「ラブレター、ねぇ」

 うさぎが描かれた可愛い封筒をボンヤリと眺める。
 封筒は既に開封済みで、中身に何が書いてあるかは知っている。
 更に言えば、その送り主は誰かも知っている。
 隣の隣のクラスの子。顔と名前がぎりぎり一致するレベルの存在。声も知らない。

「出す相手、間違ってるよ……」



「おーい! レン! なんであんたまだ教室にいるの! ねーちゃんと一緒に帰ろうよー!」
 窓の外に視線を移すと、姉がこっちに向かって手を振っていた。姉の友達も一緒だ。
「俺は一人で帰るからいいよ……。ねーちゃん先帰れよ」
「ンマー!」
 姉は高校生にもなるのに、家でも学校でも町でも駅でもどこでも未だに弟べったりで本当に困ってる。傍から見れば極度のブラコンで避けられるべき存在のはずが、今姉の横にいる友達はあろうことかそれを面白がっていて、
「ほらほらレンくん! 可愛いお姉ちゃんが呼んでるよー! 一緒に帰ってあげなよー!」
 とか言う始末。
 さっさと帰れ、と手をひらひらさせて教室の窓を閉めた。微かに「冷たい弟!」とか「"俺"とか言っちゃって! ついこないだまで"レンくんはね"って言ってたくせに!」と言った罵声が聞こえる。
 プリプリする姉とそれを面白がる姉の友達が校門の方へ歩いていくのを見届けてから、再び封筒をボンヤリ眺める。
 

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 鏡音レン様
 
 突然こんな手紙を出してしまってごめんなさい。
 早速ですが、ずっと前からあなたのことが好きでした。
 去年の秋の文化祭で美術部のブースに飾られていた鏡音くんの描いた絵と、その横で暇そうにケータイをいじっていた鏡音くんに一目ぼれしてしまいました。
 本当はもっと早く気持ちを伝えたかったのだけれど、直接会ってお話しするのは緊張してしまうし勇気もないので、美術室の前に飾られている鏡音くんの絵をいつも眺めて満足しちゃってました。
 でもちょっとしたきっかけがあって、やっぱり気持ちを伝えなきゃダメだって思ってこうやって手紙を書いています。
 もし良ければ、私の気持ちのお返事をいただきたいです。電話番号とメールアドレス書いておきます。
 
 今年の文化祭も、鏡音くんの絵楽しみにしてますね。

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 下校時刻です、と放送委員の声が教室内に響いた。
 捨てるに捨てられない宛名の間違ったラブレターをかばんに突っ込んで、教室を後にした。
「この子が好きなのは俺じゃなくて俺の絵ってことだよなぁ……」



「あ、可愛い姉と一緒に帰ってくれない薄情な弟おかえりー! ん、あれ? 調子でも悪い?」
 反応が鈍かったのか顔色が悪かったのか変な表情だったのかよく判らないが、姉は俺の異変に気付いたようだ。
 まぁ別に隠さなくてもいいか、と
「……ラブレター、貰った」
 と言った瞬間、
「ヒェー!!!」
 と姉のテンションが振り切れる。久しぶりに目の前で見て思わず笑ってしまった。
「誰? どこの子? 何の子?」
「何の子って……人の子に決まってんだろ……。2つ隣のクラスの子。よく知らないんだよね」
「ヒャー!!!」
 パァン!
「会話にならないので一旦落ち着いてください」
 テンションが振り切れている姉をビンタで制して、かばんを下ろして冷蔵庫から麦茶のポットを取り出す。
「返事! 返事どうするの! 返事!」
 姉はビンタにひるみもせず、ソファーで足をばたばたさせながら聞いてくる。麦茶もゆっくり飲ませてくれないらしい。
「……宛先が間違ってるんだよ、このラブレター。この子が好きなのは俺じゃなくて俺の絵。あくまで俺の絵なんだよ」
「は? 見せろ!」
 見せろという言葉が言い終わる前には、既にかばんの中に入っていたラブレターは姉の手に握られていた。どんだけ食いつくんだこいつ。
 氷の入ったグラスに麦茶を注ぐと、氷がカランと鳴いた。ポットを冷蔵庫に戻して、俺は一気に麦茶を流し込む
 ……間、姉は黙ってそのラブレターを読んでいた。すごい静かだ。なにこれこわい。
 飲み終わったグラスに残った氷を口に含んでゴリゴリしていると、姉が手紙を丁寧に封筒にしまってわざとらしくため息をついた。
「あんたはバカねぇ。物静かだし目立たないし美術部なんて地味な部活だし友達も少ないしましてや告白なんてされたことなんてないあんたはバカねぇ」
 ラブレターの書いた封筒をひらひらさせながら、姉は立ち上がって続ける。
「天真爛漫才色兼備元気百倍のねーちゃんは、可愛い弟の捻じ曲がった思考回路が甚く心配であーる!」
 芝居がかったセリフと芝居がかった立ち振る舞いが、いつも以上のうざさを醸し出している。
「あんた、あなたの絵が好きです! って言われて嬉しくないの?」
「いや、嬉しいけどさ……」
「じゃあいいじゃん、それで」
「は?」
 姉は近寄って俺の頭をくしゃくしゃと撫でると、「さっきのお返し」と呟いてその右の掌で俺の左頬を振り抜いた。
 パァン とさっきと同じ音が響いた。口から飛び出た氷が、流しの排水溝にホールインワンしてカラカラ笑う。
「あんたの絵が好きって言うのがあんたを好きな理由で何がいけないの。あと頑張って手紙書いた乙女の勇気と気持ち舐めんな」
 呆然とする俺に背を向けて、姉はすたすたと自分の部屋に行ってしまった。
 ひりひりする左頬よりもチクチクしている心の方が痛いなぁ、と他人事の思考回路は、
「ちゃんと返事しなよ! 返事しないと学校でもっとベタベタするから!」
 と、脅迫紛いの声が扉の向こうから聞こえたところで、正常動作に復帰する。
 しかし姉の言ったことをゆっくり咀嚼してみた結果、顔が紅潮するわ動悸が激しくなるわで結局思考回路が暴走して、ちょっと死ぬかと思った。
 
 
 
 のが昨日。
 ラブレターに書かれた電話番号に電話をかけて……見てもいないし、メールアドレスにメールをして……もいない。
 そもそもどう返事をするかも考えていないし、電話にしろメールにしろどんなことを言えばいいのかも判らない。
 そうやってなんだかそわそわと落ち着かないままに授業は終わり、かばんを持ってぼやぼやしながら美術室に向かった。今日は部活が無い日だけど、俺の絵が好きだと言ってくれた、文化祭楽しみだって言ってくれた子がいるっていうのはすごく励みになっていることを実感しているし、なんだかやる気もみなぎってきている今絵を描かない理由が無い。
「……今日はなんだかいい絵がかけそうな気がするなー」
「か、鏡音くん!?」
 ぼそっと独り言を呟いた瞬間に、美術室の前に立っていた女の子が悲鳴のような声を上げる。
 驚いて目線を前方に合わせると、そこには手紙の送り主。
 
「あ、あれ? きょきょ今日は、部活無い日で、」
「いや、これは、あの、ちょっと絵でも、かか、描こうかなって、」
「そ、そうなんだ、頑張って、あ、違う、わ、私はたまたま鏡音くんの絵を見に、あ、あのててててて手紙の返事、」
「返事?! ああああ、それはちちちょっと直接は恥ずかしいので、あ、後で電話します、ので、あの、」
「ひ、へ、は、はい、あの、ま、待ってま」
「じゃ、じゃあぶぶぶ部活するから!!」

 送り主の言葉を半ば遮って、急いで美術室に入った。部活するからってなんだよ。部活はするもんじゃないだろ。そもそも今日無いだろ部活。
 自分の慌てっぷりに辟易しながら、まだ動機の止まない胸に手を当てる。そのまま荷物を下ろしてキャンバスの前に座ったものの、どうにもこうにも落ち着かずに意味も無く美術室を行ったり来たりして、時計を見て、また行ったり来たりして。
 どちらにしろこんな状況で絵が描けるわけも無く、半分自棄になってかばんから手紙と携帯電話を取り出し、書かれた電話番号をプッシュする。緑の電話ボタン恐ろしく怖い。
 震える手で頭を掻きながら、意を決して恐怖ボタンを押した。
「頑張って手紙書いた乙女の勇気と気持ち舐めんな」
「こりゃ確かにすごい勇気だわ……」


 携帯電話はコール音1つと半分で、悲鳴のような声が聞こえる壁の向こうに繋がった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ラブレター

pixivに投稿したものと同じものをこちらにも。
ちょっと言葉の修行もかねて、久しぶりに小説(と言っても掌編ですが)を書いてみました。
リンは活発な女の子で、レンは物静かな男の子ってのが昔っからのイメージです。

閲覧数:98

投稿日:2012/05/23 01:23:21

文字数:3,454文字

カテゴリ:小説

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