誰か教えてください。俺には、わからないんです。
行き場のないこの想いを、どうすればいいのか。
その春も、俺は自身が通っていた高校で、教師をしていた。
母の顔を知らずに育ち、高校時代に父を亡くし、就職するまでは祖父と共に暮らしてきた。
十年ほどいるにも関わらず、俺の周囲と反してこの街並みは変わることがない。
長い付き合いになる親友もいる。仕事も大変だがそれなりに充実している。
それなのに、この日常を生きている意味を見いだすことができなかった。
俺は、恋愛なんてしたことがない。
人を愛するということも、わからなかった。
人並みの恋愛をするなんて、当分先だろうと思っていた。
高校時代付き合っていた彼女とも、結局望んでいた「恋愛感情」を得ることはできなくて。
時々テレビや漫画で目にする教師と生徒の恋なんてものは、所詮フィクションの世界の話で。
愛なんていう言葉を、自分自身に重ねることはどうしてもできなかった。
でもそんな思いはある日、ある子を見た瞬間に、消えた。
その日、俺の中の何かが変わったんだ。
それはきっと、長い間求めていたものだった。
<<【がくルカ】私の初恋と白衣の彼【side:G】>>
暖かい光が差し込む図書室、積まれた本の傍らで眠る少女。
気づけばあの日から、自然とあの子に惹かれていた。
今年入学したばかりの一年生、巡音ルカ。
桃色の長い髪に、落ち着いた雰囲気が印象的な、清楚な子。
帰国子女かと思わせるほどに英語がペラペラで、学年トップをとるほど成績がいいそうだ。
俺は英語がどうも苦手なのだが、同じ日本人でこうも違うものだろうか。
巡音への感情に気がついたのは五月ごろと、そんなに時間はかからなかった。
変だよな、教師が生徒を好きになるなんて。
高校生ということで、生徒たちも十分大人になりつつあるけれど。
俺たちから見れば、やはり高校生は良くも悪くも子どもという感覚だ。
今は十月。九月に比べ、肌寒くなってきた。
生徒の制服も冬服になったが、俺は年中白衣だ。
今日も学校に向かう。
今年の冬は相当寒くなるのか、十月で息も白いって…どういうことだ。
1‐Aの教室に入り、一時間目の授業の準備をする。
一時間目は国語。俺の授業だ。
「はい席つけー、授業始めるぞー」
ざわついている生徒たちに声をかけ、授業を始める。
生徒たちにわかりやすく教えるのが大変だけど、やりがいのある仕事だ。
中にはわかろうともせず、聞こうともしない生徒もいるわけだが。
それはそれだ。そういう生徒はいつの時代も存在する。
なんだかんだで授業が無事に終わり、職員室へ向かう。
今日の2時間目に、俺の授業があるクラスはない。
ミニテストの問題でも作っておこう。
その日の放課後、俺は巡音を補習に呼んだ。
巡音は前回の国語のミニテストの時に、熱を出して保健室に行った。
気の毒だが、成績に少しではあるが関わるテストなので、受けないと0点になってしまう。
「あの、なぜ体調が悪くなっただけなのに、補習を受けなくてはならないのでしょう…」
「そういうルールだからな。俺も本当は、体調の関係で保健室に行った生徒には受けさせたくないんだが、学園長がそういうルールを作ったから」
「そういうものですか…?」
「ああ。再試扱いにはならないから、申し訳ないけど頼むよ」
「再試扱いじゃないんです?それって、私だけ有利になって不公平になりませんか?」
「大丈夫。前の授業で行ったテストだからまだ答案を返してないし、口止めしてある」
俺は適当に教卓の近くの椅子に座り、適当に選んだ本を読む。
そういうルールを作った学園長、気持ちはわからんでもないが、俺は巡音のほうに同情してしまう。
「答案できましたよ」
「けっこう早いね」
「きちんと復習してますから。そういえば…先生、相談があるんですけど」
「ん?相談?俺でよければ」
巡音が悩み相談なんて珍しい。
そもそも関わりがほとんどない俺に対して相談を持ちかけるなんて、相当困っているのだろうか。
「なぜか最近、学校の中で誰かにつけられてる気がするんです」
「つけられてる?」
俺は視線を巡音に向ける。
心なしか、巡音がわずかに視線を逸らした気がした。
「どれくらい前から?」
「ええと…4、5日くらい前です」
「わりと最近だな。そういうことは早めに誰かに相談したほうがいいぞ、なにかあったら危ないし」
「はい」
「誰かはわからない?疑うようで悪いけど、心当たりとかは?」
「な、ないです。そんなにクラスのみんなとお話することもないですし…」
「そうだよなあ」
クラスで目立つことのない巡音に、悪い噂があるとも聞いたことがない。
それとも、知らないだけで、彼女は目立つことをしていたのだろうか。
「じゃあ、もし何かされたら言ってくれ。力になるから」
「ありがとうございます」
「ついでに補習も終わりね」
「え、終わるの早いですね?」
「ミニテストだからね。あとは個人的に、ムダに長い補習が嫌いなんだ」
「…ムダに長い補習をする先生に恨みがあるんですか?」
「俺の高校時代からいる先生がそうなんだ……これ以上はやめておこう、俺が怒られる」
まだあと十五分くらいあったが、あとそんなにやるのは面倒くさい。
ミニテストで余った時間を解説として使うことも考えたが、普段から成績優秀な巡音にそれは必要ないだろう。
廊下に出る。
巡音は帰るようだ。
「じゃ、俺は職員室行くから。気をつけて帰れよ」
「はーい。ありがとうございました」
階段を下りる。
ここのところ睡眠時間が少ないからか、眠気を感じる。
職員室に入り、自分の椅子に座る。
とくにやることもないので、眼鏡を机に置き、腕を組んで目を閉じた。
「――…くん、神威くん」
誰かが俺を起こす声が聞こえる。
目を開けて体勢を立て直すと、そこには同僚である始音カイトがいた。
「…なんだ、始音。くん付けなんて白々しい」
こいつとは中学からの仲だが、年中マフラーをつけている。
親友である俺にも、マフラーをつけている理由は聞けていない。
こいつ、多分誰かから冷たい視線で見られてるんだろう。
いや、保健や科学を担当していないのに、年中白衣を着ている俺はどうなんだ?
マフラーの理由を本人に聞いたところで、返ってくる答えは「お前が言うな」に尽きると思う。
「すやすやと気持ちよさそうに眠る親友を優しーく起こしてあげただけだよ?」
「はいはい、お気遣いどうも」
「それより、こんなとこでそんな体勢で寝てると体を痛めるよ?気晴らしに校内を散歩してきたら?」
「…わかった。そうする」
一人でゆっくりできる場所は…
あ、あの空き教室ならいいかもな。
「おい、眼鏡忘れてるぞ!」
「あ、本当だ。…サンキュ」
この学校の校舎は、かつて中学校として使われていた。
旧校舎の四階に存在する空き教室は、廊下側からは閉鎖された倉庫のように見えるが、中に入ればごく普通の教室だ。
この階は中学校だった当時から全く変わっていないらしく、「旧校舎の四階には入らない」というのが暗黙のルールだ。
なぜ入ってはいけないのか、その理由を知る人間も今はいない。
それをいいことに、高校時代から俺はこの教室に入り浸っていた。
空き教室に入り、そこらへんの机に座る。
誰にも知られていないこの教室の手入れは、俺一人が行っているので机が埃を被っていることはない。
さて、何をしようか。
この教室の何が最高かって、昼寝に最適なところなんだよな。
でももう一度眠ったらさすがに始音に怒られる。
「た…たすけて」
気のせいかな、廊下から、掠れたような声が聞こえる。
この声は…巡音?
「あんたも…そろそろ限界のようね?」
こちらは1-Aの問題児代表、とある三人組の声。
「あなたたちかなり走ってるのにどうして平気なの?どんな身体能力してるの!?」
「「「だって水分補給してるもん」」」
「卑怯だっ!」
「何よ、無策のあんたが悪いんでしょ!」
「私は何もしてません!」
そっと窓を覗きこむ。
そこには、問題児三人組に追われている巡音の姿があった。
「!?」
嫌な予感がする。
もしかして巡音が言っていた「後をつけている」犯人って、あいつらか?
そうじゃなくても、明らかにあの状況はまずい。
あいつらと巡音の距離は近い。
危ない!
寸前のところで巡音の手を掴み、部屋に引き込む。
「あいつどこに行った!?探せ!」
「ちょっと、誰ですか、放してくださ」
「静かに。じっとして」
バタバタとうるさい足音が聞こえる。
見つかったらまずい。
そう思って、もがく巡音の口を咄嗟に手で覆う。
こちらの意図を理解してくれたらしく、すぐに巡音はおとなしくなった。
あいつらの声と足音が遠ざかっていく。
これでしばらくは大丈夫だろう。
危なかった。
…ちょっと待て。
なぜ巡音はもがいている?
少し考えてすぐに気づく。俺は巡音を抱きしめていた。
そりゃもがくわ。なんでこんなことしてるんだろう、俺。
窓から光が差し込む。
俺は巡音を離す。
白衣は、夕日を反射して橙色に染まる。
「はっ、はっ、っ!?なんで…?」
解放されて息を大きく吸い込む巡音が振り返る。
巡音は俺を見て、驚愕を顔に浮かべた。
「ど…どうして、先生がここに…」
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ご意見・ご感想
ジェニファー酒井さん
ご意見・ご感想
ゆるりーのルカちゃんかわうぃーね!!
がっくんもいけめんだ!!
ルカちゃん目線のときも
よだれが止まらなかったけど
がっくん目線も甘美ですね´∀`
素敵!! ごちそう様です´ω ゲフン
2011/10/17 18:39:58
ゆるりー
非リアがリア充小説を書いたっていいじゃないか(何
ジェニファー酒井さん、メッセ&ブクマありがとうございます!
私のルカさん可愛いですか、がっくんイケメンですか。ありがとうございます!
よ、よだれ!?大丈夫ですか!?←
か、甘美!?こんな文章が甘美ですと!?
そんなこと言っていただけていいのでしょうか…
す、素敵!?いつも嬉しい言葉をありがとうございます。
そして、ルカさんが生徒で清楚なほうが書きやすいことに今更気づきました←
2011/10/17 19:39:51