏の「ひよこトラッド」をモチーフにちょっとかわいそうなルカさんを書いてみたりなど。
読前、読後に「ひよこトラッド」の視聴をオススメします。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm10945692

閲覧数:146

投稿日:2010/06/04 22:13:33

文字数:2,258文字

カテゴリ:小説

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