リンが恐怖のあまりミクを抱えて飛び上がった頃―――レンとルカは、ようやくお互いの攻撃のダメージから回復しつつあった。

とは言っても、勢いは若干ルカに流れていた。

その理由は二つ。一つは最後に攻撃したのがルカであること。そしてもう一つは―――――レンの戦力。


(くっそ……白鯨まで使っちまった……これで俺が使えるのはあと『青狼』だけか……)


レンが心の中でつぶやいたその言葉は―――――レンが未だに『空獣憑き』の能力を完全に支配下に置けていないという事実を表していた。


テトが読んでいた通り、レンは目覚めて4年の月日を経てなお、空獣憑きの能力を完全には使いこなせていなかった。

決して壊されることのないはずのフェニックスの魂を闇に食われかけ、より強大な穢れた水でなければ消し飛ばせない聖水をいとも簡単に凍らされる。

そして何よりの問題点が―――――『一度変化した能力には、再変化可能になるまで一時間ほどの時間を要する』こと。

つまり、例えばグリフォンに一度変化し、その後別の姿に変化してしまうと、もう一度グリフォンに変化するには一時間少々のクールタイムを必要とするのだ。

ここまででレンは『グリフォン』『フェニックス』『仙狸』『ペガサス』『白鯨』の五つの獣に変化してしまった。残る一つ以外に変化するには、最低でもあと50分は必要である。



そしてその残る一つが、実に扱いづらい獣だった―――――が。


「……やるっきゃ、ねぇな」


ぽつりとつぶやいたレンが、ゆっくりと立ち上がった。警戒する流歌。


――――――――――次の瞬間。







『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!』







「う……あ!?」


レンから吹き上がる蒼い炎。天まで伸びるその炎の中で、レンの姿が徐々に巨大な四足の獣へと変わっていく。

青白い毛に包まれた身体が元の何倍もの大きさに膨れ上がり、地に降ろされた手―――――前脚は鋭い爪を生やした。

滑らかに光を跳ね返す体毛をたっぷりと携えた尾が翻され、体毛とは正反対の金色の瞳が見開かれ――――――――――





『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!!』





真なる百獣の王―――――『青狼』が天高く咆哮を上げた。


『あ……あああ!?』


思わず畏れを帯びた声が喉からこぼれた。恐怖ではなく―――――畏怖。

そして流歌自身は、その抱いてしまった畏怖の念そのものに対し、恐怖を抱いていた。

魔獣たる自分。どんな獣よりも我の強い、最強の獣である自分。

そんな自分が、よりにもよって畏怖の念を抱かされるとは。しかも、そこに現れただけで――――――――――


(やばい……!!こいつヤバい!!一刻も早く―――殺さないと!!!!)


瞬時に構えを取り、飛びかかろうと足に力を込める流歌。その一連の動作は、時間にすれば0.1秒もなかっただろう。





―――――が。それよりも早く―――――青狼が動いた。










『ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッ!!!!!』










その瞬間、山々の獣が一斉に耳を伏せ、尻尾を巻き、物陰で伏せ、息を潜めた。

純粋な獣だからこそ間髪入れずに伝わったメッセージは、獣憑きであるルカにも、コンマ数秒遅れて叩き込まれた。










―――――――――――――――『跪け』―――――――――――――――










『あ……あうっ!!?』


がくん、と流歌の膝が折れ、地につく。

力が抜けた訳ではなかった。寧ろ―――――強烈な勢いで『膝が叩き付けられた』というのが正しいだろうか。

体中の細胞が、『跪かないと不味い』と警報を鳴らしている。ミシミシと音を立てて、身体全体が地面に向けて沈み込んでいくようだ。

奴が力を使いこなせていなくてよかった、と流歌は考えた。

もしも使いこなせていたら――――――――――流歌の身体は、一瞬で土下座まで追い込まれていただろう。


(だけどっ……ヤバいことには変わりないっ……!!)


もう一度咆哮を喰らえば、いくら流歌でも耐えられないだろう。瞬く間に地に頭をつけさせられる。

思案しているうちに―――――青狼が再び足を踏ん張り、肩を張った。もう一度、全力の咆哮を叩き付けるつもりだ。絶対的な服従を命令するために。


(や……やだ……やめてよ……!)


もう一度聞いてしまえば、もはや体は逃れられない。それほどまでに拘束力の強い青狼のメッセージ。

一発目ですでに動きを封じられた。二発目を喰らえば、逆らうことすら不可能になる。

その恐怖で、流歌の思考は固まってしまった。


(いやぁああ……もう……ダメだっ……)


完全に折れてしまった流歌に追い打ちをかけるかのように、青狼が大きく息を吸った。





そして力強い咆哮を―――――――――――――――










『グ……………ガハァッ!!』










――――――――――――――――上げなかった。

ずうぅん、と地響きがする。そして何も起こらないことを疑問に思った流歌が恐る恐る目を開けてみると―――――


「……はぁ……はぁ……はぁ……」


荒い息をしながら、地面に横たわるレンがいた。

何が起きたのか―――――簡単だ。単純にエネルギー切れ。青狼という強大な力を持った獣は、手負いの状態で操れる存在ではなかったのである。


「……はは……九死に一生を得た……か」


さしもの流歌といえども、認めざるを得なかった。レンの強さを。空獣憑きの強さを。青狼の理不尽なまでの王者としての存在感を。

まさしく全ての獣を従える最強の存在。レンがその力を使いこなせていれば、まず間違いなくやられていたのは流歌だった。


「……今ここで、潰さなきゃ……ね」


ゆらりと立ち上がったルカは、その姿を『人狼』へと変化させる。幾千幾万の人間を引き裂いてきたその爪が、倒れ伏して動けないレンに向けられた。


「……………っ!」

『強かったわ。どんな戦車よりも、どんな兵器よりも、貴方は強かった。その強さを認めて―――――苦しませず、一瞬で逝かせてあげる』


その心臓目がけて手を打ち降ろすつもりで腕を振り上げ――――――――――










『うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!』










――――――――――たところに、突如叫び声が響く。

何事かと空を見た瞬間―――――――――――――――





《―――――――――――――――ドガアッ!!》





『ぐはっ!?』


金属の塊と、青緑の髪をした相棒が凄まじい勢いで突っ込んできた。

金属の塊―――――リンがギリギリで抱えていた未来を手放し、そのまま流歌に向かって叩き付ける。

団子状に絡まりながら吹っ飛んでいく二人を横目に、リンがレンに駆け寄った。


『レンっ!レン!大丈夫!?レン!?』

「……リンか……」

『ごめんっ……約束守れなかった……怖くて怖くて……レンの側に来たくて……っ』

「……いや、いい。俺も殺されかけてたところだった……助かった」


一方の未来と流歌もまた、体勢を立て直していた。


「あいったたたた……ちょっと未来!?何やってんのさ!?」

「ごめんごめん……まさか私を抱えてここまで飛んでくるとは想定外だったわ……」

「もうっ……まぁいいわ。どちらも相手は虫の息、ここで二人まとめてやっちゃいましょ」

「……そうね、いい機会だもんね!」


互いにその腕を変化させて、じりじりとリンとレンに迫って来る『魔蟲』。ダメージは負っているものの、まだ体は十分に動くレベルだ。

大してこちらはどうか―――――レンは自分たちの体を見る。物理ダメージで言えば相手方と大して変わらないが、自分自身はエネルギーを使い果たし、リンは喰われかけるという最大級の精神ダメージを負ってしまっている。

もはや、『ミラウンドツインズ』に残された手はなかった。


(……万事……休すかっ……)


この後自分たちに訪れる未来を想像しながら、レンは目を閉じた――――――――――










《――――――――――――――――――――ビッシャアアアアアアアアンッッ!!!》









――――――――――――その瞬間、4人の間に雷が落ちた。

いや、雷なんてレベルではない――――――まさに電撃の柱。渦を巻く電撃が、徐々に広がりながら周囲を破壊していく。

その尋常ならざる光景に、未来と流歌も急ブレーキをかけた。


『な……何!?なにこれ!?』

『わかんない……わかんないけど、やばいってことだけは間違いないっ……!!』


そう叫んだミクは、瞬時にオニヤンマの翅を展開し、ハイスピードで飛びたった。それに続くように、流歌も姿を雷鷹に変えて離脱する。


『ここはいったん退きましょう……あいつら、命拾いしたわね……』


悔しげに言葉を吐き捨てながら、未来と流歌は遥か山向こうまで飛び去っていった。





激しい雷撃が消え去ったその場所では、へたりこんだリンとレンが呆然と空を眺めていた。


「……た……助かった……の?」

「みたいだな……というか、何だったんだ、今の雷は……」


余りの旧展開に思考をまとめきれずにいると、不意に背後で足音が響いた。

振り向くと、そこには一人の女性。紅いジャンパーに、黒のシャツ、ジーンズ。非常にパンクな風貌をした、茶髪の女性がいた。

いったい何者なのか。そう思ったのは一瞬だった。その手に稲光を走らせているのを見た二人は、この人物があの雷撃を落とした人間なのだと判断した。


「いやはや、流石、というべきかしらね、『ミラウンドツインズ』。あの凶悪な昆虫魔獣コンビ相手にあそこまで戦うなんて。最後は危ないと思って手出ししちゃったけど、並の獣憑きじゃあそこまで持たないもの」

「……………お褒めに預かり光栄……といいたいところですが、貴女は何物ですか?」

「おっと失礼……私は鳴虎。鳴く虎と書いて、メイコ。咲音鳴虎、元国防軍第一戦闘部隊、獣憑小隊隊長をしていた者よ」

『国防……軍!?』


思わず二人とも飛び起きる。この国の国防軍は莫大な予算を存分に使った最新兵器を存分に生かすために、戦闘のエリートで構成された紛れもない世界有数の軍隊である。

つまり、その中でもいち小隊とはいえ隊長を任されていたともなれば、間違いなくトップクラスの戦闘センスを持つ人間ということだ。

しかもただの小隊ではなく『獣憑小隊』―――――名前からして獣憑きで構成された小隊、そして本人も電撃を操るという人間離れした力からして、恐らくは獣憑きの類。

獣憑きとしては伝説級の存在であるリン・レンからしても、確実に格上の存在である。


「……失礼しました。俺はレン・ミラウンド、こっちが妹のリンです。……それで、我々に何か御用で……?」

「ああ、無理に敬語やらなくていいわよ。……諸事情で私もあいつらを追っていてね。私情なもんだから、軍を辞めて活動していたんだけど、やっぱり一人だと行動に限界があるからね……」


びしり、と二人を指さして、鳴虎は言葉を続ける。


「貴方たちに同行させてもらえないかしら?この通り私も多少人間離れした力を使えるわ。決して足手まといになることはないと思う」


ピクリ、とレンの耳が動く。リンも、若干警戒気味の視線を鳴虎に向けていた。

確かに、足手まといになることはないだろう。それどころか、紛れもない戦闘のエキスパートである鳴虎が加わってくれれば、非常に戦いやすくはなるはずだ。

だが―――――突然雷を操る元国軍を名乗る女性が現れて、『仲間にしてくれ』などと抜かすその状況に胡散臭さが纏わりつかないわけでもない。


「……レン、この人なんか怪しいよ、断った方がいいんじゃ……」


リンが眉間にしわを寄せながら、レンに囁くが―――――



「……わかりました……いや、わかった。鳴虎さん、これからよろしく!」

「ん!よっろしくぅ!」


明るい声を上げる鳴虎に対し、リンは声を潜めるのも忘れて慌て始めた。


「れ、レンっ!?ちょっと!?」

「リンもいいよな?」

「ぅえっ!?う、うんにゃっ!?」

「慌てすぎだろ」


ジト目で見つめてくるレンをリンが少し離れたところまで引っ張っていく。


「ちょっと!?何二つ返事でオッケーしてんのよ!?もし私たちをハメるつもりだったらどうすんのよ!?」

「俺らをハメてどんなメリットがあんだよ」

「例えば『魔蟲』の味方だったとして!私たちを殺して邪魔者はいじょー!とかさぁ!」

「仮にそうならこんなあからさまに疑われかねない方法で接触はしてこないだろ。……それに」

「……それに、何よ」

「……あの人から、あいつらを追い詰めてとっちめてやりたいっていう、本気の強い想いを感じる」

「……根拠は?」

「俺の勘だ」


思わず口を真一文字に結ぶリン。驚き呆れているのではない―――――レンの台詞で、一番信頼できる言葉が出てしまって反論できなくなっているのだ。

第三者が見れば何を馬鹿なと思うかもしれない。しかし、レンと共に旅をしてきたリンだからこそ知っていた―――――レンの勘ほどよく当たるものはない、と。


「……わかったわよ。じゃあとりあえず、様子見しながら同行することにしましょ」

「うっし」


ぐ、と拳を占めると、ニコニコと微笑みながら鳴虎が近づいてきた。


「内緒のお話は終わったかしら?」

「ああ、終わった。さて、行くか!」

「うん……うん!」


リンはまだ迷いつつも、歩き始めたレンと鳴虎についていくように足を踏み出した。


山向こうを睨みつけ、レンは小さく呟く。





『……次は負けねぇぞ……魔獣少女……!!』

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

四獣物語~獣憑戦争編⑥~

ひとまず決着はお預けに―――――
こんにちはTurndogです。


第2部『獣憑戦争編』はひとまずここまで。
と言っても、実際に獣憑きたちの大戦乱が始まるのは次回なんですがねww
なぜこんなタイトルにしたし昔の俺……


そしてメイコさん加入。
キラキラネームもびっくりの当て字な名前ですが、これにもちゃんとした理由があるのです。
それはまたおいおい……


メイン読者もTwitterで待ってるし、ちゃんと書いていかないとなぁ。
つーかピアプロに帰ってくるまでに完結させるという約束が果たせるかどうか怪しい件←

閲覧数:163

投稿日:2015/11/29 16:37:16

文字数:5,985文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

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  • ゆるりー

    ゆるりー

    その他

    どうでもいいですけど、レンの「跪け」という文字を見た瞬間ラピ◯タのムス◯大佐の声で脳内再生されて吹き出しました。ごめんなさい。

    2015/12/02 18:31:12

    • Turndog~ターンドッグ~

      Turndog~ターンドッグ~

      待たせ過ぎて展開を忘れられていた可能性も……(

      青狼は『真・百獣の王』ですからね!
      王の位を制御するにはレンはあまりにも若すぎた……
      その若い状態でも流歌を追い詰めるぐらいはできるチート能力ww

      殺すことに躊躇いのない者となるだけ殺さないようにする者、どちらが強いかなどわかり切った話ですな。
      四獣全員のタッグとか強いわーw

      めーちゃんはまぁ、それなりに鍵になる存在になるかもしれない(複雑すぎィ!

      リンちゃんマジメカニカルエンジェル。

      レン『三分間待ってやる!』
      流歌(海豹皇)『ぷっ!』(穢れた水噴射)
      レン「ああああああああ!!目が、目がああああぁぁぁぁぁぁ!!」

      2015/12/18 21:51:07

  • ゆるりー

    ゆるりー

    その他

    待ちに待った四獣物語!!!

    青狼はやっぱり強いんですね!!!
    でもその分一番使いこなすのが難しいなんて…
    「ルカさんには効かないだろうなー」と思っていたので、ルカさんの膝が地面に着いた時点ですごくびっくりしました。
    手負いじゃなかったら本当に土下座しかけてたんでしょうか…(´・ω・`)

    破壊に力を注いできた分、やはりミクさんとルカさんのほうが強いんですね。
    「殺して勝つ」より「殺さずに勝つ」ほうが断然難しいですもんね。
    もしミクさんもルカさんも周りに味方がいる状況で獣憑きになっていたのなら、まさかの魔獣憑きと空獣憑きのタッグが見られたのでは…?
    でも魔獣憑きに対抗できるように作られたのが空獣憑きですもんね、難しいですね。

    そして最後、まさかのメイコさん!?
    そういえばクリプトンキャラで唯一出てこなかったですもんね!
    ルカさんとミクさんを撤退させるほどの力なんて、いったい何の獣憑きなんでしょう。
    もしかしたらグミちゃんとかも出てくるのかなーと期待が膨らみます。

    今ふと思ったんですけど、これテトさんが獣憑きだったら一番強い上に世界崩壊ですね(にっこり)

    ミクさんも酔わせるリンちゃんマジ天使。

    2015/12/02 18:29:03

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