「ふぅ、これで今日は終わりだな。」
とあるサーカスの団長は、そう言って椅子に座りました。
最近、公演が多くて大変なご様子。
青髪の青年の率いるこのサーカスは、団長の両親から受け継いだ由緒正しきものでした。
親の七光りで保っていると、そういう輩もいましたし、サーカスの演目を揶揄する者もいました。
しかし、そんなことは関係ありませんでした。
忙しくて、そもそも気にかけられないのです。

公演が多ければ、それだけ多くの人を相手にしなくちゃいけませんから。
チケット売りだって、人が足りなければみんなでやります。
楽しんでいるお客の顔が何よりの癒しだと思っています。


サーカスが終わると、団員たちは一休みです。
明日の準備をする者や、疲れを癒すために眠る者、英気を養うために飲みに出る者もいました。
団長は、専ら事務に専念しています。
大変な仕事です。
団長のいる部屋はしばらく沈黙に包まれます。
集中の邪魔はできませんからね。

でも、その沈黙というのは、毎回二人に破られます。
「マスター(団長)、終わりましたぁ?」
一人はこの黄色い髪をした少女です。
「今日はどうでした?」
一人は同じく黄色い髪の少年です。
「いっぱい来てました?」
公演のある日はいつもこう聞いています
「あぁ、君らか。 来ていたよ、楽しんでもらえてた。」
「「それはよかった!」」
嬉しそうな顔で団長の部屋から出て行きました。

二人は双子の兄妹です。
サーカスでは人気の道化師と、人形(マリオネット)です。
双子だからこその息のあったショーは、このサーカスの一番の目玉です。

「楽しそうだな、あいつらは。」
団長は彼らを見ていると、いつもそう呟いてしまいます。
実は団長には少しだけ不安なことがありました。
サーカスに来る人数が少しずつ減っているからです。
サーカスは正統派で、何もないと、ずっと続くと、そう思っていたのにです。
少しずつ変えていかなければならないのでしょう。
「人目を引くもの・・・か。」
でも、まだ、団長くらいしか気づいていませんでした。
まだまだ先に考えればいいと思っていました。
「団長、終わったんなら一緒に飲みませんか?」
団員の一人がこう声をかけてきました。
今はまだ、不安を感じるときではないと思いこみました。
「あぁ、折角だから飲もうか。」
「じゃ、近くのお店に行きましょう、皆いますから。」
お酒を飲んで、一時でも忘れられればいいと、団長は皆のところへ行きました。


不安はあっても大盛況には変わらないですから、仕事は大忙し。
考え事をしてなんていられません。
「人手足りなさそうだから、手伝いに行ってくれ。」
団長だからって楽できるわけじゃないですからね。
チケットを売っている団員から頼まれ、手の空いている者を集めます。
団員たちは、留守番を残してチケット売りや案内をします。
「さぁ、サーカスだよ!チケットはここだよ!」

チケットを売り終えた団員たちは、それぞれの演目の準備に取りかかります。
内容は、伝統的な演目ばかりです。
悪く言ってしまえば、古くさい、新しみのない単調な演目です。
「このままで大丈夫だろうか。」
そう考えていても、サーカスは始まります。

赤髪の猛獣使いや、紫の武道家。
桃色の奇術士や、緑の歌姫。
青髪の仮面の指示で進みます。

最後には、黄色い道化師と人形(マリオネット)の登場です。

サーカスでも、二人は特別でした。
身よりのない二人を引き取ったのがこのサーカスの団長。
何もできなかった二人に芸を教えたのも団長。
楽しみも知らなかった二人に楽しみを与えたのも団長。

二人は楽しく演じます。
楽しんで演じていればお客も楽しんでくれると、そう思って二人は演じます。
二人の楽しみというのは、大勢の人を自分たちで楽しませること。
サーカスに人が集まってくれることが、二人の楽しみでもありました。


今日もまた大盛況に終わりました。

団長は、いつもと違い演目を考えていました。
ずっと同じ演目を続けていれば、いずれは廃れていくことは目に見えています。
でも、考えつく演目はほとんど知っているものです。
団長は、もっと新しい演目を考えねばなりません。

でも、まだまだ大盛況のこのサーカス。
そんな時間などあるはずもなく、団長はこう言うのです。


「さぁ、さぁさ、集まれ皆! サーカスが来たよ!」



それからしばらくの時が経ちました。



「ああ、どうしようか。」

サーカスの団長が呟いていました。
彼のサーカスは、伝統的な演目以外をするようになっていました。
旅をしながら世界中を歩いてきました。
それまでにいろいろな芸をやってきたのです。
ありきたりなものは、お客が望んでいないから。
だからこそ、団長は常に演目を考え、常にお客を楽しませられるようにしていました。

しかし、人の考えには限界があります。
いつしか演目が思いつかなくなっていました。
彼の元から団員が離れていくことにも頭を悩ませていました。

「お客さんは何を望んでいるのか。」
「今まで見たことの無いようなとてもとても楽しい演目だろう。」

それは何かと、自問自答する日が続きました。

気付かれなかったのですが、団長は少し病んでいたのです。
いつの日か、ふと思い浮かぶことがありました。
「あれはどうだろう。」
その演目は、どのサーカスもやらないでしょう。
しかし、至極簡単なものです。

何故これほど簡単にできる演技に気付かなかったのだろうか。
旅の果てともなると気づかないものなのか。
芸が尽きてしまったことで悩みすぎたのであろうか。
それで、思いつかなかったと思っていました。

実際は、禁断だから、普通では思いついてはいけない、思いついても決して行ってはいけないことだからですのに。


「さぁさぁ、今宵、どこのサーカスでも見られないような道化師と人形!!」
「来てくれた方は運がいいといえましょう。」
「その演目は、当サーカス最初で最後の公演でございます。」

呼び込み文句は嘘偽りなく、それがこのサーカス。
このサーカスで演じられる演目を表しています。


サーカスの一番人気、双子の演じる道化師と人形(マリオネット)。
二人は、団長が立ち直ってくれたと喜んでいました。
立ち直るどころか壊れてしまっているのにです。

サーカスの開演も近くなり、そろそろ準備をしなければならないときです。
今日の演目をまだ伝えられていないと気付いた二人は団長に聞きに行きました。

「マスター、今日って何すればいいんですかぁ?」
「準備するものってありますか?」
「あぁ、忘れていたよ。もしかしたら、最期の公演かもしれなくてね。うっかり考え事してしまったよ。」
「最後ってなんですかぁ?」
「このサーカスやめちゃうんですか?」
「いや、大丈夫だ。」

団長は大丈夫と言いました。
しかし、そんなはずはあり得ないでしょう。
あまりにも大きい代償です。
いずれ、彼も気付くでしょう。
唯一の、大切な、仲間の存在が、掛け替えのないものだと。

「心配しなくてもいい、準備はしてある。」
彼は、二人にあるものを手渡しました。
でも、二人は怪訝そうな顔をしました。
道具は合う合わないがあるから、自分で用意しろと教えたのは、他でもない団長ですから。

「演目をこれで演じてくれ。」
「何の・・・演目ですか。」
「わからない?あぁ、じゃあ・・・。」

団長は、それを持っている二人の腕を掴みました。
そして、その先を、互いの心臓に向けました。
そこで、二人は気付いてしまいました。

もう誰も、後に戻れないと。
サイゴと言ったわけを。
団長は、もう、壊れてしまったと。


団長は、二人に念を押すように、こう言いました。

「この剣で演じるんだよ。」



司会を務めているのは、青い仮面の団長。
今から開演します。
開始の挨拶から始まりました。
「さぁ、皆様、お待たせいたしました。」
「今日の演目は、皆様も見たことの無い演目でございます。」
「では、ショーの始まりです!!」

ついに、幕が開きました。

悲劇の演目の幕が。
最期のショーの幕が。

道化師と人形(マリオネット)は二人そろって出てきました。

「今宵始まる、最初で最後のショー。」
「道化と操り人形(マリオネット)の決別。」
「お楽しみください!!」

最初はお互い剣を持っていました。
最初はパフォーマンスです。
観客を盛り上げるために、演技をするのです。

片方が剣を振るい、それを華麗にかわす。
間をおいて、もう片方が突いてくる。
今度はそれを払って間合いを取る。

次にはお互いが剣を振り、互いに互いの剣を弾く。
そして、弾いた相手の剣まで、隙を見せないように進む。
そして剣が入れ替わる。

剣の避け合い、剣の突き合い。
それを繰り返します。

観客は歓声を上げます。


この楽しいショーもついにはラストをむかえます。
ラストを望む観客と、望まない二人。
結末に待つ悲劇など知らずに望む観客。

サーカスは、お客を優先することは当たり前だと。
そう言わんばかりに高らかに聞こえる青の仮面、団長の声。

「さぁ、結末はどうなるのか!!」

その言葉こそが合図。
言うまでもない、兄妹同士の殺し合いの。

二人は、どうしても逆らいたいと思いました。
しかし、逆らえないのです。
今は、舞台の中、自分たちは役者、演技を捨てることはできなかったのです。
考えていても、自分たちの中に染み着いた演技のために止めようにも止められないのです。
舞台に立った時点で、もう、最期だったのです。

人形役の妹は争いを好んでいませんでした。
でも、どちらも手を抜けないのです。

しかし、妹は剣を落としました。
もちろん、わざとらしく落としたわけではありません。
腕を痛めたために落としたような演技と、バランスを崩して倒れる演技をしたのです。

これで終わっても、本来はよかったはずです。
でも、団長は、お客の望むのはこの先の展開だと、さらにこう言いました。

「さぁ、人形はどうなるのか!!」

殺せと合図します。
やりたくないけれど、でも、体が勝手に動いてしまう。
道化師の兄は、妹の心臓に剣を突き刺しました。

観客は歓声を上げます。
どうせ演技にすぎないと、そう思っているのです。
目の前で、一つの命が失なわれたというのに。
血だって小道具だと思っているのではないのでしょうか。


もうこの公演は終わりです。
青の仮面がこう言いました。
「さぁ、ショーは終了です。」
「最後に、道化師から言葉を頂きましょうか。」

くだらない役者のプライドのために、たった一人の身内を手をかけてしまった道化師。
道化になってしまった彼。

「それでは僕から一言だけ。」

恨むべきものは何か。
復讐すべきものは何か。
そう自身に問いかけ、そして得た結論がこれでした。

彼は妹の剣を拾い上げました。
その剣を自分の胸に当てました。

何が、妹を殺したのか。
それは自身の心。
体が勝手に動いたなどはなく、心が弱かったから。
妹は、最後抗った。
そんな心はない方がいいと。


そして突き刺しこう言いました。

最期まで二人で演じた、愚かしい演目を締めくくるにふさわしい言葉。



「ご来場ありがとうございました。」



これが今宵の、二人が演じた誰もいない劇の終幕。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

道化師と壊した人形~Lost Actor Circus~

明けましておめでとうございます。(←遅い)
新年最初の投稿です。

http://piapro.jp/content/5unqpftlz8bqsvla
黎鈴さんの曲ではじめて聞いてほれ込んでしまった曲です。
動画が投稿された時に出来るだけ近づけようと思っていましたが、遅れすぎましたorz


演者のいなくなったサーカスの末路はわかりませんけど、団長も気付いてくれたことでしょう。

正直な話、手直ししただけです。

閲覧数:1,263

投稿日:2010/01/25 19:58:36

文字数:4,724文字

カテゴリ:小説

ブクマつながり

もっと見る

クリップボードにコピーしました