流血表現があります。苦手な方は読むのをおやめください。
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失うことに、慣れる日なんて来るのだろうか。君を失ってもいいと思える日なんて、来るのだろうか。もし君を失いたくないと願い続けたら、失わずにいられるのだろうか。そんな自分勝手を、世界は許してくれるのだろうか。君は、許してくれるのだろうか。
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「カイトカイトー」
お菓子を食べながら――いくら食べても太らない体質だ――あたしはカイトを呼んだ。
ここは王女たちの溜まり場と化している部屋。カイトが何故ここに出入り出来ているのか、今なら分かる。メイコ姉の婚約者なんて、あたしはまだ認めたわけじゃないけど。
「何?」
「ねぇ、カイトから見てさ、レンってどれくらい素質ある?」
騎士として、の話だ。こればかりは、あたしが見てもよく分からないのだ。
「まぁ、僕よりはあるんじゃない?」
カイトののんびりとした返答に、あたしは目をみはる。
カイトはこう見えて、相当腕がたつのだ。騎士に叙任されたのも、十八歳とかいっただろうか。結構早かった気がする。
そのカイトが、自分より、と言うなんて。
「それって、かなりすごくない?」
「まぁね。何よりやる気が違うよね」
「そりゃそうだけど」
まったく否定しないあたしに、カイトは地味に落ち込んでいたけれど、まぁそれはこの際どうでもいい。
「技術はどんどん吸収してるし、筋はいいんだけど、今のところは体格のハンデがありすぎるかな。あの小さい身体では、鎧着たら息切れして動けないだろうね」
「それはそのうち……」
どうにかなる、と続けようとして、あたしは口ごもった。
本当に、そのうちどうにかなるのだろうか。男の子なんだから、もうすぐあたしの身長なんて抜かして、カイトみたいに大きくなるだろう、なんて。誰がそう断言できるんだろう。
何度も何度も毒をもられて、いつの間にかやせ細ってしまった弟の身体。どんなに楽観視しても、健康に育っているとは思えない。
仮にも王子相手に、死ぬほどの量の毒を入れることはないだろう、なんて自分に言い聞かせても。ここで成長が止まらないって、言いきれるだろうか。
「まぁ、まだ剣しか持たせたことないし、馬に乗って槍扱えなきゃ騎士じゃないし、怪我すりゃ終わりだし」
あまりに軽いノリに、お前が怪我しろ、とちょっと思った。ちょっとだけ。
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自分の部屋に戻って、扉を閉める。それと同時に足に何かがからまって、あたしは転んだ。
「いったぁー……」
元々運動音痴ではあったけれど、何もないところで転ぶこともあったけれど、今のはちょっと違う。あたしは、自分の足首を見る。明らかに、故意に、糸のようなものが張られていた。
「何これ……」
そう呟いて、手を伸ばした瞬間。後ろから伸びて来た手が、あたしの口をふさいだ。驚いてその手を引きはがそうとするけれど、あまりに力が違って、びくともしない。姿の見えない相手に怯え、背筋が凍った。苦しくて涙が浮かぶ。
「んー!」
くぐもった悲鳴を発して、がんがんと扉を蹴る。そんなあたしを軽々と持ち上げて、扉の反対側にある窓の方へと運びながら、背後にいる「誰か」は囁いた。
「静かにしてください、殿下。指示に従ってくだされば、貴女には危害を加えませんから」
貴女には、という言い方で、分かった。こいつの狙いは、レンだ。それなら、なおのこと、従えるわけがないじゃないか。
滅茶苦茶に暴れると、ふっと相手の手がゆるみ、あたしの身体は床に叩きつけられた。左の手首に激痛が走り、あたしは声にならない悲鳴をあげる。
ずきずきと痛む左手を押さえ、血がにじんでいるのを見た。すぐそばに、レンからもらった腕輪が落ちていた。無残にも、修復不可能なほどに割れて。
「何してるんだよ」
カーテンの奥から、他の男の声が聞こえた。
二人の顔に、あたしは見覚えがあった。どこでいつ見たのかまでは思い出せないけれど、この王宮にいる騎士だ。となると、多分、「第一王女派」。
「さっさと行くぞ」
行くって、どこへ。あたしのことを、扉の方ではなく、窓の方へ運ぼうとしていた男たち。窓から、一体どこに行くつもりなのだろう。……少なくとも、普通の状況ではない。
あたしは逃げようとしたけれど、騎士相手に体力で敵うはずもなく、簡単に捕まってしまう。それでも暴れていると、二人がかりで組み伏せられた。
「放して……っ!」
あたしが叫んだ瞬間、ばたん、と大きな音がした。驚いて、音がした方を見る。閉めたはずの扉が、開け放たれていた。
「レン……?」
その向こうに見える、小さな弟の姿に、あたしは目を見開いた。
「来ちゃダメっ!」
叫んだのとほぼ同時に、レンも走り出していた。あたしを押さえていた騎士のうちの一人が、レンを見て剣を抜く。その切っ先がレンの右腕をかすめて、鮮やかな血が飛び散った。
「やめて!」
今にも壊れてしまいそうな、優しくてもろい、誰より大切な弟。お願いだから、彼だけは。
「リンを放せっ!」
レンは、見たこともないほどの形相で、騎士の手からあたしを引きはがして、強く強く抱きしめる。
その温かさに、泣きたくなった。彼がそこにいるだけで、世界がどんなに変わってしまってもいいとさえ思えた。二人の血で汚れた部屋の中でも、彼があたしを抱きしめてくれるのなら。
でも。安心したのは、ほんの一瞬。
「え……?」
鉄の匂いが、鼻をさす。いつの間にか、あたしのわき腹は、生温かく濡れていた。
「あ……」
レンの口から、意味もなさない吐息がもれて。急に体重を預けられて、あたしはそのままひっくり返った。
「レン……?」
なんで、濡れているんだろう。思考が停止して、分かるはずのことが分からなくなる。
レンのわき腹に震える手を伸ばして、手のひらにまとわりついた紅い液体を、目に映した。身体が震え出して、とまらない。
「あ……ぁ、あ……」
力なく弛緩した彼の身体。それでも、その腕はまだ、強くあたしを抱きしめていた。
「いやぁぁああああっっっ!!」
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