家の中に父の姿は無かった。テーブルには3つの珈琲カップが並んでる。

「お父さんは?」
「少し前に出掛けたわ、入れ違いになったのね。」

いつも通りの笑顔に居たたまれなくなって、思わず口を開いた。

「お母さ…!」
「どうして話してくれなかったの?」
「え…?」
「お稽古や勉強が窮屈だとか、お友達の事で悩んでるとか、おかしな人に尾け回されてるとか…響君の事だって…緋織ちゃん何も話さないんですもの…。」
「ごめんなさい…。」

涙が出そうになって手をギュッと握り締めたまま俯いた。

「親の心子知らずだな。」
「?!…鷹臣さん?!」
「お前…どうして…?!」
「少々長い話になるな。」

驚きつつも私達は鷹臣さんの話を聞く事にした。今更だとは少し思ったけど、鷹臣さん自身も最近まで知らなかった事らしい。

「妹…?」
「そう、16年前の11月1日、緋織と同じ日に生まれる筈だった。」
「だった?」
「死産だったんだ…産まれた時にはもう亡くなっていたらしい。だけど母さんはそれを受け止め切れなかった…退院してからも妹を探して、赤ん坊を見ると狂った様に泣き叫んで誰の言葉も耳に届かなかった…俺も危険だからと暫く遠縁の家に預けられて…。」

辛そうな声に胸が詰まった。鷹臣さんのお母さんは何ヶ月もお腹の中で育てて、きっと妹が産まれるのを凄く楽しみに待ってたんだ…。

「どんどん弱って行く母さんを見て…父さんも追い詰められてたんだと思う…それで…。」

言葉を詰まらせた鷹臣さんの前に湯気が上がる珈琲が置かれた。

「緋織ちゃんを引き取らせてくれって頼んで来たのよ。」
「それは…でも…。」
「勿論最初は断ったわ、だけど…本当に辛そうでね…カウンセラーとしても母親としても見過ごせなかったわ…だから奥様が落ち着いて妹さんの事をちゃんと受け止める迄の間、旋堂家にお世話になる事を決めたの。時間は掛かったけど奥様は少しずつ自分を取り戻して行ったわ。」
「じゃあ、私を旋堂家に引き取るって言うのは…?」
「きっと、大旦那様なりの恩返しのつもりだったのよ、『孫の嫁にしてやろう』なんて言ってらしてね。」

気が付くと私はぼろぼろと涙を落としていた。今迄ずっと人形みたいに放り出されるんだと思ってたから、お父さんもお母さんも私が要らないんじゃないかって、何処かで思ってたから。

「お母さん…!」
「それでね、お母さん可愛くて優しくて優秀なお婿さんが欲しかったから、将来有望そうな廿楽君や響君に王子様みたいに緋織ちゃんをかっさらって貰おうと思ってお父さんに頼んでみたの。」
「えっ…?」

私は思わず珈琲カップを落としていた。

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いちごいちえとひめしあい-144.カップと珈琲-

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投稿日:2012/12/17 18:28:09

文字数:1,107文字

カテゴリ:小説

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