ライブが終わった後、近くのホテルの一室で一人寝転がりながら先程の事を思い返していた。
まさか彼に紹介されるなんて思っていなかった。サポートメンバーなのだからただ楽器を弾いて、それで終わりかと思っていたのに。
あの観客たちの一万人の目。それが印象に残って頭から離れない。
ルカも、今頃は立派なシンガーソングライターとして、各地でライブ活動をしているのだろうか。
不器用ながらもMCを進行している彼女の姿が目に浮かんで、フッと笑みをこぼす。
ウチとルカは、高校を出てからは一度も会っていない。おまけに携帯は解約してしまったらしく、声さえもまともに聞けていない状態だ。たった一つの連絡手段は、手紙だけ。そこに書いてあった住所によれば、直接会いに行けない事もないのだが、ルカの方が忙しいらしく、それも無理な現状となっている。
それだけ人気なシンガーソングライターになったという事だろう。聞けばメジャーデビューの誘いも来ている所なのだという。そう考えれば微笑ましい事だ。
手紙を見る限り、最近の活動は忙しいとか、今日はファンの人が珍しいものをくれたとか、そう言う事ばかりが書いてある。幸せそうで何よりである。
ウチも、ギタリストとしてはちゃんと活動出来ている。ウチは氷山専属のサポートメンバーではなく、ほかの歌手達のライブも手伝っている。
さらに、その歌手達に編曲を任される事もあるのだ。編曲と言っても、間奏に挟むちょっとしたギターアレンジとかなのだが。
歌手曰く、ウチの編曲があるかないかだけで、曲の世界観もガラッと変わると言われた事もあるから、自分でも驚きだ。
実際そんな大業をしているつもりではないのだけど。
ギターを弾く事以外にもそう言う仕事が回ってくるわけで、なんだかんだ衣食住には全く困っていない。最初の頃は生活が厳しくてバイトもしていたが、今はそんな事しなくても音楽だけで生活はやっていける。軽いノリで目指したギタリストは、案外自分に合っているのかもしれない。
ウチはこうしてギタリストとして仕事しているが、ルカも立派なシンガーソングライターとして活動しているのだ。毎日毎日忙しそうだけれど、それでも彼女は満足だろう。自分のなりたい仕事に就けたのだから。
ウチもルカも、自分の夢を叶えたというわけだ。これ以上喜ばしいことなんてない。
けれど、彼女に会えないのはやっぱり寂しかった。
最後に彼女の声を聞いてから何年経っただろう。
……そうだ、もう四年だ。ウチも今年で二十二になる。
会えないのであれば、せめて彼女のコンサートを一目でいいから見たかった。
でもルカは「歌聴かれるのは恥ずかしいから、それは嫌」と手紙で遠慮なく断った。
別に恥ずかしがることなんてないのに。
というかルカの目標って、自分の想いを歌にして人に伝えることじゃなかったっけ?
「……矛盾してんじゃん」
ベッドに寝転がりつつ、傍に置いてあった写真立てを手に取る。卒業間際に、軽音楽部のメンバーと撮った写真が中に入っていた。いつも肌身離さず、お守りのようにしてそれを持っていた。
その写真の中で、四人が笑っている。ウチ、ハク、ルカ、猫村の四人が。
「もー、ルカ何でそんなに恥ずかしがるの。とっととメジャーデビューしてCDバンバン売れぇ!」
写真の向こうで、どこか大人びた笑みを見せるルカに向って問いかける。
当然、答えなど返ってこない。
世間に対する巡音ルカの認知度はまだまだ低く、CDを入荷している店も少なくて入手が困難だ。
それなら通販で買えばいいとは思ったが、パソコンなんて持っていないしそもそも機械は苦手だ。
そんなこんなで、ルカの歌を聞いた事は今まで一度もない。彼女とカラオケに行った事は何度かあったが、それももう昔の話。彼女がどんなふうに歌っていたかなんて、覚えていない。
だが近々ルカもメジャーデビューするだろう。断る理由なんてどこにもない。
早く大きな存在になって、ウチに歌を聞かせてほしい。それに周りの人にも知ってほしい。巡音ルカというシンガーソングライターの存在を。
そしていつかは、ウチがルカの舞台でギターを弾くんだ。
サポートメンバーみたいに、主役より一歩引いた立場でじゃない。キーボードを弾きながら歌うルカと平等な立場で、さっそうとギターを奏でたい。
だからウチも、ルカに見合うような大きな存在になる。
今の自分よりもっと、大きくなって見せるよ。
ビルやスカイツリーよりも、雲よりも高く大きく。それくらいに大きくなって、更にその先を見てみたいんだ。
こんなカッコつけたような事を人に言ったら笑われてしまうかもしれない。でも、それが真っ直ぐな気持ち。
もしかすると夢を持つってこういう事なのか。人に言うのは恥ずかしくて、それでも自分は一生懸命それを目指してる。きっとあの時のルカもこんな風に思ってたのかな。
確かにちょっと恥ずかしいかもしれない、けれどウチはそれを隠したりしない。
笑われたって構わない。
ウチはいつだって本気だから。
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