幼いころに親とも別れてしまったミクは、自分の正確な年齢を覚えていない。
魔女狩り直前の友人たちは十歳かそこらで――にも関わらず、ミクだけ外見年齢も精神年齢も四歳程度だったから、「魔族」だとバレたわけだ――、権力者に囚われていたのが十年間くらい。
集落に来たとき、ルカが四歳かそこらだから、集落で過ごしたのは十六年間。
他に、魔女狩りから逃げていた期間が一年以上はあっただろうか。権力者の元からの逃避行はほんの数日間だったから――悲しいことに、レンとの思い出はほんの数日間しかない――換算しなくていいとして。
つまりは……まぁ、単純計算して、そのくらいということになるのだろう。口にしたくない年齢だ。
一応断っておくが、ミクの精神年齢は外見年齢と同じ十六歳である。
小動物が短い寿命の中でも大人になり子孫を残して天寿を全うするように、寿命が長いミクはその寿命に合った速さで成長するのであり、まだまだモラトリアムなのである。
ついでに「魔族」には生殖能力もないので、その意味でも年齢を気にすることに意味はない。さらに性別にも人間ほどの意味はない。
ミク自身が、年齢や性別という概念があやふやな存在であるため、リンという存在をちゃんと認識するのには、それなりの時間を要した。
レンが普通に成長していれば、おそらくリンと同じくらいの外見年齢のはずであり、レンの可愛らしい顔とリンの男勝りな表情はどちらも中性的で、つまりミクはリンとレンが同一人物ではないかと考えた。
それがあり得ないことだと理解するのが、ミクには難しかった。三日かけて、今ようやく、別人なのだと判断したところだ。
記憶喪失で判断材料がないとはいえ、おそらくリンは人間だろうから、そうなると年齢からしてレンではありえない。若いとかいうレベルではなく、ミクとレンが出逢った当時、リンはおそらく生まれていない。
さらに、性別。ミクにとっては大して重要な概念ではないのだが、しかし男と女は違うもので、よほどのことがない限り男が女になったりはしない。
よくよく考えれば、それらはすべて当たり前のことである。ミクの方が異分子なのだ。
「食べますか?」
リンは笑顔で何やら主食――穀物の粉を練って焼いたものらしいが、ミクがこれまで見て来たどの食べ物とも違う――を差し出す。
正直、まったく美味しくない。よくリンは一年もこれを食べていられたな、と感心してしまう。食べ物があるだけでもありがたい状況なのだから、文句は言わないが。
「ありがとう」
リンは、部屋を暖めながらにこにこと笑う。
「ねぇ、レンって人のこと、教えてくれません?」
そう言われて、ミクはぎくりとした。
リンのことをそう呼んでしまったのだから、彼女が気にするのは仕方のないこと。記憶がないのならなおのこと。
しかし、リンには、自分が「魔族」だということを話していない。ミクとレンの関係から「魔族」という単語を抜いてしまったら、何が残るのだろう。
そう考えて、ミクは呆然とした。
自分はレンについて、何も知らない。自分と彼の共通点は、つながりは、「魔族」であるというただそれだけ。自分を彼に繋ぎとめるものは、どこにもない。
彼にとって、自分は何。
「あの、いやならいいんですけど」
ミクの表情があまりにも強張っていたせいか、リンは申し訳なさそうにそう言ってくる。
「いえ、あの、そういうわけじゃなくて……」
ミクは、うーん、と考える。
彼のことを、どう話せばいいのだろう。外見だけ話すにしても、十六年ほど前に十歳くらいだった、と話すのは不自然ではないだろうか。自分の外見年齢が十六歳なのだから。
「うーん……リンによく似た金髪の男の子。髪の長さも同じくらいで、束ねてて、本当に、双子みたいによく似てた」
昔のことだから、よく覚えていないけれど、と付け加える。いざという時、その言葉ですべて逃れられるだろうと考えて。
しかし、あながち間違ってもいない。間違っていないことに、自分でショックを受けた。探しに行こうとするのが無謀なことだというのは最初から分かっていたが、探す以前のレベルで、あまりにも希薄なつながり。
自分にとって、彼は恩人。憧れ。……自分の、すべて。
でも、彼にとっては、どうなのだろう。
覚えているのだろうか。ほんの数日間。それは、彼にとっては、一日にも満たないほどの時間にしか感じられなかったかもしれない。
「あたしの弟とかかなぁ……」
その言葉に、ミクは驚いてリンを見た。
リンが「魔族」なのだとしたら、あり得なくはない。しかし、寿命の長い「魔族」は確実に殺されてしまうこの世界で、二人もあんな寿命の「魔族」が生き残っているとはとても思えない。
第一、双子なのだとして、男と女なら、つまり二卵性なら、大して似ていないのではなかろうか。
彼にも今頃は子どもがいても……とは考えてみたが、さすがにリンの年齢でレンの子どもはあり得ない。第一、「魔族」は生殖能力がないんだった。
「そうだね、親戚かもしれないけど……」
それは、ミクの考え事であり、本当ならばリンの耳にいれるべきではない言葉。
ミクは口に出してから、まずい、と思ってリンを見たが、遅かった。
「あたし、その人に会ってみたい!」
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