「グミちゃん……」
「か、海人!!」

そうだ、それよりも今は海人を助けなくては。
私は彼のもとに駆け寄る。

「……っ」

近くで見ると、思わず目を覆ってしまいそうな光景だった。
全身に刺し傷と切り傷が残ったその姿。しかも傷口から出る血は止まらずに、今もなおあふれ続けている。
おまけに胸には先ほどのスローイングナイフが深く突き刺さっていて、痛々しい。

「大丈夫、すぐに助けるから!」
「グミちゃん……?なあ、グミちゃん?」
「なに?すぐ止血して、病院に――」
「グミちゃん、おーい、グミちゃーん……」
「……海人?」
「なぁ、いないのか、い……?」
「――!」

背中に寒気が走った。
声をかけたのに、海人は依然として気が付いていない。
それが意味するのは……。

「聞こえ、ないの……?」
「グミちゃん、もうそこにいないのかい?あはは……参ったなぁ」

いるよ、私はちゃんとここに!

目はちゃんと開けているから、見えるはずなのに。
さっきの光でやられてしまったのだろうか、あるいは失血しすぎてもう意識が朦朧としてしまっているのか。
どっちにしても、もう海人は私のことを認識できなくなっている。
それがたまらなく悲しくて、私は思わず膝をつく。
涙がこみあげてきているのがわかった。

「くっ……」

いけない、泣いている場合なんかじゃない。彼を助けなければいけないんだから。
私は縛り付けられた彼の縄をほどこうとする。

「固い……っ!」

どうやって縛っているのだろうかわからないが、やたらとその縄は固かった。
躍起になって力を込めるものの、縄は焦れば焦る程解くことができない。

「ねぇ、グミちゃん。俺、グミちゃんと出会えてよかったよ」
「……え?」

もう目も耳も聞こえないはずなのに、海人は私に語り掛けるようにしゃべりだす。
思わず縄をほどく手を止めてしまった。

「グミちゃんがさ……、まさか殺し屋だったなんて、正直…俺、実感がわかない、よ」

優しい声が、直接その耳に響く。どうやら私の正体はもうばれていた。

「びっくりしたなぁ、もう。人殺しだった……ってのは捨て置けないけど……、それでも、俺は……グミちゃんのことが好きなんだ」
「そんなの、見てればわかるよっ……!」
「初めてあったのは……コーヒーの店だった、よな……。グミちゃん可愛いのに、すげー悲しそうな顔しててさ……母さんでもあんな顔、しなかった、ぞ。一目で、わかったよ。何かを思いつめてるんだって……。だから……なのかな、俺が君に声をかけたのは……少しでも、君の救いになりたかったから」

そんな理由で、近寄ってきたんだ……。私に話しかけてくれたんだ。
私のようなつまらない人間、無視してもよかったのに。
むしろ無視したほうがよかったんだ。海人は知らぬ間に、自ら火中に飛び込んでしまったんだ。

「君みたいな女の子は……もっと前を向いて生きていてほしかったから……」
「あぁもう……、こんな時までキザったらしいんだから……!今はしゃべらないで、後でいくらでも聞くから!縄、ほどくからね!」

だがやはり私の声は彼に届いていないのだろう。そのまましゃべり続けようとする。
そこで海人は、突然せき込んだ。

「海人!?」
「はぁっ……こんなんじゃ、もう無理だなぁ……君のそば、に……居ることは」
「無理じゃない!!だから……だから、今は何も言わないでっ!!」
「意識保ってるだけでも……辛いんだ。全身が痛くて、苦しくて……。中途半端に生き残……るって本当に、嫌だ、な」

呼吸さえもままならない、彼の体。
普通なら喋ることすらもうできないだろうに、彼はしゃべり続けているのだ。

「グミちゃん、もし、そこにいるのなら……俺を……殺し、てくれ……楽に、させ、て」

言葉を途切れさせながらも海人は請願する。

「そんなの……」

絶対に駄目だ!と断言するつもりで言ったのに、それができない。
彼のその姿が、あまりにも痛々しくて、本当に苦しそうだったから。

「たのむ、から…。俺は、もう、助からない。この様なら、一目でわかる、だろう……?」
「やってみなきゃ、わかんない……じゃない……」

尻すぼみに消えていく言葉。
気付いてしまったのだ。ここからもし抜け出だせたとしても、彼はもう……きっと助からないと。
海人の体を見れば、そんなの子供でもわかる。

「こんな苦しさが、続くのなら、俺はもう……楽に、なりたい」

荒い息がその苦しさを物語っている。

「そりゃ、私だって苦しい思いさせたくないけどっ……!!殺すのはもっと嫌だよっ!!」

私は、今まで幾人の人間を殺してきたんだろう。もう覚えていない。
今更一人の人間を殺すことなんて、造作も抵抗もないはずだ。
でも、海人だけは……海人だけは殺したくないっ!!

彼は、初めて私を認めてくれた人なのだから。
戸籍がなくて、私がたとえこの世に存在しない人間だとしても、彼は私のことを認めると言ってくれた。
それがどんなに嬉しかったか。どんなに救われたか。

「はぁ……いてぇ。たの、むよ……殺して、くれ……いてぇよ……」
「嫌だよ……けど」

そこで、私はふと考えを止める。
彼はどのみち助からない。それなら、すぐにでも苦しみを取り除いてやるべきではないのか。
私にできることはもう、それくらいしかないのではないか。

「…わかった。すぐ、楽にさせてあげるから」

転がったリボルバーを手に取る。弾の数を確認すると、六発すべて装填されていた。
これで、海人を殺すのだ。
私は人を殺す術は知っていても、人を助ける術は知らない。
だから、私は私なりのやり方で彼を救いたい。

「海人……ごめんね」

撃鉄を起こし、指を引き金にかける。
あとはもう海人に照準を合わせるだけで、事は終わり。
それなのに。

「あれ……?」

突然、視界がぼやける。水中で目を開けた時のように、目の前がはっきりと見えなくなった。
そこで初めて、自分が涙を流しているということに気が付く。

「ねぇ海人、ホントは殺したくなんかない……!だって私、嬉しかったんだよ……海人と色々なところ行けて……花火も見れて……。私を認めてくれて、ほんとに嬉しかったっ……」

嘘偽りのない私の本心。その言葉、できれば聞かせてあげたかった。
多分届いてないだろうけれど……どうしてもそれだけは海人に伝えておきたかった。
すると、海人は不意にニコリと笑った。

「あれ……なんか、グミちゃんの姿が……見える気がする。はは、夢かな……」
「か、海人……?」
「俺さぁ……やっぱり君と出会えてよかっ……ごほっ」

海人はその言葉を言い終わらないうちに、せき込む。
その途端、海人はまるで発作のように咳が止まらなくなる。
もうだめだ。これ以上海人に苦しい思いをさせては。

意を決してその銃を構える。涙をぬぐって、海人の頭にそれを当てた。

「私も……あなたと出会えてよかった」

カチリと、音を立てて絞られる引き金。
その刹那、火薬のはじける音が部屋に響いた。


……。


それっきり、海人は喋らなくなった。数分たって、海人を殺してしまったという現実をようやく認識する。
彼の命は、もうここにはない。私が、全てを終わらせてしまった。

「ねぇ、もしやり直せるのなら」

涙が止まらない。こんな風に泣いたこと、今まで一度もなかった。

「あの花火、もう一度見に行きたいね」

もう動かない海人に向かって、喋り続ける。海人はがっくりとその頭を下げたまま動かない。

「私、海人と一緒に生きたかったんだ。海人がいなくなっちゃったら、私が生きてる意味ももうないね」

今撃ったばかりの銃の撃鉄を、再度引き起こす。
そしてそれを……自らのこめかみに当てた。
これが、私の撃つ最後の弾丸となるのだろう。
標的は自分自身。

不思議と恐怖なんて感情は浮かんでこない。
……本当に不思議だな。初めて人を殺した時は、殺される側より恐怖を感じていたのに。

「……海人、ありがとう」

その言葉を最後に、引き金を絞る。
もはや、火薬のはじける音は聞こえなかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ラストバレット。3-8

閲覧数:163

投稿日:2014/08/14 02:02:05

文字数:3,361文字

カテゴリ:小説

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