裸の右腕を台に載せる。台にはシーツが敷いてある。白いシーツだ。言ってしまうといかにも味気ないが台はただの台でなく手術台であるのだった。手術台は人一人横たわれるくらいの長さがあるので右腕一本でその全てを支配することはできない。あちらでもこちらでも空虚で胡乱なスペースが白い白いシーツのまま僕を圧迫してくる。落ち着かない。身体は服を着て座っているのに右手だけ裸でこのような扱いを受けるなど拷問に等しい。あるいは迫害と言ってもいい。このように迫害されるくらいならいっそ死にたい。殺せ。俺を殺せ。そう言うと隣の看護師がメスだかなんだかの金属を振り上げて僕の心臓に突き立てるふりをする。けれども僕は動じない。奴らが僕を殺すはずがないのだ。ここは病院なのだ。
 裸の右腕は複数の看護師、この場所を手術室というなら手術スタッフというべきなのかもしれないが、そのような手術着を着た女たちによって縛りつけられる。革のベルトはきつくもなく、かといって僕がどれだけ暴れても緩みそうにないくらいの絶妙さで台と右腕をつないでいる。そういった作業を無表情で遂行する看護師たちの手術着は何故か赤みがかっている。何故だ。と思っていたら赤みがかっているのは布地の色でなく手術灯の色であるらしいことが分かってきて一安心している間に右腕は切り裂かれている。痛くないところをみると麻酔など打たれたらしい。しかしただ黙って切られているのも何なので「あぎゃあ」と言ってみる。幾人かが振り向くが術式に影響はなさそうだ。至極つまらない。
 執刀医らしい爺は眉ひとつ動かさない。眉ひとつ動かさぬまま淡々と腕の中をいじくっては何かつまんだりしている。暇なので右手指をぐねぐね動かしていると看護師に叩かれた。このまま指を動かし続けたら看護師は僕を殺すだろうか。否。殺さないだろう。何故ならここは病院なのだ。ここで人を殺すことは正しくないのだ。
 手術が終わるまでに僕は都合五度ほど叩かれる。きまって頭だ。決して患部を叩いたりはしない。叩かれるたびに僕は「うぎゃあ」「あばあ」「べろしていっ」などと言ってみるが二度目からは誰一人として振り向かない。至極つまらない。最後に儀式のように温水をぶっかけられて手術は終わる。右腕の束縛を解かれる前に執刀医が僕の頭を殴る。不条理。
 なんの病気だったのかと僕は執刀医に訊いてみる。執刀医は僕の頭を軽くはたいて、頭の病気だ、と言う。そうなんですか、と僕は言う。そうなんですか、と僕は言う。頭の中でできたしこりが、君の中を通って腕に流れついたんだ、これがそうだ、と言って執刀医は、僕の目の前に銀色のトレイを置く。トレイには豆粒くらいの肉塊が載っている。つまみあげ眺めていると肉はたやすく潰れてしまう。あ。と思わず声をあげて執刀医を見るが執刀医はいるはずのところにいない。辺りを見回しても執刀医はどこにもいない。助手も看護師も病人もいない。僕は大声を出す。ここは病院なのだ。ここは病院だったのだ。






 

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【小説】人の生

2008年1月の作品。

ある意味、私の最高傑作かもしれないと思っています。
町田康の劣化コピーと言われたらぐうの音も出ませんがw

閲覧数:325

投稿日:2016/04/17 12:48:27

文字数:1,247文字

カテゴリ:小説

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