蝉の声が聞こえ始め、山の緑も一層濃くなる7月上旬。
僕は一足早い夏休みをもらい、上司の厳しい視線を感じつつ、実家に帰省していた。

 懐かしい玄関の戸を開ける。
「ただいま」
僕の挨拶に、家の奥の方から「おかえり」と母の声が聞こえた。
大学生の頃から一人暮らしをしているけれど、家に帰っても誰も居ないというのは今も慣れなく、寂しく思う。
「今度はなんの用事?」
玄関で靴を脱いでいると、母が出迎えてくれる。
「電話で話したよね?今日は七夕祭りでしょ」
「そういえばそうだったわね」
母はそれだけ聞くと、また奥の方へと戻って行った。僕もその後を追う。

 台所に行くと、懐かしいコップに入った麦茶を出してくれた。
「ありがとう」
「最近は笹を取りに行く人も少なくなってるし、みんな喜ぶと思うわよ」
「学校、廃校になったんだっけ」
僕が通った小学校は、少子化の煽りを受けて廃校となった。それもそのはず、僕の時ですら数えるほどしか子どもが居なかったのだから、今ではもう両手でも余るぐらいにしか居ないらしい。
「今も公民館でやってるの?」
「そうみたいだけど、この時期は畑も忙しいからね。あんたも経験したでしょ」
「ああ・・・・・・」
大学生になってから、いろんなアルバイトも経験した。しかし、あの夏休みの農作業、あれ以上に辛いアルバイトはなかった。
「女の人と子どもだけじゃ笹なんて取りに行けないし、頑張りなさいよ」
「はーい」
僕は気のない返事をして、麦茶を一口飲んだ。

 日も傾き始めた頃、僕は公民館に向かって畦道を歩いていた。
昔は毎日歩いた通学路。あの頃に見ていた景色と今の景色は同じ場所なのに、全く違って見える。
それは単純に、体が大きくなったからなのかもしれないし、しばらく実家を離れていたからそう感じるのかもしれない。
柄にもなく、そんな事を考えていると公民館が見えてきた。
 公民館の前では、おそらくこれから笹を取りに行くであろう軽トラックの周りで、おじさん達が世間話をしているようだった。
小学生ぐらいの子どもの姿もあったが、僕と同い年ぐらいの人は居なかった。
「こんにちわ」
僕は会釈をしながら、世間話をしているおじさん達に挨拶をする。
最初は訝しげな表情をしていたおじさん達だったけれど、僕は笹取りを手伝うという話は通っていたようで、男手が増えた事を喜んでくれていた。

 立派な笹が自生している所は遠くはなく、徒歩で移動する。しかしながら、この少人数で笹を抱えて運ぶのはなかなか大変で、軽トラックで一気に運んでしまおうという計画らしい。
それでも、車が通れる道までは笹を自力で運ばなければならない。
さっきの畦道を歩いていた時とは違い、この獣道はどこか懐かしく、あの頃のままだったような気がした。
子どもの頃は大冒険だとはしゃいで興奮していたけれど、大人になってから歩いてみるとなんてことはない。数分で笹が自生している所に着く。
 ここからはおじさん達の腕の見せ所といった感じで、良さそうな笹を見つけては鉈で切っていった。年をとっていても、子どもの時に見たおじさん達と何も変わっていない。
笹を必要数とり終えると、ここからは僕たちの出番。
僕が子どもだった時とは違い、小学生たちも笹を抱えて運ぶのを手伝ってくれていた。
僕の分だと渡された笹は束になっていて、それを一人で持たされる。期待されているのは嬉しいが、さすがに辛かった。
笹の葉を少し引きづりながらも、なんとか道路まで辿り着いた。
軽トラックに笹を積み終えたところで僕の役目は終わり、体はヘトヘトになっていた。
子ども達はまだまだ遊び足りないようで、そこらを走り回っている。その姿は自分が子どもの頃と全く同じで微笑ましく思った。

 公民館に戻ると、僕達が出発した時よりも多くの人が居た。
農作業や家事などが一段落したのか、作業服や割烹着のままの人が目立つ。
「七夕祭りの他にも何かあるんですか?」
僕は隣を歩くおじさんに疑問をぶつける。
「七夕祭りも寂れちゃったからね。笹飾りを付けたら宴会になるんだ」
人が減ったとばかり思っていたこの場所に、こんなにもまだ人が住んでいるのだと思うと嬉しくなる。人数は確かに減っているかもしれないけれど、活気は昔のままだった。

 宴会はまだまだ盛り上がっていて、終わる気配すらない。
若いからと、延々と酌を受けて続けるハメになった僕は、夜風に当たる為に外に出た。
都会とは違い、風が吹くと少し肌寒く感じるほど涼しい。明かりも少なく、聞こえるのは喧噪ではなく、虫の声。
「涼しいな」
誰に宛てたわけでもない独り言のつもりだったが、後ろの方から返事が返ってきた。
「このあたりは、真夏でも夜は涼しいんだよね」
その声はだんだんと近づいてきて、僕の隣に並ぶ。
「この笹飾り、綺麗でしょ?」
僕の目の前には、折り紙で作られた飾りが、手のひらに載って現れる。
体で感じるものの全てが懐かしく、まるで子どもの頃に戻ったようだった。
「・・・・・・うん」
「作り方、教えてあげるね」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

七夕・ラストエピソード

 最後の一幕です。
夏休み~アメリカまで追いかけ約束をする。勉学に励み、大学に行き就職して・・・と書いていくと、とても書ききれませんm(__)mすみません。

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投稿日:2016/07/02 11:24:27

文字数:2,093文字

カテゴリ:歌詞

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