役人たちが圧倒的に不利な状況になったわけではない。しかし、最初の炎が歌に消され、一度彼らは切り上げた。
「またすぐに来るだろうな」
ルカは、そう言いながら、物見台の上で見張りをしている。
昨日の炎で焼かれてしまった家々を見て、人々は落胆し、しかしまだ生きていることに感謝していた。この状況で感謝出来るのは、心に余裕があるから。この絶体絶命の状況で余裕があるのは、女神がいるから。それだけの力が、彼女の歌にはある。不思議な力。
「奇跡の歌姫」は、歌い疲れて眠っている。次に役人たちが来るまでに、目覚めるかどうか、分からない。
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眠り続ける翠の娘を、金髪の子どもは愛おしそうに見下ろし、その髪を梳く。外見よりもはるかに大人びた印象。先ほどまでつけていたリボンは、いつの間にか外れてしまっている。
「随分、消耗しちゃってるね」
その手が頬に触れ、ミクの瞼が揺れる。子どもはミクの額に自分の額を重ね、目を閉じる。
どれくらいの時間が経ったのか、二人の額は離れ、子どもは部屋を出ていった。残された少女は目を覚まし、身体を起こして首を傾げた。
「あれ……」
日が高い。いつもは、歌い疲れた後は、何日間も寝込んでしまうものだった。しかし、どうやら、役人たちが最初に来た夜の、次の朝のようだ。
あまりにも早い回復に、ミクは首を傾げ、物見台のルカの元へ歩み寄る。
「ミク」
ルカも驚いた様子だ。
「もういいのか。っていうか、随分早く目が覚めたんだな」
「うん、変だね、疲れ取れたみたい」
ミクは物見台にあがり、遠くを見て、顔色を変えた。
「ルカ、あれ……」
ルカは、ミクが指をさした方向を見て、顔をこわばらせる。
「……正式に、軍を動かしたのか」
人間相手にも歌は効くが、じんわりと効いていく力では、一瞬で相手の命を奪える軍人たちには敵わない。しかしミクは、迷うことなく歌い始めた。それ以外に、どうしようもなかった。
長老が「魔族」たちを集め、結界を張っている。しかし、彼らの魔力では、わずかな時間しかもたない。
「リンは?」
歌の合間に、ミクはルカに訊ねる。ルカは首を傾げ、物見台を降りた。そのまま、彼女がいるはずの部屋へ行く。
「リン、いるか?」
部屋の中を見て、ルカはすぐに、彼女を見つけた。しかし、これまでとは違う雰囲気に、眉を顰める。
「リン……?」
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夢の中で、何度も何度も、ごめんなさい、と言い続けた。
あたしだけが生きていてごめんなさい。皆に辛い思いばかりさせてごめんなさい。でもあたし、気付いてなかった。あたしのせいで一番つらい思いをしていたのは、これまで死に別れた人たちじゃなくて、貴方だったってこと。
あたし、貴方に全部押し付けた。それなのに、貴方のこともなかったことにして、あたしだけ平和に暮らすことを望んでいた。貴方なんて、いなくなればいいと思っていた。
ねぇ、あたしがあたしとして生きた一年間、貴方は何を感じていた? それとも、何も感じていなかった?
ねぇ、あたしを憎んでいいよ。恨んでいいよ。貴方を生んだこと、捨てたこと。でも、お願い。あたし、どうしても守りたい人が出来たの。お願い。
――彼女を、助けてあげて。
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意識が遠のく。
軍人たちが少しずつ眠りにつき、倒れていく。しかし、あまりにも数が多すぎる。結界が壊れるまでに、もう少し数を減らせないか――いや、少し数を減らした程度では、どうにもならない。
足元がふらついた。気付けば、物見台から投げ出されていた。
――あぁ、私、何してるんだろう……。
奇跡のひとつも起こせずに。ただ死んでいくだけなら、もっと早く死んでしまえばよかったのに。希望なんて知る前に。諦めがつくうちに。――彼に、出逢う前に。
宙に涙が消えていくのを、ぼんやりと見つめていた。
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