その日の夜。もう寝る時間ではあるが、ゆかりは少し様子が違っていた。薄い紫色のパジャマ姿の彼女はほの暗い自室のベッドに突っ伏して枕に顔を沈めていた。足をじたばたとさせフットサル同好会の副会長島谷から言われた言葉が脳裏に響く。
「事態の収拾に当れ!」
光の反射でレンズの光る眼鏡。つるをくいと上げる。
「あっ、はいっ」
何とも情けない、反射的な返事しかできなかったのが悔やまれる。とはいえ、会内の雰囲気を原状復帰せよとのお達しに、もはや本人同士でしか解決できないだろう、と気を揉んでいた。本音を言えば面倒臭いの一言なのだが、それは心咲の為、つばさの為、口が裂けても言えなかった。
「あーーーーーーっ」
言えないからこそ、足をじたばたとさせるのだった。今日つばさから聞いた話は、帰途を共にした心咲には話していない。やはり適任はつばさしかいないと確信していた。
「つばさも博物館に呼びだすしかないでしょ」
ふとカーペットの方から声がする。
「それしかないよね」
顔を起してなんの訝しさも無く返事をしたが、この部屋には自分以外誰もいない。声の方を見やるとそこには黒い何かがいた。暗くてよくは分からないが、ほんのりと黒い何かがうごめいていた。
「え!なになになに!」
我に返ると飛び起きて、自分以外の何者かが部屋にいる事に恐怖した。なぜ返事をしてしまったのかは分からないが、自分が考えていたのと同じ事が、あまりに自然に耳に入ってきた事により思わずうなずいてしまった。
「ボクだよ!」
小人が改めて喋るが既に頭の中はパニックになっていた。
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁ!しゃべったぁぁぁぁぁ!」

「ゆかり!どうした!」
自室のドアが大きな音を立てて開くと、入口には隣の寝室から飛んできた父が。血相を変えた母は心配そうにその後ろから見守っていた。
「え・・・」
我に返ると、ゆかりは天井を見ていた。どうやら自分は寝ていたようである。
「夢・・・?」
「なんだ、夢か。早く寝なさい!」
「もう。ゆかりったら。人騒がせなんだから」
父と母はぶつぶつと文句を言いながらドアを閉め、寝室に戻っていった。
「二人ともごめんねー」
壁越しに二人がちゃんと聞いていたかは怪しかったが、自分も余程の声を上げていたのだろうと反省した。だがそれにしても妙に現実味のある夢だった。もっと掘り下げれば、夢ですらないような感覚さえあった。そんな事を考えながらまどろみ始めて意識が落ちかけようとした時だった。
「ねえ、ゆかり」
また声がする。ああ、夢の続きか。また騒ごうものなら両親に頭の心配をされてしまう。これは夢なのだからそれが当たり前のように振る舞う事が最善と思った。
「なあに?」
ふと振り向くと、カーテンの隙間からこぼれる月明かりに浮き出るうさぎのシルエットがそこにはあった。
「なんだ・・・うさりんだった」
黒い姿で背中に羽の生えたウサギの人形、うさりんだ。物心つく前からそう呼び、行動を共にしてきた。年を重ねるごとに人形に飽きて捨ててしまうのが一般的だが、ゆかりはどうしてもその人形を捨てられず、今でも机の片隅に置いている代物だった。かれこれ十数年の付き合いがある。幼少の頃はうさりんと一緒に遊んだ夢を見ており、それをさも本当に遊んだかのように両親に詳細に話すものだから、人間の友達ともちゃんと遊びなさい、とたしなめられていた。最近はそんな夢などすっかり見なくなったが、今回うさりんが動いているのは夢の中の一部なのだろう、そう解釈する事にした。
「久しぶりだね。どうしたの?」
「僕は君のパートナーだからね。困っているのなら助けるのが当然じゃない?」
うさりんはてくてくとこちらへ近づき、ベッドを軽くジャンプして飛び乗ってきた。ゆかりは寝ぼけたままうさりんを掴むと枕元に寄せた。そして頬に寄せると子供のころに返ったようで、妙な安堵感を得られるのだ。
「君は相変わらずだなあ」
うさりんは手をゆかりの頬に伸ばすと、ぽんぽんと優しく叩いてあげる。これは自分で良くやっていた事だった。うさりんのふかふかの手がとても気持ち良くて、夜一人で寝られない時はこうやって自分を慰めていた。
「うさりん・・・」
原体験そのものを再現している状況に置いて、ゆかりの心は愛おしき郷愁と共に甘い痺れのような悦楽に溺れそうになっていた。なおの事うさりんを頬にぎゅっと抱きしめる。
「苦しい・・・」
本当に苦しそうにもがくうさりんに気が付き力を緩めた。
「ごめんね」
「ああ。もう子供じゃないんだから。僕の話を聞けるね?」
「うん」
夢の中ではあるが懐かしき心の友の言葉がゆかりに語りかけた。
「僕と一緒に怪盗になって、金銀財宝を根こそぎ盗もう!」
怪盗とはまた物騒な勧誘だったが、やはり夢の出来事だけあって特別に疑るような事など無かった。
「怪盗になってなにするの?」
「嫌だなぁ。今言ったじゃない。金銀財宝根こそぎ盗むんだよ」
「何のために?」
「君にその資格があるから」
「そんなの必要無いよ。今のままで十分」
しつこい誘いに半ば苛立ちをあらわにしながら、そのまま深い眠りに落ちてしまおうかと思ったが、うさりんは彼女の腕から脱すると、腰に手を当て語気を強めて言うのだ。
「物は試しと言うでしょ!まずはやってみようよ!」
ゆかりの指を引っぱって、どうにか意を伝えたい。そんな様子だった。
「もう・・・しょうがないわねぇ」
うさりんを手にして、その意を汲み渋々起き上がった。
「で、どうしたらいいの?」
ゆかりの掌で直立するうさりん。身振り手振りを交えて説明を始めた。
「まずは僕を上に放り投げて欲しいんだ。そして『ファンシー・ザ・ゆかりん、メイクアップ』って叫ぶ」
「ファンシーって何よ。可愛いの?」
「ファンシーはファントム・シーフ、つまり怪盗の略称だよ」
「分かった。それじゃあやってみるよ」
寝ぼけた調子でうさりんを放り投げた。
「ふぁんしいざゆかりんめいくあっぷ」
うさりんは天井にぶつかり、そのまま床に落ちてしまった。
「あいたたたた・・・」
ゆかりはうさりんを拾い上げると、疑りの眼差しで見つめた。
「いやいやいや。何?その目。もうちょっとやる気出してくれなきゃ困るよ。夢なんかじゃないんだからさ!」
「夢に夢じゃないって言われても説得力がねぇ」
「変身するぞ!っていうノリノリの気持ちでやってもらわないと」
「へいへい。分かりました」
ゆかりは一呼吸置いて、言われた通りのイメージを想像しながらうさりんを放り投げた。
「ファンシー・ザ・ゆかりん、メーイクアーップ!」
うさりんは空中で一回転すると目が激しく光りはじめ、やがてそれに飲み込まれていった。気が付くとパジャマが別の服に置き換わっていた。そのまま姿見の前に立ち、自分の変貌ぶりを確認した。ほとんどが夜の色と同じ紺青、深い青色のコスチュームに変わっていた。二の腕まで袖のあるロンググローブ。ロングブーツに赤みがかった桃色の二―ソックス。身体には今まで身に付けた事の無い双肩を露出しているワンピースだった。
「すごーい・・・」
今度は背中を向けてみると、腰には巻かれた特大リボンが据え付けてあり、その間にステッキが挟まっていた。そしてうさりんと同じ色の黒いベレー帽には、うさぎを模した長い耳が生えて垂れ下がっている。
「うさりんとおそろいだね」
くるっとまわって正面を向くと、今度は右目に当ててあるうさぎの顔を模した眼帯に手を当てた。
「今まで気付かなかったけど眼帯してたんだ」
鏡を見ながら眼帯を取り外してみても、見え方に何の支障もない事を不思議がった。
「これは色々な情報を教えてくれる眼帯型の端末だよ。眼帯自体にカメラが搭載されているから、眼が塞がっていても視界を妨げる事はないよ」
「なにげにハイテクなんだ」
「凄いのはこれだけじゃないよ。窓を開けて外を見てごらん」
ゆかりは言われるがままに窓を開けた。ここはビルの八階。ベランダから見下ろすと人や車が小さく思える。
「ここからジャンプしてステッキを上に向けてみなよ」
現実なら飛び降り自殺以外の何物でもないが、これは夢なのだ。うさりんの言葉に誘われるがまま、ステッキを握り意を決して飛び降りた。身体が大地に吸い込まれそうになり、そのまま目覚めるのだと思ったが、危険を感じたうさりんが叫んだ。
「ゆかりん!ステッキ!」
そうだと自覚して、言われるがままにステッキを上に振り上げた。杖は傘のように布を展開して急上昇を始めた。ゆかりは伸ばした右腕が千切れそうになりステッキを掴むので精一杯だったが、辺りを見ると落下していたはずが急上昇を始めたのだ。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
重力に逆らう急激な加速に叫び声しか上げられなかった。地面に衝突しかかったその代償はあまりに大きい。同時に一般人に見られるリスクも高まる。
「うさりーーーんフラーーーーッシュ!」
全身から太陽に近い強力な光を放ち、通行人たちの目をくらませた。幸い誰の目にもゆかりが映る事は無かった。後日、このビルの一階に入っているコンビニの店先の明かりが異常発光しただけと結論づけられたが、一部ではユーフォーの再接近と言われるようにもなってしまう。
そのまま急上昇したゆかりは自分のマンションの屋上に下り立った。傘は先ほどのステッキに戻り、一連の出来ごとに身震いしていた。
「夢にしてはいやにリアルなんだけど、どういうこと?」
ようやく追いついてきたうさりんがゆかりの肩にちょこんと止まった。
「うさりんって飛べたの?」
「この羽は飾りじゃないよ」
手で後ろの羽を差し、得意気に言うのであった。
「最初にしては上出来だったよ。怪盗ゆかりん」
「あのさ。今さら何だけど、これって夢・・・じゃない?」
「夢じゃないよ。現実現実。ほっぺつねってあげようか?」
「まあなんてベタな・・・。まあ良いわ。やってちょうだい」
夢であって欲しいと願いながら、うさりんはゆかりの右頬を両手でぐっと掴んで引っ張った。
「いたたたたたたたた。はらしらはい」
放しなさい、そう言うとうさりんは手放した。
「じゃあ、夢だと思ってた一連の流れで死ぬところだった?」
ゆかりはつねられたほっぺをさすっていた。
「そうだよ」
あっけらかんと簡素に返事をするうさりんだが、ゆかりは黙ってそれを見過ごせなかった。がっしりとうさりんの身体を掴んで眼前に持ってくると、みしみしと音を立てていた。
「さっきはパートナーとか言っておいて今ので死んだらどうするつもりだったの・・・?」
「ああ・・・ゆかりんなら出来ると信じていたから。実際死んでないし。これ以上握り潰されるとボクがががが」
「全く・・・」
力を緩めて再び肩に乗っけた。
「でも、下手なジェットコースターより面白かったよ」
夢ではなく現実。怖い目に遭った事によって胸が高鳴っているだけかもしれない。だがそれは彼女の正直な気持ちだった。
「それじゃあ今度はもっと面白い事をするよ!」
彼女の気持ちを聞けた事で、うさりんは嬉しくなったようだ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【結月ゆかり】怪盗☆ゆかりん! THE PHANSY #5【二次小説】

3.夢中少女と夢幻の黒ウサギ

本作は以前投稿した小説怪盗ゆかりんの前日譚にあたる作品で、
主人公が怪盗になる経緯を描いた物となります。

普段著者は夢を見る事はない上、
見ても直ぐに忘れてしまうのが常です。
そんな数少ない夢のエピソードの中で、
当然のように内容は覚えていませんが、
「あ!これはゆめか!」
と気付いてほっぺをつねる。
「いたい!これはゆめじゃない!」
とテンプレ通りの台詞を垂れ流してました。
夢ってすげえ。

作品に対する感想などを頂けると嬉しいです。

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 ※※ 原作情報 ※※

原作:【結月ゆかり】怪盗☆ゆかりん!【ゲームOP風オリジナルMV】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm21084893

作詞・作曲:nami13th(親方P)
イラスト:宵月秦
動画:キマシタワーP

ご本家様のゆかりんシリーズが絶賛公開中!
【IA 結月ゆかり】探偵★IAちゃん VS 怪盗☆ゆかりん!【ゲームOP風MV】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm23234903
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【※※ 注意 ※※】
当作品は動画「怪盗☆ゆかりん!」を原作とする二次小説作品です。
ご本家様とは関係ありませんので、制作者様への直接の問い合わせ、動画へのコメントはおやめ下さい。
著者が恥か死してしまいます。

閲覧数:402

投稿日:2014/04/23 04:36:43

文字数:4,545文字

カテゴリ:小説

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