目の前の一軒家は変哲も無かったのだ。
 壊して取り出した材木や壁材も跡形も無くなっていて、工事した後とは思えないような状態だったのだ。
「どういうことなのよ」
 これが、先達たちが投げ出した原因なの!?
 アタシたちはそれに近づいて触ってみる。
 何も変哲も無かった。
「……どうするリンちゃん?」
 レン兄さんや社員たちは不安そうにアタシを見る。
「もう一度、もう一度よ!」
 アタシは昨日と同じように指示を出した。今度は別方向から壊してみた。
 その時は内心、なにか事故が起こるんじゃないかと冷や冷やしたけれど、別になんとも無かった。
 ……これは厄介だわ。
 アタシたちは途中で投げ出すようなことはしないけれど、あえて投げ出すならば、「事故が多発した」など言い訳が立つ理由が欲しかった。
 しかしこの建物はそんなことは無く。社員たちはなんも問題もなく仕事を行えていた。
 これじゃあ、信用が無くなるのも頷ける。
 アタシたちは昨日と同じように夕方までに三分の一を壊してから、仕事を終えることにした。
「……みんな、帰るわよ」
 アタシたちは頷きあって、解散する。
 明日も同じなら、やり方を変えるしかない。

 翌朝も同じような事態だった。
 アタシは急いで現場へ向かうとそこには、何も変哲もない建物が建っていた。
「姉御ぉ。どうしましょう」
 社員たちが不安がっている。
 なにか作戦があれば……そうだ。
「あんたたち、もう一度解体をお願いね。アタシとレン兄さんは、徹夜して見張っている」
 直るところ、見てやろうじゃないの。
「リンちゃん、焚き火セットを買ってくる」
「お願い」
 レン兄さんは駆け出していた。
「姉御、すまねえ」
「いいのよ。あんたたちには家族がいるでしょ」
「すまねえ……野郎ども、もう一度取り掛かるぞ!」
「「「おー!」」」
 掛け声とともに、また解体工事が始まる。
 アタシはあらかた指示を出しておいて、夕方までに仮眠を取ることにした。

 無事工事を終えて、アタシとレン兄さんは焚き火をしながら、それをじっと見る。
 時刻は三時。丑三つ時。
 でも一向に変化はなかった。
 もしかしたら、見られている間はなにも変化は起こらないのかもしれない。
「正解かもね」
「うん」
 レン兄さんはホッとしたように胸を撫で下ろしていた。
「空が綺麗」
「そうだね。こんなにいっぱい星があるんだね」
 こんな形で宇宙を見るなんて思わなかった。
 こんなに星が綺麗だなんて、悩んでいたことがバカらしくなる。
 ……そして、夜が明けた。
 車の音がして、アタシたちは顔を横に向けると、そこには社員の中でもとくに熱心なNさんが出てきた。
「姉御、大丈夫すか」
「ええ見て、この通り」
 アタシは指をさす。
「これならいけそうですね」
「うん。……キッチリ働いて貰うわよ」
「姉御、任せてください」
 それからアタシたちは三日三晩交代で監視して、一軒家の解体を終えていた。

 次は道路工事が始まる。
 もしなにがあるか分からないから、それぞれ両端から道路を延ばす形でアタシはロードローラーを動かした。
 その時も三日三晩交代で監視して、ついに今日、道路を貫通させるときが来た。
「いくよおおお」
 なにかあると分からないから、アタシがロードローラーに乗ることにした。
 アスファルトを地面に流し込んで、それを愛機で聖地していく。
 何事もなくいくとは思っていなかった。
 出てきたのは、あいつだった。
「ぬ~りかべ~」
 最後の1メートルえお整地しようとしたところで、妖怪ぬりかべが立ちふさがった。
 アタシは躊躇なくギアをあげて、ロードローラーを突っ込ませる。
 しかし、
「ぬりかべ~!」
 ロードローラーの全力をがっしりと抑えられて、進めない!
「ちょっと、どきなさいよ!」
「「姉御!」」
 社員たちもぬりかべに突進する。
 しかし、ビクともしない。
「いったい、なんなのよ! あんただったのね。この工事を邪魔してるのわ!」
「ぬりかべ~」
「どきなさいよ!」
 まるで歯が立たない。
 妖怪ぬりかべは鉄壁だった。
 あと、あと少しで道路が完成するのに。
 ロードローラーが悲鳴を上げ始める。
「くっ……仕方ない」
 アタシはロードローラーをバックさせて、飛び降りる。
「ちょっとどきなさいよあんた! なんてしてくれるのよ!」
「リンちゃん……」
「ぬりかべ~」
 あとちょっとなのに。
「あんたにはねえ、学校も試験も無い。その上、墓場では大運動会までしてる」
「ぬりかべ~」
「だけどね! アタシたちには学校も試験もある。子育てもある」
「ぬりかべ~」
「生きてる重みが違うのよ! 背負っているものが違うのよ!」
「ぬりかべ!」
 アタシはぬりかべに腹で押されて、後ろに吹っ飛んだ。
「姉御!」
「リンちゃん、大丈夫?」
「どうしてくれるの……どうしてくれるのよ!」
 このままじゃ冬を迎えてしまう。
 雪の妖精がやってきてしまう。
 そしたら除雪の仕事だ。こんなことやってられない。
 アタシは悲しくて、涙が出ていた。
 すると突然、ルカおばあちゃんとの思い出が蘇ってきた。

 それはある日のことだった。
「ねえルカおばあちゃん、それなあに?」
 着物を着たルカおばあちゃんは大事そうにそれを抱えていた。
「これはね、妖怪大辞典」
「なんでそんなもの持ってるの?」
 アタシはルカおばあちゃんのひざまくらでゴロンとする。
「これは、アタシが歌うときにくれたマスターの辞典なのよ」
「へえ~」
「このときから親しくなって……ふふ、恥ずかしいわね」
「いいなあ、あたし欲しい」
「……いいわよ。アタシが居なくなったとき、これを使いなさい」
「え、くれるの?」
「ふふ、あなたにあげるわ」
「ありがとー!」
 アタシは膝枕でゴロンゴロンと転がって、跳ね起きた。

「……あれだわ!」
「姉御?」
「あんたたち、ちょっとそいつを抑えておいて」
「なにか分かったの?」
 レン兄さんは疑問を口にする。
「うん、アタシに任せて」
「よっしゃ、おまえら行くぞ」
「「「おー!」」」
 歓声が上がる。
 アタシはすぐさま駆け出して車に飛び乗った。
 目的地はおばあちゃんの書斎だ。そこにある。

 アタシは家の前で車を止めて、鍵をかけずに飛び出した。
 玄関を開け、廊下をかけて、目的の書斎に立ち止まる。
 妖怪大辞典は……あった!
 すぐさまページをめくっていく。
「あった!」
 ふーん、なるほどね。こんな簡単なことだったのね。
「ルカおばあちゃん、ありがとう!」
 すぐさまアタシは玄関へ行って、鍵をかけて、車に飛び乗る。
 目的地はもちろん、あの道路だ!

「みんなお待たせ!」
 アタシは妖怪大辞典をレン兄さんに渡して、みんなをさがらせた。
「これはルカおばあちゃんの」
「うん、これならいける」
 アタシとぬりかべは睨みあう。
 それは心地良い沈黙だった。緊張感がある沈黙だった。
 アタシは突進する。
 ――振りをしてフェイントをかけて、そのまま足払いをした。
 驚愕した顔をするぬりかべ。
 そのままぬりかべは地面に横倒しになった。
「あんたたち、お願い!」
「まかせろー!」
 社員たちはぬりかべを押さえ込む。
「ぬ、ぬりかべ~」
 困惑した声を出す塗り壁。
 アタシはすぐさまロードローラーに飛び乗った。
 エンジンを一気にふかす。
「いっけえええええ!」
 そのまま突進!
「よけて!」
 ぬりかべを押さえ込んでいた男たちがいっせいにそいつから離れる。
「ぬぬぬぬぬりかべ~」
 塗り壁が舗装を終えてない部分にめり込んでいく。
 アタシはそのまま何往復もした。
 するとあるとき、
 ――ブチッ
 と音がしたと思うと、そいつの気配が消えてしまう。
 あわてて出来たばかりの地面を見る。
 そこには何も変哲もない、舗装されたばかりの道路が出来ていた。
「や」
 アタシは大きく息を吸い込んで、
「やったああああああああああああああああ!」
 アタシはロードローラーから飛び降りた。
 駆け寄る社員たち。
 アタシは胴上げをされる。
「わっしょい」
「ワッショイ」
「わっしょい」
「ワッショイ」
 胴上げはすごく気持ちよかった。
 これが勝利なのかな。
 そしてアタシはおろしてもらってから宣言した。
「みんなああ」
「あねごおおおおお」
「飲むわよおおおおおおお」
「「いええええええええい」」
 今夜はアタシのおごりだ。
「レン兄さん、予約お願い」
「ああ、任せてくれ」
 そしてみんなとハイタッチした。

 これがアタシたちの会社――鏡音建設黎明期の出来事で、これがターニングポイントだった。会社が大きくなっていった。
 このとき使った愛機が、本社前に飾られているロードローラーだ。
 会社が大きくなるにつれて、アタシは現場に出れなくなっていったけれど、いまでもこのときの勝利とロードローラーの喜びは忘れてない。
 この頃はまだ理念というものが無かったが、ひとつ、形みたいなものが出来た気がする。
 理念は次回、時期社長となる亞北ネルちゃんと次期会長となる重音テトちゃんが入社してから、形から言葉へと成っていった。
 残念ながら紙面の都合上、ここで区切らせてもらうけれど、この出来事があって、理念が生まれたことを強調して起きたいと思う。
 今は幾人か独立したり転職した者もいるけれど、このときの大切な仲間は忘れてない。
 紙面ももう残り僅か。
 だから最後に読んでくれた君たちにアタシから伝えたいことがある。
「仲間とはなにか? 社会貢献とはなにか?」
 これを胸に問い直してみて欲しい。
 今でもアタシにとってこの道路は、誇りである。


 易経新聞編集部より

 鏡音リン会長、ありがとうございます。
 次回は発展期となります。乞うご期待ください。
無料掲載期間は~~~~~              END

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

鏡音リン(大人リン)『鏡音建設・会長鏡音リン自伝『共鳴』』後編

 予定を変更して、鏡音リン(大人リン)ちゃんとなりました。

 今回のお話は、鏡音リン×ロードローラーの組み合わせを聞いて思いついたのを書きました。成長物語として書けた気がします。
 正直、あまり元ネタは分かっておりませんが、いくつか動画を見ましたが、まあ私なりのお話を書けたらいいと思いました。

 これはもう古参ネタですね。わたしは新規だからなあ。
 あえて言えば全盛期のときには、DIVAアーケードしかやってなかったのが勿体無かったな。あ、でもマジカルミライにはなんとか行きましたが。
 某動画では第2波に該当するファンかもしれない。乗り遅れた。
 今落ちついているのは良いことでもありますが、ちょっと勿体無かったなあ。今でもニコIDはありませんし。うーむ。

 まあとにかく、楽しんでくれたら嬉しいです。

 次回こそは弦巻マキちゃんになる予定です。でも進捗状況によっては、琴葉茜ちゃんになります(関西弁をどうするか)。

閲覧数:403

投稿日:2018/02/18 21:42:16

文字数:4,126文字

カテゴリ:小説

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