どんなに重い罪を犯した人間にも、その行動には訳がある。
行動の真意を知り、同情してしまうことも少なくはない。
しかし、いかにその行動に万人が同情しても、犯した罪が消える事はない。
大きな罪には必ず大きな罰が待っている。
その罰を下すのは、私だ。

ねえ母さん、全ての人に贖罪の機会があるって言ってたよね。
かつて宣教師みたいなこともしてた。そう母さんが言っていたのを思い出した。
だったら、どんな悪党だって、例え世界中の全てを敵に回した人にも、贖罪のチャンスを与えるべきだと思わない?


「かの色情公爵、サテリアジス=ヴェノマニアは人種・年齢・職種の違う様々な女性を誘拐し、屋敷の地下に監禁していた。不思議なことに彼が女性失踪事件の犯人であることを突き止めた人間はいなかった。彼が殺害されるまでは」
「そうね。あなたがさっき言ったように、カーチェスという男が自分の恋人を奪われ、その怒りでヴェノマニア公を刺し殺した。みんな知っていることだわ」
「ならば、君は不思議に思わなかったのか?各地で公爵の目撃情報があったのに、どうして殺害されるまで誰もそのことに気がつかなかったのかを」
「そんなの、金とか権力とかで脅されていたとかじゃない?」
「違うね。そもそもの始まりは、赤猫を連れた一人の魔導師が公爵に差し出した一本の剣だ。この剣を手にしなければ事件は起こらなかった。その剣の名は『ヴェノム・ソード』。…ああ、この剣で事件を起こし、一人の男がつい最近逮捕されたんだったね?」


白々しいことを。
その彼に無実の罪を着せて、私に殺させたのは紛れもないこの男なのに。
彼は正義側の人だった。それだけで男は殺させた…そう考えただけで、また溢れる程の憤怒に呑まれそうになる。


「また、バニカ=コンチータはベルゼニアの食文化の発展に貢献した。しかしある時を境に彼女は悪食を好むようになり、また体型もスレンダーな美しい女性に変化した。彼女の変化の原因はあるワイングラスだ。このワイングラスを求めて、彼女が生まれて間もない頃に一人の魔導師がやって来た」
「その魔導師もまた、赤猫を連れていたのかしら?」
「その通り。この魔導師は、とある拷問塔の主だったそうだ」


拷問塔…それに関係しているかはわからないけど、かつての世界警察に『拷問部』なんて恐ろしい部署があったらしいわね。


「その主の子孫と名乗る老婆もまた魔導師だった。彼女は4枚の鏡のうち一枚を、ある少女に拾わせた。少女はやがて成長し、度を超えたわがままで国を滅ぼし、その首を落とされた」
「『悪ノ娘』リリアンヌ=ルシフェン=ドゥートゥリシュ…彼女に関しては因果応報でしょ?」
「因果応報ね…報いを受けたのが本当に王女自身だったのか、それを君は疑ったことはないのか?」
「みんなが歴史の教科書で学んでいることよ。疑うとかできるわけないじゃない」


当たり前でしょ。
それが正しいと教えられて生きてきたんだから。


「教科書に載っていることが全てではないさ。…とある赤子が産まれながらに死んでしまった。その赤子はとある魔導師によって蘇生され、やがて――一つの街を沈黙させた」
「…トラゲイ奇病騒動のことかしら?マルガリータ=ブランケンハイムが作り出した毒は、街の住民を永遠の眠りにつかせた」
「その事実は正しい。しかし、彼女に関してはどうだろう?目的もなく人を殺すだけの存在になった彼女は、誰のために存在したんだろうね?人形は傍らにいる人間のためだけに存在する。…世の中は虚構に満ちている。教科書に載っていることも、あるいはまた虚構なのかもしれないね」


事実なのか虚構なのか、矛盾したことを喋るのはやめてほしい。
中立を守り真実を明らかにする裁判官が、それをわからない訳がないのに。


「海を超えた国では、とある一家が殺害された。その犯人として捕まった首藤禍世は、仕立屋を営む女性だった。しかし彼女が昔違う姿の女性だったことを誰一人覚えていなかった」
「そうさせたのもまた、一人の魔導師だって言うのね?」
「ご名答。魔導師は禍世と身体を交換した。その後に彼女は強行に及んだんだ。母の形見である、二つの鋏を使ってね」
「で?昔話をして、結局あなたは何がしたいのかしら?」
「わからないか?全ては魔導師が関わったから事件が起きていることを。魔術の存在を、君は認めるかい?」
「ええ。それが世界中で起きている『異変』の原因だと、少し前まで思われていたんですもの。でもそれは違うと、改革を進めたのも――ガレリアン=マーロン、あなた自身でしょ?」


彼が何も言いたいのか。
その目的がまるで見えなくて、ふつふつと怒りが湧き上がる。
炎に巻かれて私まで巻き添えにする時間稼ぎのつもり?



「目的の見えない無駄話は終わりよ。あなたがさっき話した人達に贖罪の機会はなかったけど、あなたには私が与えてあげる。私からのせめての恩情。だから、あなたの財産を手放しなさい」



この男は、金のためなら全ての罪を操作し、裁判を私有化した。
賄賂が大好きな男が溜め込んだ財産は、とんでもない額になるのでしょうね。


「全てを奪った人に返せば、私の気も変わるかもしれない。そうすればこのリボルバーを完全にしまって、命だけなら助けてあげる。命だけね。その後のあなたの人生の保証、娘さんがどうなるかとか、それをどうするのかは外にいるみんな次第だけど」
「ほう。まるで正義の味方のような物言いじゃないか。この私を脅したつもりか?」
「脅しているのよ。火を付けて逃げ場を失くして、どう考えてもここから逃げることなんてできないでしょ?その私が、金だけで助けてあげてもいいって言ってるのよ。どう?悪い話じゃないでしょ?」
「成る程成る程。とても素敵な交換条件じゃないか。『地獄の沙汰も金次第』私の大好きな言葉だ。それなら私の意思は固まった」


ガレリアンがにこやかに微笑みながらこちらに近づく。
そして私に耳打ちをしてきた。


「私の財産――貴様なんぞには、決して渡さない」


その表情に、一切の反省も後悔も見られなかった。
せめて無様に命乞いをする姿が見られれば、最高に面白かったに違いないのに。

「貴様なんぞ」と言いつつ、他の誰であろうと、一銭も譲る気は無いのだろう。
自分の命と天秤にかけて、ためらわず財を…罪を選んだ。
とんだ強欲。金の亡者。


「本当にどうしようもないクズね。あなたみたいなクズはやっぱり、あなたにとっての神に懺悔をしたほうがいいのね。最も、『master of the court』に信じる神なんているのかしらね」
「私が神だ、と言って納得する人間でもないだろう、君は」
「そうね。あなたの信じるものは金だけ。それ以上でも以下でもない」


自らの強欲に溺れきった悪徳裁判官。
早くこの男を止めなければ、次にどんな言葉が飛び出すかわからない。
もう訳のわからない昔話は御免だ。
だから私は、もう一度しっかりと照準を定め、彼に向かって言った。


「世界中の人々と私の怒りをその身に浴びて、眠りなさい」


私は、こいつをこの手で眠らせなければならない。
弾を外す、そんな怠惰は許されない。

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【悪ノ大罪】ネメシスの銃口 Ⅱ【自己解釈】

お久しぶりです。

これまでの小説も読みながら書いてみます。
もう本家様は悪徳まで来ましたね。


「ネメシスの銃口」本家様
http://www.nicovideo.jp/watch/sm24189059

前回:Ⅰ http://piapro.jp/t/HJJO

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投稿日:2016/11/05 15:28:59

文字数:2,978文字

カテゴリ:小説

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