まぁ、こんなとこかね。私の知る限りじゃ、これがこの話の全てだよ。

リリィちゃんとその彼氏は、最初は上手くやってたみたいだけど段々波長が合わなくなっていったのか、最後にはフラレちまったみたいだ。
いくら明るさが取り柄のリリィちゃんでも、これには堪えたんだろう。
その日私の店に来たリリィちゃんは、覇気が無かった。いつもの明るい笑顔なんてなかった。
笑顔を取り繕う余裕さえなかったみたいで、リリィちゃんは目を伏せるばかりだった。
そんな彼女を見てるだけで、こっちの心も痛くなってくるんだ。
今思えば、もっとちゃんと相談に乗ってやればよかったんだ……。もっと親身に話を聞いてやればよかった……。
彼女とはもう三年の付き合いなのに、私は全然彼女の事を分かってやれてなかったんだ。
全く、あの時の自分を引っぱたいてやりたいよ。
でも今更後悔したってもう遅いんだ。



だって……彼女はもうこの世にはいないんだから。



七月二十四日。自宅の風呂場で、血まみれになって倒れているリリィちゃんを、夕方帰宅した家族に発見されたらしい。
死因は、切れた頸動脈から大量の血が噴き出したことによる、失血死。
その細い首は、鋭利な刃物で切り刻まれていたらしい。またその様がエグくってね。
頸動脈なんて一回切ればそれで死ぬのに、彼女の首には4か所程切り傷があったそうだ。
おそらく上手く切れなかったんだろうね。
最初は警察も、他殺の線で捜査を進めていたらしい。彼女の家に押し入った強盗か何かの犯行だろうと。
でも捜査を進めていくうちに、その線は徐々に消えていってしまったみたいだ。
ドアにも窓にもカギがかかっていたし、誰かが侵入した痕跡なんか見つけられなかったからだ。
じゃあ内部の犯行?鍵を持っている家族の犯行だった?
いやそれも違う。母親にも父親にも、アリバイがあったんだ。
内部の犯行でも外部の犯行でもなければ当然限られる道は一つしかない。

――自殺。それしか考えられなかった。

最初は私も疑ったさ。だってあの彼女が、だよ?優しくていつも明るい性格で、周りに笑顔を振りまくあの彼女が、自殺なんてするわけないじゃないか。
それは絶対にあり得ない。天と地がひっくり返る以上に、あり得ない!!
断固としてそう思ってた。彼女の遺書を読むまではね。



……ちょっと話は変わるけどね、彼女が自殺した日と同じ日に、私の家のポストに大きな茶封筒が入ってたんだ。
中身を見ると数枚のルーズリーフがそこに入っていてね、なんやら訳の分からん文章が綴ってあったんだ。
最初は何かの悪戯なのかと思ったけど、実はそれが彼女の遺書だったんだ。
彼女が風呂場で亡くなった、って話を聞いたのはその三日後だよ。
うちの店にスーツを着た男が二人入ってきてね、いきなり手帳を見せて来て、警察の者ですとか言い出してさ。
それからいろいろ話を聞かれたし、聞かされたよ。リリィちゃんはうちの常連だったから、その店主なら何か知ってるだろうとか思ったんだろ。
多分その時にはもう警察も、彼女が他殺じゃなくて自殺だったって見当はついてたんだ。
だから彼女に近しかった私に話を聞きに来たってわけらしい。
私には信じられなかったよ。彼女が亡くなったて言う事実がね。
警察から話を聞かされただけで、彼女の遺体だって見ていないんだ。
実は全部嘘で、タチの悪いドッキリかとさえ思ったよ。それくらい信じられなかったし、信じたくなかった。
彼女がそんな事するはずがないという思いもそうだけど、それ以上に、彼女はもうこの世にはいないという事実をそんな簡単に受け止めたくなかったんだ。
きっと悪い夢でも見ているんだろうと思った。こんな嫌な夢は初めて見た。
近しい人が死んでしまう、悪夢。でもま、夢なら関係ないか。
きっと明日にはまた、彼女が明るい笑顔でこの店を訪れてくれる。きっとそうだ。
いつもの何気ない笑顔で、私に挨拶してくれて彼女お気に入りのミルクティーを頼むだろう。
そう思っていた。
けれど夢であるはずのそれは覚めなかった。一日経っても、二日経っても、三日経っても彼女は現れない。
一週間たっても、二週間たってもそれは同じだった。


もしかして本当に……?


いよいよ私がその現実を受け入れなければならなくなったその時、ふとあの茶封筒を思い出した。
差出人は書かれてなかったけど、あのルーズリーフに書かれていた文字は、どこか妙に親近感があるというか、見覚えのある字だった。きっとその字を書いたのは、私の知らない人ではないってね。
ポストに投函されていた時は気にも留めていなかったそれを、私はもう一度見直した。
そこには、ある女の子の痛烈な思いが書いてあったんだ。読んでいるだけで切りつけられるような程の、痛い独白が。

その女の子には彼氏がいたんだけどね、その彼氏に手酷く振られてしまったんだ。
しかもさらに追い打ちをかけるように、彼は数日後にその子を公園に呼び出したみたいだ。
実はその彼氏には本当は別に彼女がいたんだ。
その子は単なるお遊びで、彼にとってはその存在は二番目だった。
それを説明するために、彼氏はわざわざその子を公園に呼びつけたんだ。しかも本命の彼女とキスまで交わして、その光景をその子の目に焼き付けた。
見せつけられた方はたまらないだろうね……。
それからその子がどうなったのかは分からない。でもその文章の最後には、彼に対しての想いが綴られていた。
彼だけには自分が一番だと言ってほしかった、彼の隣に寄りそっていたかった、演技でも構わないからもう一度抱きしめてもらいたかった……ってね。
そこで文章は終わってる。
その女の子がその後どうしたのか、そこからは誰も分からない。
分からないはずなのに……嫌な想像はどんどん膨らんでいくんだ。
どうしてもその女の子と、リリィちゃんが被ってしまう。きっとその字が、リリィちゃんのそれに酷似していたからだろう。酷似って言うよりも、もう全く一緒と言ってもいいのかもしれない。
そして何より、そこに書いてあった文章の一部を見て、私はこれを書いたのがリリィちゃんだと認めざるを得なくなった。


『メイさんこと、咲音メイコさんは、前から私にとても優しい人でした。
その日はサービスだといって、私がいつも頼むメニューを無料で出してくれました。
あまつさえメイさんは、「私でよければいつでも相談に乗るから」と言ってくれました。』


何とそこにはね、私の事について書かれていたんだよ。
つまりこれを書いたのは私の事を知っている人。そして私もその人の事を知っているらしい。
おまけに私の事を「メイさん」なんて呼ぶ人は、リリィちゃんしかいないんだ。
心の奥底では、それを書いたのがリリィちゃんだってことを認めたくなかったよ。
その文を読んでしまった後じゃ、もう、否定できる材料なんてどこにもなかった。
きっとリリィちゃんはそれを書いた後で、私の家のポストに投函したんだろう。
そしてその後、家の風呂場で……。

リリィちゃんも辛かったんだ。私の思っている想像以上に。
遺書を書いたのは、きっと自分の苦しさとか思いを誰かに伝えたいと思ったからなのかもしれない。
彼氏に振られても、リリィちゃんはやっぱり彼の事が好きだったんだ。手酷い仕打ちを食らったにもかかわらずね。
最後に書かれた文章がそれを物語ってる。きっと一途に相手を愛していたんだろうね。
その文を読むたびにね、私は心が苦しくなる。そしてその男を殴ってやりたくなるんだよ。
一発じゃ足りない。十発、いいや百発殴っても足りないね。
リリィちゃんは遊び道具じゃないんだ!!
リリィちゃんはこんなに一途に相手を想っているのに、どうしてそれが分からないんだってね!
おまけにキスを目の前で見せつけて。自分がされたらどう思うか、ちょっとでも考えてみろってんだ。
そんな男に引っかかったばっかりに、リリィちゃんは首を切って亡くなった。
二番目だと言われた事がどれだけ辛かったか、その男には分かっちゃいないんだろうさ。
首を切る瞬間、どれだけ辛くて悲しくて、冷たい孤独を感じていたのか絶対に分からないんだろう。
私はそんな思いをさせた男は許さないよ。絶対。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

セルフ・インタレスト ―あとがき― 1/3

誤字脱字、ストーリーの矛盾点などありましたら教えていただけると助かります……。

閲覧数:61

投稿日:2012/08/05 16:11:11

文字数:3,390文字

カテゴリ:小説

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