「…ぎりぎりアウトだな」
研究室に駆け込んできた神波を見て、高野がつぶやく。若干だが約束の時間はすぎている。
「先輩、すみません」
一方息を切らせて神波が言う。
「大分マシにはなってきたが。ま、昨日のことがあったから、それを考えれば上出来かな。…それよりさっさと始めるぞ」
「はい」
「…よし、一息入れるか」
高野が声をかける。神波の約束したことが終わったので、一息入れることにしたのだ。
「分かりました、コーヒーを準備します」
申し出る神波。二人でコーヒーを飲む場合、気が向いた方が準備している。しばらくして二人分のコーヒーを淹れて戻ってくる神波。
「…昨日の感想だが、ライブはどうだった?」
「…ミクはまた来たいって言ってました」
「それはシンのミクちゃんの感想だろ。…俺が聞きてえのはシンの感想だ」
きっぱりという高野。その問いかけに複雑そうな表情をする神波。
「…ライブは確かに良かったのは良かったですが…、色々と見えすぎたのは…、ちょっと…」
「オフ会の話か?」
「はい。レポッシュPさんの話とか、安田教授のオフ会の裏話とか…」
「あの時、俺も言ったが、あんな話はボカロ界隈の専売特許じゃねえと思ってる、人間関係のいざこざなんざ、そう珍しい話じゃねえ」
「…はい」
「ま、俺はその辺を考えるだろうと思ったのもシンを誘った理由だがな。まあ、俺で良ければ相談に乗るからよ。俺がけしかけたんだから、俺なりに落とし前はきっちりつけるつもりだ」
「…すいません」
「…で、安田教授と話してどう思った?」
そういわれ、しばらく考える神波。
「…凄い方です。ワンオフのミクさんのために色々とされてらっしゃるのが良く分かりました。あと、見た目より優しくないというか、現実的というか…、冷たいというのとは違うとは思うんですが…、そういう感じは受けました」
「…まあ、安田教授は色々とごらんになっているからな。理想論だけ語ってても仕方ねえというのは良く分かってらっしゃる。そういう意味ではびっくりするほどドライな一面はおありで、現実的な落としどころを出されるということについては天才としか言えねえな。…実際に天才でいらっしゃるが」
「そうですか…」
何か思っている風の神波をじっくり見る高野。
「…何なら安田教授と話すか?」
「安田教授とですか?」
「ああ、何なら俺が話をつけとくぜ」
「…でも、安田教授はお忙しい方でしょうし…」
「俺も確約はできねえが、会いたいなら俺がその意志を伝えとくぜ」
「…分かりました」
「あとよ、レポッシュPはどう思った?」
「…何というか、優しい方ですね。その優しさを表に出すのは苦手そうなイメージですが」
「…だろ?」
「やけにレポッシュPさんに詳しそうですね」
「だって恋人だからな」
「…え?」
その高野の言葉を神波が飲み込むのに多少時間がかかった。
「だから、恋人だっつってんだろ」
「先輩はレポッシュPさんと恋人なんですか?」
「ああ」
「でも、先輩、今までそんなこと一言も…」
「あいつが黙ってろっていったからな。今ならあいつもシンのことは分かってるだろうから漏らさねえと理解しただろうな」
まさかの展開に驚く神波。確かに高野位の人脈があれば、神波以外の知り合いにPがいてもおかしくはないが…。
「まあ、その辺はおいおい話すさ」
「そうですか…」
「…それより、メシ食いに行こうぜ」
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