遅い夏が終わり、短めの秋にさしかかった。
今日は風もなく穏やかな天気だ。
そういえば校舎裏の焼却炉は取り壊しになるとのことで、
業者の人間が何人か来ていた。
あの場所が姿を変えることで、一つほっととしている。
初音先輩も立ち直り、合唱コンクールに向けて頑張っている。
俺とクラスメートの仲はまだギクシャクとしたものを残しているが、
だいぶ落ち着いてきた。リンが上手く立ち回ってくれたおかげだろう。
余談だが、メイコ先生は結婚することになったそうだ。
一度は世界が終わったかのような絶望感に浸っていたが、
あっさりと世界は平和な日常を取り戻していた。

今にして思えば、いくらでも対応のしようはあったように思う。
しかし亞北は巧妙に俺の心理状態を操って、それらの可能性を隠蔽した。
生徒も教師も、学校全体が猜疑心と浅はかな正義感で俺を攻撃した。
恐ろしい事態だ。それでもリンだけは騙されなかった。

「亞北さん、そいつバカなんで、もうそのくらいで勘弁してやってくんない?」

あのとき、無様な俺の姿を見ても、
リンはショックを受けたそぶりもせず、
腰に手を当てて言い放った。

「これはレンくん自身の願望なんだよ。私は手伝っただけ。
 ほら、レンくんの内ももがぬるぬるしてるでしょ? これが証拠」
「レンはこんなことして喜ぶ奴じゃないよ」
「案外知ってるつもりで知らないものよ、身内って」
「レン、いつまでそうしてるの? 早く服着なよ」

俺は立ち上がって汚れたパンツを脱ぎ、ベッドの裏から
ハーフパンツとパーカーを引っ張り出して着た。
亞北はその間も印象操作のため俺のことを説いていたが、
俺もリンも取り合わなかった。
リンという理解者を得て、二対一になり精神的に安心すると、
亞北が必死にあれこれ喋っていることがどんどん矮小になっていく。
こんなしょうのない女の妄想に追いつめられていたのかと思うと
我ながらおめでたい。
その晩、俺は今までの経緯をすべてリンに話した。
俺の苦悩についてはリンも察していたらしく、
あの日は友達と買い物に行く約束をしていたのに、
胸騒ぎがして戻ってきたらしい。
俺とリンは今後について話し合い、
学校で誤解を解いていくよう働きかけていく方向でまとまった。
一番の気がかりは亞北の妨害だったが、
翌日から亞北は不登校となり、今までの問題の解消はスムーズに運んだ。

気がかりはある。何かまだ本当にすべてが終わったと思えない。
そんなことに思いを巡らせながら、今日も帰路につく。
下校の途中、川沿いの木材置き場に見覚えのある人影を発見した。
女だ。グレーのトレーナーを着て、髪が乱れている。
気がかりの主、亞北だった。
奥にもう一人、誰かいる。
亞北はそのもう一人に向かって何か言っているようだ。

「あんたがレンくんにとっての精神的支柱だったのはわかってた。
 にもかかわらず綿密な下準備を怠り、
 最後の仕上げにあんたを据えたのはアタシの致命的ミス。
 そう、最初にあんたをつぶしておくべきだったんだ」

嫌な予感がして俺は走り出した。亞北の様子が尋常ではない。
彼女の片手に何か光った。工作用のカッターだ。
奥に居るのは・・・リン!

「あんたさえレンくんを拒否れば、レンくんにはもうアタシしかいない。
 家を出たレンくんはアタシと同棲して、毎日アタシと一緒にいるはずだった!
 この段階になったら強硬手段よ。憎しみをアタシに集中させて
 レンくんを縛る。だから、あんたには消えてもらう!」

俺はカッターを振り下ろそうとする亞北の腕を後ろから掴み止めた。
振り返る亞北は、肌も荒れて目の下に隈ができている。
「・・・レンく~ん、何? 会いに来てくれたの?」
これがあの亞北か。
一度は俺の心の中を支配した巨大な悪魔が、
今は非力な少女にしか見えない。
哀しい過去に歪んでしまった愛情。
亞北は、ただただ不安だったのだ。
「何度止めたってアタシは繰り返すよ、止めたければアタシを殺すしかない!」

「行くぞ」

俺はため息をついて、腕を握ったままぐいぐいと引っ張っていく。

「どこ行く気? 何、警察?」
「デートだよデート」
「は?」
「おまえに1から普通の恋愛の仕方を教えてやる!」
「ちょっ、何それ、こんな格好でいけるわけないでしょ!」
「気にしない」
「アタシお金ないし」
「俺が出す!」

リンはキョトンとしてから、力の抜けた声で
「いってらっしゃーい」と俺たちに手を振った。

おわり

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【レンネル小説】少年は嘲笑(わら)われる。#11

レンとネルの歪みまくったラブストーリー、エピローグです。

閲覧数:486

投稿日:2013/03/20 15:59:24

文字数:1,866文字

カテゴリ:小説

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