そして、その日の夜。
 「すいません、安田雅彦で予約をしていた者ですが…」
 「はい、四名で予約されていた安田様ですね。お待ちしておりました」
 そういわれ、席に案内される雅彦たち。今日は、雅彦が野口と飯田を食事に招待していた。雅彦が野口夫妻を招待したのは三つ星レストランである。三人にはミクも同行している。案内された席にどっかりと座る野口。
 「…なあ、マサ、俺がこんなマナーとか気にする所があまり好きじゃねえって知ってただろ?何でこんな店を…」
 「もちろん知ってましたよ。ですけど、焼き肉に招待するのも何か違うと思いましたし。そもそも、三つ星レストランの話は野口先輩から出た話じゃないですか」
 「う…」
 雅彦からの指摘に唸る野口。まさか、自分の軽口が、こんな結果になるとは思ってもいなかった様だ。
 「…ケン、雅彦君なりに考えてこのお店を選んでくれたのだから、文句をいっちゃ駄目よ」
 飯田もたしなめる。
 「…まあ、俺もマナーの類いはある程度知ってるから、多分粗相は無えと思うけどよ…」
 今日は、野口が雅彦の入院中に安田研究室の学生の面倒を見てくれたお礼ということで、雅彦が招待したのだ。中々予約が取れないレストランであり、雅彦は退院日が確定した段階で店に予約を入れた。幸いなことに予約を、しかも夜景が綺麗な一等席を取ることができたので、その日のうちに野口夫妻とミクに連絡を入れていたのだ。そんな話をしていると、雅彦の元に店員がやって来た。
 「ご注文は、予約いただいたコースで変更ありませんでしょうか?」
 「はい、お願いします。あと、飲み物を注文しても良いですか?」
 「はい、こちらをどうぞ」
 そういって飲み物のメニューを差し出す店員。そうして四人の注文を聞き、下がる店員。
 「夜景が綺麗ね…。ケンは中々こういう所に全然連れて行ってくれないから、嬉しいわ」
 渋い顔をする野口とは対照的に、飯田は嬉しそうだ。
 「…何で身内とメシを食う時まで堅っ苦しい思いをせにゃならんのだ。そもそも夜景が綺麗だからって、メシの味が変わる訳じゃ無えだろ」
 「ケン、分かってないわね。こういう所で雰囲気が良い所だと、美味しい食事に彩が添えられるのよ。だから、たまには良いじゃない」
 「そうですよ、野口さん」
 「野口先輩、ここは堅苦しい思いをしてでも食べに来る価値があるお店ですよ」
 「…マサまで俺の味方をしねえのか。わーったよ、俺が悪かったよ」
 三人とも自分の意見に賛同してくれないことに、苦笑する野口。とはいえ、雅彦の選択が間違っていたことなど無いことは、雅彦との長年の付き合いの経験上分かっていたため、心からいやな訳では無い。そうやって話をしていると、注文していた飲み物が来た。野口夫妻はシャンパンで、雅彦とミクの二人は見た目はシャンパンに似せたノンアルコール飲料である。
 「それでは、野口先輩が僕の研究室の学生の面倒を見てくれたことについて…」
 「それにマサの退院祝いも兼ねたほうが良くねえか?」
 野口が口を挟む。
 「…分かりました、その2つを祝して、乾杯」
 『乾杯』
 そうして乾杯する四人だった。

 「ふう、美味かったな」
 「美味しかったわね」
 「ミク、美味しかったかい?」
 「はい」
 そうやって話している所に店員が来る。
 「お客様…」
 そういって店員がレシートを渡す。
 「はい、どうも」
 そういってレシートを受け取る雅彦。
 「おい…、マサ…、まさか、全部マサが払うってのか?」
 「当然ですよ」
 そうすることが当たり前だといわんばかりに答える雅彦。
 「おい、マサ、折半でも良いんだぞ?」
 「僕が招待したんですから、僕がここの料金を全額支払うのは当たり前じゃ無いですか」
 平然といってのける雅彦。
 「ケン、雅彦君に甘えましょうよ」
 「しかしだな、俺の教授の就任祝いに結構な値段の時計までプレゼントしてもらって、ここの会計まで任せるというのは…」
 「野口さん」
 ミクが口を挟む。
 「雅彦さんは、ここに予約を入れた段階で、全部自分が払うつもりだっていってました。ですから、お二人は本当に何も気にされなくて結構です」
 「…分かった」
 観念したのか、野口が引き下がる。

 「野口先輩、気をつけて帰って下さい」
 「おう、マサもな。ごちそうさん」
 そういって雅彦とミクから別れて返る野口と飯田。
 「ケン、美味しかったわね」
 満足そうにいう飯田。
 「…ああ」
 「ケン、どうしたの?」
 野口の表情は、雅彦と別れた時とは一転、普段は見せない様な苦悩が表れていた。その表情に、怪訝そうな顔をする飯田。
 「俺には、マサは悩んでいることを隠している気がする」
 「そうかしら?私には、いつもの雅彦君に見えたけど」
 「スズ、俺と二人でマサの見舞いに行った時、マサが話したことを覚えているか?」
 「ええ、雅彦君を刺した犯人の動機を聞いたわよね」
 「俺は、マサが退院した翌日、大学で安田研究室絡みの引き継ぎをした時、ちょっとそのことに絡んだ話をしたんだよ。…マサは、世界を変えちまったんだ」
 「…」
 「マサの決断は、世界にとって必ずしも歓迎すべきことじゃ無え。マサを刺した犯人も、世界が変わったことで悪い影響を受けた一人だ。きっと、マサは、世界を変えちまったことを一人で抱え込んでるんだと思う。俺は、マサを助けてやりたい。…だがよ、俺にはマサの苦悩が分からねえんだ」
 苦虫を噛み潰した様な表情でいう野口。
 「ケン…」
 その表情を見て、先程までの明るい表情だった飯田も釣られて暗くなる。それから、二人は、お葬式の帰り道の様に暗い表情で家まで向かっていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

初音ミクとパラダイムシフト2 3章4節

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投稿日:2017/02/24 23:54:09

文字数:2,368文字

カテゴリ:小説

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