モノクロの空
〜遠い遠い未来のおはなし〜
吹雪の激しい夜のことです。
色の無い世界の、色の無い国に、ひとりのお姫様が産まれました。
栗色の瞳に淡いピンクの唇、風が吹けば金色に輝く髪……それから、それぞれ赤・紫・水色・緑・黄色の爪をしておりました。見れば見るほど美しい女の子でした。
お姫様だけが唯一色を持つ人間だったので、それを知った人々はたいそう羨ましがりました。
月日が流れ、お姫様は婆やと護衛たちに連れられて、お城の外を散歩していました。木々は枯れ落ち、地面は干からび、街はすっかり荒れ果てた様子でした。ほかの街も同じような感じで、みな死んだ魚のような目をしており、生きる気力を失っていました。
ある時、思いきってお姫様は婆やに尋ねました。
「どうして国の人々はこんなにも苦しそうなの?」
「それはね、色を失ってしまったからだよ」
色なら沢山持ってるわ!と、お姫様は婆やに自慢の爪を見せつけました。そして、こう言いました。
「ねぇ、なんでみんなや婆やには色がないの?」
婆やはしばらくの間遠くの山の方を見つめ黙っていましたが、やがて口を開き、優しく答えました。
「大図書館を知ってるかい? あそこへ行けばお前の知りたいことがわかるじゃろうね」
「婆や、わたし大図書館へ行きたい!」
「お待ちなさい。ならばあそこにいる門番に護衛になってもらうことにしよう。くれぐれも気をつけるのじゃよ」
「ここが大図書館……」
お白から東へ150歩ほど歩いたところに、アーチ型の建物があり、外側は大きなツタで覆われていました。お姫様と護衛の門番は、トンネルをくぐるかのように大図書館へ入っていきました。地面からは生い茂った雑草と、湿った土の臭いがしました。壁には天井までびっしりと本が整頓されています。トンネルのようなその場所の終点を見ようと2人は目を凝らしましたが、それは見えなくなるところまで続いているようでした。
門番が先を進んで歩いていると、壁の隙間から光が漏れているのがわかりました。どうやら大図書館の中を照らしている正体はこれだったのだと、門番は納得しました。昼間は太陽の光が、夜には月の光が。
「いっ……」
ふいに門番は転がっていた本に足をつまづかせて、転んでしまいました。膝をさすりながらその本を手に取ると、難しい文字が書かれていました。
「"ひと、の、イ……"?」
あまりの難しさに音をあげた門番がその本をお姫様に見せると、お姫様はなんともスラスラと読んでいきました。
「"人類の進化と衰退"」
本にはいろいろなことが書いてありました。
大昔、人々は戦争をして、何度も互いを傷つけ合ったこと。戦争は、多くの生物たちを巻き込み、大気を汚染。自然を破壊して、地球を散々荒らしたこと。それを見て怒った神さまが以前されたように3度目の罰を人間に与えたこと。神さまが人間に与えた罰は3つ。1
つ、ノアの方舟。2つ、バベルの塔。3つ、モノクロの空……。
「この3つ目の罰って」
「僕らの世界そのものですね」
お姫様がページをめくると、そこにはそれぞれの罪についての詳しい記述があった。
「"生きる者の生気を吸い取ってしまうほどの灰色の空。白黒の世界。そこに一切の温かさは無し。いつしかそれはモノクロの空と呼ばれるようになった。ーーーしかし、またもや神さまはリンゴの実を地上に置き去られた。モノクロの空が出現してからちょうど1000年経った頃に産まれてくる赤ん坊に虹色の呪いをかけたという。呪われた者は、その命をもってして世界に色を戻すことができるだろう。ーーーこの事実を知れば、呪われた者は命を狙われることだろう。しかし、それも意味は無いのだ。呪われた者が心から過ちを犯した人々を許さない限り、2度と世界に色は帰らないだろう。ーーー神さまは、今までも人間に自ずから選択させてきた。人の罪は人の血によって初めて償われる。そういう仕組みにしたいらしい。"」
ここまで聞くと、門番は口をぱくぱくさせながら言いました。
「つまり、あなたが」
「"呪われた者"」
そう一言吐き捨てると、お姫様はそそくさとお城へ帰っていきました。慌てて門番とその後を追いかけました。
西の方角にゆっくり日が沈んでいきます。
お姫様と門番はお城のテラスでその光景を見ていました。
「わたし、死ぬなんて怖い」
「何も貴女が死ななくても良いのです。先ほどお婆さまも仰られておりました。貴女が犠牲になる必要はないのだと」
「でも、このままじゃ国の人々だけでなく、世界中の人々が飢えや病で倒れてしまうわ。そしたら今度こそ、人間は絶滅してしまう」
「……」
「なぜ、かつての人々は傷つけ合ったのかしら」
「それは、人間に欲があるからではないですか?」
「欲とは悪いものかしら」
「いいえ。たとえば、あまーいお菓子を食べる」
門番は腰に下げている麻袋から美味しそうなマフィンを一つ取り出し、それをお姫様に渡しました。
「それは良い欲ね」
と、お姫様はマフィンを半分にして大きい方を門番に渡しました。
次に門番はテラスの下の庭園へ降りて行き、いくらか花を摘み終えると帰ってきました。
「それから花の冠。貴女にあげます」
「それも良い欲ね」
シロツメ草で出来た花冠を頭にのせると、お姫様はくるりと回ってみせました。
「僕は、父の病気が治ったら世界を旅して回ろうと考えています。これは僕の夢でもあります」
「それはとてもとても良い欲だと思うわ」
「僕は人々が傷つけ合った理由が少しわかる気がします。結局みんな不器用なんです。あれやこれやと決めつけを作ってみるけれど、心は自由でいたいのに……」
「そうね。でも、解決策はきっとある。世界に色が戻ったって、過ちを繰り返さなければいいだけのことだわ。みんなが幸せになる方法は必ずあるわ。わたしはそう信じることにする」
「……お姫様にはどんな欲がありますか」
「わたしは、夕日が何色なのかを知りたい」
「良い欲ですね」
「あ、もうじき夜になる」
「ええ……いつか争いはなくなります。人々が争い合うのに飽きた頃に、平和な世界が訪れるでしょう」
「ねぇ、手を繋いでもいい?」
西の峡谷に太陽が入っていくのを見届けながら、2人は手のひらの温もりを通して互いの体温を確かめ合いました。そして、お姫様は叫びました。それも世界中に聞こえるような大きな声で。
「罪を犯した愚かな人々よ。あなた方を許します。たった今、この瞬間から平和な世界への扉は開かれました。来たるその日まで、安らかに眠りなさい」
すると、どうでしょう。
お姫様が叫び終えた途端に日は沈みきり、ひとたびの静寂が世界に染み渡りました。ふいにお姫様の身体がキラキラと光りだしました。まるで真夏の浜辺で砂が太陽を照り返すような眩しさで、それは儚くも力強く、細やかな煌めきでした。
空にはつい先程までの暗雲はなく、四方八方へと一目散に散っていく雲を追い払うように大きな虹がかかりました。大地には緑と野花が咲き誇り、果実は実りの産声を上げ、水は上流から河口へと勢いよく流れ出しました。再びこの世界に色が戻ってきたのです。
興奮して門番は言いました。
「お姫様見てください!沈んだはずの太陽が途端に東に現れました。太陽は金色……貴女の髪の色ですね。夕日はどんな色になるのでしょう、楽しみだなぁ。ほら、あそこに見える馬なんか」
続きを言いかけて門番はとなりにあるはずの温もりが消えたのを感じました。呪いが解けた今、お姫様はすべての色を失ったのです。そこに残ったのは白い骨だけでした。
思わず夢と疑ってしまう天変地異に、国中、いいえ、世界中の人々が泣いて喜びました。が、ひとり門番だけは嘆き悲しんでいました。門番の涙は頬を伝い、変わり果てた彼女へと落ちました。その時です。
「わたしはここよ!」
ふいに背後から聞き慣れた声が聞こえてきました。門番が目を凝らしてよーく見てみると、なんと影が喋っているではありませんか。
門番の慈しむ気持ちは涙を通してお姫様の亡骸に伝わり、奇跡を起こしたのです。最後に残った黒色で、お姫様は門番の影になりました。
それから2人は色のついた世界をいつまでも旅して回りました。
おしまい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
あとがき
ここまで読んで下さった読者の方に感謝します。『モノクロの空』いかがだったでしょうか。
小説を書くのは初めてだったので、拙い文章だったと思います。(汗
また他の作品も心を込めて書いていくので、機会があれば読んでくれたら嬉しいです。
読んだ方の心に少しでも潤いを与えられればそれ以上の光栄はありません。
ありがとうございます。
では、失礼します。
MeRRY
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