!ATTENTION!
この小説は鏡音レンオリジナル曲「Fire◎Flower 」のイメージ小説です。
また、作中ではけったろさんのラップアレンジver. の歌詞を採用させていただいています。
以上の事に少しでも不快感を抱かれる方は読むのを控えてください。
それでは、よろしくお願いします。
7
曲のラストを歌いあげ、少し離れた足元に置いてあったボトルを手に取り、ごくごくと飲んだ。潤った喉に一息ついて、もう一度マイクに向かう。湧き上がるファン達の声に包まれる。MCなんて当然したことがないのに、自然と肩のこわばりはなかった。リラックスした状態でメンバー紹介とありがとうの言葉を告げる。
本当に、今、この瞬間は、誰に何度「ありがとう」と告げても足りないくらいだった。
「……俺は今日歌う歌を全部、今日来てくれたみんなに、一人ひとりに届くように歌うよ。全力で歌うから……だから皆! 皆も全力で受け止めてくれ!」
瞬間、湧き上がる会場。背後でドラムのスティックが鳴る。リズムに合わせ、レンはもう一度ピックをかまえなおし、息を吸い込んだ。
このアルバムに収録した曲――いや、デビューしてから作曲した曲は全て、たった一人のために歌った歌だった。
夏休み明け、親の反対を押し切って受けたオーディションに、合格した。残念ながら誘ってくれた彼は一緒ではなかったけれど。レンにとっては、大きな一歩を踏み出すことになった。進み始めればもう、二度と後戻りできない道ではあるけれど。
オーディションに向けてのデモテープの作成に熱中したのもあり、あの夏祭りの日以降、リンには会っていない。三年のとき、彼女とは別のクラスだった。それでも接点があったのは、自分がリンのカレシだったから。そのつながりがなくなってしまえば、進路や受験勉強に忙しい年齢、自然と出会うこともなくなった。同じ学校に通っているのにと、少し不思議な感じがした。
マネージャーを名乗り出てくれたレコード会社の人物の助言もあり、レンは上京して若手タレントたちが通う学園に入学することにした。ひなびた田舎から遠く離れたビル群のなかへ入れば、もう、偶然、彼女と会うことはおろか、姿を見ることもない。急に、今まで暮らしていた世界が遠いところになった。
一度業界に入ってしまってからは、レンはめきめきと実力を伸ばしていった。自覚はなかったが、どうも自分は才能に恵まれた人種だったらしい。曲は次々とヒットし、シングルCDはルーキーにしては飛ぶように売れた。
高校一年の春から活動を開始し、1stシングル「那由他の彼方まで」「頑張ろうよ」から、夏には「LEO」「crystal mic」、秋の「なまえのないうた」に続き、「サンドスクレイパー -砂漠の特急線-」でインディーズランキング上位に食い込み、冬にリリースした「Ocean」「soundless voice」でついにシングルランキングに進出。一年目春の「dandelion」もペースを保ちつつ、この夏リリースの「Fire◎Flower」は見事シングルランキング1位に輝いた。
マネージャーが大慌てでその知らせを持ってきたとき、本当に驚いた。それと同時に、多くの人に感謝した。自分の才能を、歌を、アーティストとしてのLENを認めてくれる人がこんなにたくさんいるということが、たまらなくうれしかった。
だからその時には、まだ“それ”に気付かなかった。気付いていなかったからこそ、その知らせに手放しで喜べたのだ、夢を追う一人の男として。
だが、“それ”に気付いたあの日は、涙が出て、とても皆でお祝いパーティというところではなかった。次々とあふれる感情が行き場をうしない、まるであの夏祭りの夜のように、自分で自分をどうすることもできなかった。
差し出されたレターパックに首をかしげれば、緑髪のマネージャーはいたずらっぽく笑った。
「ファンレター追加! 差出人見てみな」
言われて視線を落としてから、レンは、あ、と口を開いた。
「『鏡音市立第二中学校 同級生一同』って、……思い当りあるだろ?」
丁度、事務所で出来上がったアルバムをCDプレイヤーで聞いているところだった。ただ聴くにしても自分の曲なので、日ごろの忙しさでなかなか手がつけられないファンレターを読みながらにしようと、デスクいっぱいに手紙の山を広げて、一通一通に目を通していたのだ。
椅子に腰かけた彼の髪をマネージャーは嬉しそうにかき混ぜた。
「ま、俺からは以上。ゆっくり聞いとけよ」
髪がぐしゃぐしゃになった、とごちる間もなく、再び事務室を出ていった彼に、レンはむすっと唇をとがらせた。金髪を撫でつけながら、しばしじっとレターパックを見つめていたが、やがておもむろに封を切る。
出てきたのは一枚のCD-ROMだった。手作りのようで、表面にはデザインの凝ったプリントが施されている。ひらりと舞い落ちた紙を拾い上げれば、予想通り、CDのラベルに対応させた手作りのジャケット用紙だった。
『祝! 鏡音レン初アルバムリリース!』
と大きく書かれたジャケットとラベルに、じわりと温かいものがわき上がる。そして彼ははやる気持ちを抑えて、震える手でCDプレイヤーを停止させ、今まで聞いていた自分のアルバムと、そのCD-ROMを入れ替えた。
 
8
再生ボタンを押してからの一瞬の間が、ひどく長く感じられた。
やがて、素人の録音で特徴的な、ガサガサとしたかすかなノイズ音と、小さな「OK」の声が聞こえてくる。
「せーの、」
聞き覚えがある声が興奮気味に聞こえてから、
「レン、ファーストアルバムリリース、おめでとー!」
そろった声とともに響いたのは、クラッカーの音だろうか。そのあとはもう口ぐちに盛り上がって、拍手をする者や「イェーイ」と歓声を上げる者など、様々だ。
「お前ら、キメるのって一瞬かよ」
思わず、噴き出しながらCDに突っ込んでしまった。きっちりそろえろよそれくらい、と思ったが、磁気ディスクが記録していたデータはそんな不完全な部分まで紛れもなくふるさとのあのクラスのままで。レンはそれだけでも鼻の奥にツンとするものを感じた。
「ゴホン、えーこのたびは我らが級友、鏡音レン君のシンガーソングライターとしての大きな一歩を祝福しましてー」
「うわーカッコつけんなよお前ー」「高校上がったからって調子乗んなー」
「うるせえお前ら! 割って入んな!」
野次に怒鳴り返すかつての悪友の顔が脳裏をよぎる。きっと彼は変わらずに今もみんなの筆頭でいてくれているのだろう――このようにいじられながら。どなり声は音が割れて完全に聞こえなかったが、それでもレンはくすくす笑いながら続きを待った。
「……ゴホン! えぇー、まあ要約するとだなァ、
……レン! 夢の達成おめでとう! このCDは俺らからのお祝いメッセージの束だ! ありがたく聞いとけ!」
「……なんだよ、それ」
ぽつんとつっこんでみるも間もなく、違う声がマイクに割り込んだ。
「ハーイ、じゃあまず私たち女子組から! ……鏡音君! アルバムリリースおめでとう!」
「まさかあの鏡音がアーティストになるなんてねー」
「そんなこと言って、あんた、狙ってたクセにー!」
「っちょっと何勝手に言ってんのよ!? 殴るわよ!?」
「コラそこの女子ー録音中の喧嘩は控えるようにー」
「男子は黙ってなさいッ!」
「まぁまぁ、……でも鏡音、ホントおめでとうね。私達、あんたの歌結構好きだよ! 応援してるからね」
あの時、セーラー服に身を包んでいた彼女らの姿を思い出す。皆それぞれが笑顔でこちらを見ている気がして、レンは顔に熱が集まるのを感じた。なんとなく、照れくさくなって呟く。「……ありがと、」
「ゴルアレンこんの野郎!」
が、次の瞬間に響いた罵声に、すぐに意識を引き戻す。何事だ!? と無意識にイヤホンに手を添えた。
「てめえナニ勝手にモテちゃってくれてんだコラ!」
「裏切り者!」
「今じゃイケイケかこの野郎! うらやましーじゃねえか、サインよこせ!」
無論、ほとんど音割れでなんと言っているか聞き取れなかったが、かつての悪友たちが悔しそうに、それでもこちらに笑いかけているのが目に浮かぶ。ここがあの時の教室だったら、きっと今頃もみくちゃにされているのだろう。
「おい、アルバムの隠しトラックは『フルチン☆ブギ』だろうな!?」
かろうじて聞き取れた声に、今度こそ吹き出した。
「……バカ、あんなネタ曲出すかよ」
実はかなりお気に入りの曲なので、こっそりプロに録音してもらって自分用にCDで保存してあるのは秘密だ。もちろんジャケット付きで。
ここで、ザーッという雑音がしばらく続いた。今度は何だと、首をひねるが、続きが再生されるのを待つ。それこそ「隠しトラック」か? と本気で考えはじめたころ、ようやくノイズが途切れ、声が聞こえてきた。
「……鏡音、本当におめでとう」
うっすら覚えのある声は担任で間違いないはずだ。マイクの前で少し戸惑ったように話す初老の教師を思い浮かべて目を見張る。「……あいつらめ」呟いた声は予想以上に嬉しそうでまた苦虫を噛み殺したような顔になった。
「君が夢に向かって、一歩ずつ、着実に歩んでいるのが何よりうれしい……」
そう、感慨深く呟かれた言葉がどうしようもなく耳に残った。
他にも彼らは、思いつく限りの相手に声をかけまくったらしい。中学校の教師だけではなく小学校の担任、さらには幼稚園の担任にまで辿り着いたときには顔から火が出そうになったが、一番驚愕したのは両親の楽しげな声だった。
「レン、いつでも帰ってこいよ!」
「テレビ、録画しておくわね」
「あんたら……俺この間帰省しただろ!?」
きっと悪戯が成功したような顔をしているだろう父親と、おっとりと笑う母親に、声を絞り出す。まったく茶目っ気がありすぎるというのも、困ったものだ。
さらに驚いたのは、ライブハウスでよく声をかけてくれた音楽仲間たちの分も録音されていたことだ。
「お前にはいろいろと先を越されたな、」
そう切り出したのは、自分をこのレコード会社のオーディションへと誘ってくれたその人で。後ろめたさに少し胸が痛んだが、彼の声は思ったよりもうれしそうだった。
「だけど、同じ夢を見た仲間の旅立ちは本当にうれしいんだ。……心から祝福するよ、おめでとう」
「さて皆さん、最後にもう一度集まってー! ハイ集合ー、……じゃあ、このCDを聞いて果てしなく赤面してるであろう我らがスター、鏡音レン君をさらに赤面させるべく、ありったけのお祝いの気持ちを込めてもう一度! 最後に一回だけ! おめでとうをそろえたいと思いますー!」
最後にまた、あの楽しそうな声が聞こえて、レンはふと指を頬に触れさせた。そして、かつての悪友に向かって、にやっと笑って見せる。
「ハイ、せーのォ!」
「……バカ野郎、」
「レーン、おめでとー!」
「赤面どころか、号泣だっつーの……!」
ああ今はもうテレビに出れたものじゃないなと、馬鹿みたいな事を考える。涙はとめどなくあふれるし、鼻水だって止まらない。力任せに目をこすったから目元も真っ赤で本当に駄目だ。男前が台無しになったぞなんてことしやがる、と内心でごちた。声を出したら大声で泣いてしまいそうだから、片膝をかかえて嗚咽を漏らす。イヤホンからは不揃いな「Fire◎Flower」が流れてくる。あんまりに泣かせられてばかりもしゃくだったので、なんとか無理やり笑ってやった。
「このへたくそ!」
願わくば。と、小さく思う。こんなに友達に愛されて、大事な故郷があって。もうこれ以上何を望もうかというくらい、今の自分はきっと幸せ者だけど。それでもと、瞳を閉じて、CDからの声に耳を傾ける。
願わくば、この思い思いに奏でられる「Fire◎Flower」のなかに、きっと録音現場になっているであろう、あの懐かしい教室の隅のほうにでもいいから、“彼女”がいればいいなと思った。
そう考えてから、思い出す。最後に見た、涙でにじんだ視界のなかの、彼女の泣き顔を。
そしてレンはおもむろに、すぐ脇に置いてあったアルバムCDの曲目に目をやった。
Fire Flower ~夢の大輪~ 03
鏡音レンオリジナル曲「Fire◎Flower」(http://www.nicovideo.jp/watch/sm4153727)のイメージ小説です。※作中ではけったろさんのラップアレンジver.(http://www.nicovideo.jp/watch/sm7813332)の歌詞を採用させていただいています。 ちょっと続きますが、よろしくお願いします。
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