「レン、遅いなぁ…」
 リビングのソファを独りで占拠すると、リンはつまらなそうに呟いた。

 ばたばたと騒がしい足音が聞こえる。
 玄関で誰かの、たのもー、という声が聞こえた。
「はいはーい」
 グミが玄関を開けると、その相手が誰で、何の目的なのかを理解する前に、客はずかずかと家の中に入っていった。
「え、え、ちょ、ちょっと待って!」
 あわてて客人の肩をつかんだグミを、レンは振り返ってギロリと恐ろしい形相で睨みつけた。思わず手を引っ込めてあとずさりをしたグミの後ろから、和服に羽織姿のこの家の主――がくぽが顔を出した。
「どうされた、レン殿。そんなにあわてて…」
「がっくん! ちょっとキッチン借りる!」
「レン殿? しかもそんな大荷物で…」
 レンは小さな体に不釣合いな、大量の荷物を持って、がくぽ達の家に乗り込んできたのである。

 近くのスーパーで、材料はそろえてきた。レシピはとっくの昔に頭に入っている。完璧。
 俺はそう自己暗示をかけながら、がっくんの家のキッチンを(勝手に)借りていた。と、言うのも、リンにばれないように、ホワイトデーの贈り物を今から作るためだった。この家では、がっくんが食べるものにはこだわるため、調理器具はよくそろっているのだ。
「レン君、ねえ、どうしたの?」
「今からクッキー作るんだよ!」
「今から? もう夜九時だよ?」
「だから急いでんの、分かりませんかねぇ。」
「すみません!!」
 俺が苛立ちながら、平静を装いつつ返すと、どうやら俺の苛立ちを感じ取ったらしいグミは素早く間合いを取った。
「何、レン、ホワイトデー今からやんの?」
 二階から降りてきたリリィは早くも俺に絡み始めた。
「忘れてたんだ?」
 俺が答えずに、リリィと目を合わせずに居ると、リリィはニタッと笑って、
「図星なんだぁ」
 と言った。
 ええ、ええ、そりゃぁもう、図星ですけど何か!
 そういってやろうかと思ったが、リリィは口が軽いので、変なことを広められても困る、と冷静になって思い直し、無視することにした。
 どうやらがちゃぽは幼児らしく早寝しているようだ。
 この家は騒がしいな…と思いながら、ビニールの袋に入れたバターを揉む。本当は常温に戻るのを待ちたいところだが、今はそんな悠長なことをしている場合ではない。
 バターをボウルに移しておき、小麦粉をふるう。
 てきぱきと生地を作ってしまうと、暖めておいたオーブンの中に、型抜きをしたクッキー生地を入れた。時計をちらりと見ると、既に11時近い。やはり、生地を一旦寝かせるのに時間がかかったようだ。
 後は数分焼いて、キレイに飾り付けるだけ。デコレーションの準備をしていると、リリィが入ってきた。
「てつだったげる」
「いらねーよ」
「馬鹿、年上の助言はきくもんだっつの」
「年上って言ってもアンタ半年しかちがわねぇだろ」
「年上は年上でしょ」
 言い合っているうちに、クッキーが丁度よく焼けてきた。
 仕方ないので半分をリリィに任せ、もう半分を自分で飾ることにした。

「――ただいま!」
 家に帰りつく。時計は日付が変ろうとしていることを知らせていた。
 もしかして、もう寝てる? そう思ったが、すぐに思い直した。リビングでごろごろしているリンを見つけたからだった。
「あ、レン」
 リンは俺に気がつくと起き上がって、にっこりと笑った。
「ごめん、その、練習がさ、長引いて…」
「うん、カイト兄が言ってた。レンヘマしたんでしょ?」
 あの馬鹿兄貴。心の中で毒づき、顔は笑みを崩さない。
「それでさ、その…」
 バッグの中からクッキーを取り出した。それを差し出すと、リンはきょとんとして、それを受け取った。
「…どうしたの?」

 俺の話を聞くと、リンは笑い出した。だが実際、笑い出したいのは俺のほうだった。
 あんなに必死になってお返しを作ったのに、リンはすっかりホワイトデーの存在を忘れていやがったのである。
「それで遅かったの!」
「だってリン、そういうの気にするだろ、結構」
「そりゃそうだけど、バレンタインはまともなものあげてなかったのに」
「それでも貰ったんだから返すだろ」
「真面目だねぇ」
 食べていい、とリンが言って、俺が頷く。クッキーのいい匂いがして、袋が開く。リンはクッキーを頬張りながら、くすくすと笑った。
「なんだよ」
「これさ、リリちゃん手伝ったでしょ」
 言いながら、リンは持っていたクッキーをこちらに向けた。

『愛してるよ』

「レンの振りしてこんなことかいてるの!」
 リンが愉快そうに笑った。

終わり。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

ホワイトデーとクッキー 下

こんばんは、リオンです。
昨日の続きです。
一ヶ月のブランクの所為でまったくかけない…
と思ったんですが、よく考えたら
全盛期も大体こんな感じでした。
Same First Lovesの続きは、来週辺りかけたらいいなーと思ってます。
では!

閲覧数:427

投稿日:2012/03/15 23:49:51

文字数:1,909文字

カテゴリ:小説

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  • 美里

    美里

    ご意見・ご感想

    なぬいぃ!そういうオチか!でもさすがリリィ様だ!(何が
    レン君はすごいですね、レシピ全部頭の中に入ってるなんて。でも六歳でババロアを一人で作ったという素晴らしい武勇伝を持っているからそれは当たり前なんですけどね。
    がっくん呼び…!リオンさん、あなたは私の急所を突きましたね…!がっくん呼びとか…萌えるじゃないですか!(あれ、私だけかな?)
    でもリリィ様さすが!(だから何が言いたいんだ

    2012/03/16 20:50:11

    • リオン

      リオン

      美里さん、こんばんは。
      リリィちゃんは実はすごく優しい子です。実は私の小説に出るの初めてだったりして。
      レン君はいいお嫁さんになれると思います。お婿さんはリンですよ、勿論。
      がっくんは皆のお兄さんなので、はじめてがっくんが来た時から皆に親しまれてるといいなーと思います。
      リリィちゃんマジキューピッド!!(笑

      2012/03/16 20:58:49

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