3
「にしても、よく似てる」
「なにがです?」
「キミと、前にあった鏡音レンに。同一人物ってことはないよね?」
「さっきは全く違うって言ってませんでしたっけ?」
「いや、その推理を聞いてたら、なんとなくね。その鏡音レンも、切れ物だったからさ」
「そうなんですか。でも、俺は会ったことないと思いますよ。詩や曲を見る限り、俺の記憶にはありません」
「ああ。まあ、昔とかなり変わったからね」
「それは仕方ないことですよ。人は変わりますから。書き方も変わります」
「うん。でも、僕は真逆になったんだ。その鏡音レンのおかげでね」
「真逆?」
「僕がその鏡音レンにあったのは中学生のころでさ。いろいろ不安定だったんだ。いろんなことを知り始めて、だけどなにもわからなくて。知ったかぶりしたいけど、なにが大切なことなのか区別できなくて。いつもイライラしてた。書いてる詩も、不平不満をただぶちまけて、解決策もなければ意見もない、そんな詩ばかりだったよ。僕だけがこの矛盾に気がついてるって、本気で信じてた。そんなときあったのが、その鏡音レンだ」
「…………」
「最初に無茶苦茶な奴って言ったよね? それってさ交換条件を突きつけてきたからなんだ。そんとき、僕のノートがなくなって、誰かに盗られたとばかり思って、荒んでた。詩も荒れてさ、とにかく最悪だ最悪だばかり言ってたよ」
「…………」
「それに相当気を悪くしたんだろうね。その鏡音レンがさ『ノートを見つけてやるから、んな暗い詩じゃなくて明るい詩をかけ』って」
「そんなことは言ってない」
「ん?」
「いえ、なんにも」
「そう。キミと似てるって言うのは、そこだよ。その鏡音レンも、僕の話しを聞いただけでノートを見つけてしまった。僕は、明るい詩を書くことになったんだ。それからずっと、明るいものを書いてるけどね」
「暗いものは書かないんですか?」
「たまに書くよ。でも、大半は応援歌だ、そっちのほうが性にあってたってことなのかな。最初に言われてかいたとき、なんとなく救われた気がしたんだ。僕が一番言われたい言葉が画面に並んでて、自分の言葉なんだけど、心に染みた。これが心地よくて、今でも書き続けてる。本当に、これに気づかせてくれた鏡音レンには感謝してるよ」
「…………」
「どうした?」
「いえ。あの、ずっと聞いていなかったんですが、あなたの名前はなんですか?」
「ああ、そういえば、まだ名乗って無かったね。僕の名前は、タマテ タカラって言うんだ」
青年は、タカラは、やっぱり爽やかに笑った。
4
「キミは、これからなにか予定はあるかい?」
「予定ですか? いえ、とくにありませんが」
「なら、ちょっと聴いてもらっていいかな。新しい曲を作ったんだ。ありふれた応援歌なんだけど」
俺は言った。
「それくらいなら、喜んで」
俺は、タカラのパソコンに寝転ぶ。目を閉じ、流れてくる音楽にしばし耳を傾けた。
歌っているのは、鏡音レンだった。俺とおなじ声を、タカラなりに調声し、俺とは違う鏡音レンが歌っていた。
「…………」
俺は普段、歌わない。俺が歌わなくとも、ソフトが勝手に音を出してくれるからだ。俺が歌っても音に感情が乗るわけでもない。なにか変わるわけでもない。なのに、なぜ俺みたいな意思持ちが必死に歌うのか理解できなかった。
今では、それがわかった。
こういう気持ちだったんだ。
感情が乗らなくとも、声を乗せたい。言いたいことが伝わってくるから、なんとか応えたい。
ボーカロイドができることは、歌うことだけだ。
だから歌うのだ。
「……きっと、マスターとボーカロイドはこういう関係なんだろうな」
家族とも、友人とも違う関係。姿も見えないし、いるのかいないのかさえ曖昧。でも、お互いに必要な存在。
ーーマスターになるといいね。そう言ったのは、KAITOだったか。あのときはそれはないと思っていた。こいつとは馬が合わないと思っていた。
今は……。
俺は、いつの間にか、歌っていた。
鏡音レンの声に合わせて、声を出していた。重なるわけでもない、どっちかに飲み込まれるまでもない。不思議な『鏡音レン』の歌声。
それを聴きながら、歌いがなら、歌詞の意味を考えながら、タカラの顔を見ながら、俺は考える。
結論を出すのは、その曲が終わるまでで十分だった。
だが、その提案をタカラに伝えるのは、それを実行に移すのは、タカラの告白が終わってからの話になることだろう。
それまでは、もう少し、このままで。『ノラ』を楽しむことにする。
――その鏡音レンは、選択する その3――
その鏡音レンは、選択する 了
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lel twa sjah lenti
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