今は亡き妻の出会った頃を模して作った人形。
それに僕はナナルと言う名をつけ、傍においた。
話し相手になって欲しかったから、まずよく喋るように設定して。
でも、プログラムの仕方がおかしかったのかもしれない。
君が声を出すまでに、とても時間がかかった。

感情を宿す筈のない君だったけど、「いつも傍らに」「よく喋る」「僕を理解する」を核にプログラムしたからだろう。
ほんと、どこまでも追いかけてきては、「どうして駄目なのですか?」 と首を傾げる。

君は感情を知らない。
僕が恥ずかしがったりするのも理解出来ない。

僕が君を可愛いと思い始めたことも、きっと一生理解しない。

君は動いているのに、感情のない君を見ていると、ふと妻の事を思い出して、苦笑した。

君の初めての言葉は「おかえりなさい」だった。
その日は、妻の命日だった。
墓参りをして帰った僕に、「おかえりなさい」と微笑んだ。
あまりに愛しくて、僕は君を手放せないと思った。

「愛してる! ごめん。愛してた……!」
そんな僕を、君はずっと抱きしめていてくれた。

君は人形なんかじゃない。
そう思い始めてから、僕の世界は変わった。

とても小さな事の筈なのに、ひとつひとつの事が輝いて見えたんだ。

そんな僕が絶望したのは、君に初めて口づけを求めた時だ。
君は驚いて、首を振った。
「私はナナルです。あなたの大切な人を壊すつもりはありません」
それでも僕が求めたら、君は哀しそうに「はい」と微笑して見せた。

君の唇の冷たさに、愛しさと孤独を感じた。
触れても触れても、温かくならないから、僕は泣きながら、君を離せなかった。

その翌朝、君は家を出て行ってしまった。

次に君を見つけた時、君は妻の墓標の前に立っていた。
見つけたのは2日後だった。

振り返らせて、抱きしめると、ピーーーーと言う音がして、君が停止しているのに気づいた。
ふと墓標に目をやると、そこには手紙が置かれてあった。

そこには、こう書かれてあった。

『私はずっと、あなたを騙していました。初めは喋れないと、それから感情を持たないと身代わりでいいと。でも、ほんとは、あなたが大嫌いだった』
なぜ? と思う。
なぜ、愛してるって言ってくれないんだって。
でも、それには続きがあった。

『あなたは自分への理解ばかりを求め、押しつけてきた。傍に行くことを、知りたいと思う事を駄目だと言った。私はあなたの全てが知りたかった。でも駄目だと知って絶望したのです』

その先に、こう添えられてある。

『私は生まれ変わって、人の温もりとあなたの愛を理解したい。全く別の私を、私としてちゃんと見つけてくださいますか……?』

僕は身勝手だった。

気持ちは押しつけるものじゃない。
分かち合い、共に歩む事だと。

「似せて作ってしまって、すまない……」

見えるもの、触れられる事だけを信じるのはもうよそう。
「ちゃんと君を愛していると、伝えられる男になるから」

だから、もう身代わりは作らないよ。

「もう一度、僕に、おかえりって言って欲しいんだ」

僕は妻のお墓の隣に、君の墓標をたてた。

そして、いつか生まれ変わると信じ、この世界で生き続ける。

end

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

ショートストーリー

閲覧数:46

投稿日:2018/01/12 12:02:16

文字数:1,344文字

カテゴリ:小説

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