「あっちへ逃げろーーーー」
「早く、逃げなさい!」
 メキメキメキ、と地面を突き破り、その音は本殿まで広がっていった。
 目の前に起こっていることに、私たちはなすすべもない。
「お父さん! お母さん!」
 本殿には、お父さんとお母さんがいるのに!
「待ちなさい。もう無理だ」
 私はお父さんとお母さんを助けようとして、誰かに手をつかまれた。
 振り返ると、村長だった。
「村長さん、はやく助けないと、お父さんやお母さんが!」
 村長は首を振った。
「無理だ。バチがあたったんだ、その二人には」
「え……?」
 メキメキと響く音。そしてお父さんとお母さんの悲鳴。
 それを、見殺しにしようというの?
 村長の後ろから、村のほぼ半分以上の人数が現れた。
 でも、誰もお父さんとお母さんを助けようとしない。
「バチが当たったんじゃ、お主には償ってもらわないとならん」
 悲鳴はいつしか消えて、地鳴りがするだけになっていく。
「さあいくぞ」
 手を思いっきり引っ張られる。
「離して! お父さんやお母さんが!」
「言うこと聞けい! お主の身はこれからは村が管理する!」
 村長の血走った目が尋常ではなかった。
 それに、村の半分以上の人間が私を冷たい目で見ていた。
 私は、これ以上抵抗出来ず、頭を垂れるしかなかった。
「未来、お主はこれから新たな神様の妻となる。しっかり修行をしなさい」
 私は、これからどうなるのでしょう?


「お、終わったー!」
 俺は今回も仕事を完璧に終わらせた。
 これ、どうよ? メイコ編集長から任された記事を完璧に終わらした俺の力は。
 雑用もなにもかも、全部俺で終わらせた。
 これで、誰も文句言うまい。
「はい、おつかれ~」
「あ、編集長、終わりました」
 メイコ編集長から貰ったコーヒーを一気に飲み干した。
「かー、効くうううう! 編集長、完璧に終わらせました!」
「んー、さすがね」
 メイコ編集長に褒められた。気分は有頂天だ。
 ここは、月刊メーを発刊している、芽衣書房の編集室。
 そこで俺は日夜泊まりこみ、メイコ編集長に頼まれた記事を常に試行錯誤して編集していた。
「これで今回も無事出版できるわ」
「ありがとうございます」
 メイコ編集長は机をチラッとみた。
 そこには散乱したエナジードリンクが大量にあった。
「いつもいつも、ありがとう。でも、だけどねえ」
 メイコ編集長は編集部内を見回した。
 すこし、白けたみんながいた……。
「たまには、みんなを頼って欲しいの」
 また、か。
 メイコ編集長の言いたいことはわかっている。
 創刊メンバーの俺は仕事を抱え込みすぎだ、といいたいのだ。
 メイコ編集長と月刊メーを創刊して五年。初期にいたころのメンバーはだいぶ入れ替わったが、編集部の人数はだいぶ増えていった。これは、俺たちの努力の賜物だったが、後継の育成が滞っていた。
 その原因は、雑用さえ頼まない俺のせいである。
 それはわかっている。
 だけど、どうしても頼めないのだ。頼める人間に成りたい気持ちはある。だけど!
 頼んだら、俺の価値が下る気がして、どうしても頼めなかった。
「はぁー。……あ、そうだ」
 メイコ編集長はカバンから手紙を取り出して、俺に見せた。
「たまーに来るのよね。ガチな情報が」
「ガチな情報ですか?」
 月刊ムーは、いわゆるアレ系な雑誌であり、真面目に読む人は少ない。
 しかし、たまに投稿者から、ガチな情報が寄せられてくることがある。
 それが、この手紙らしい。
 俺はその手紙を開けると、写真と差出人の住所あと、あと村の場所が示されていた。
 その写真は隠し撮りされたもののようで、その被写体はすこしぶれていた。
 そのぶれているにも関わらず、その被写体は異様な光景を見せていた。
「ヨウイチ、ここに取材に行ってほしいのよ」
 その言葉に合わせるように、編集部のみんなも頷く。
「え、でも……」
「大丈夫よ。心配しないで」
 いや、編集部の心配じゃなくて、こんなところに行くことに心配して欲しいのですが。
「わかりました」
「おみやげ待ってるわ」
「先輩、ゆっくりしていってください」
「大丈夫ですって」
 お前ら、写真の異様さを知らないからそんなこといっているんだろう。
「わかりました。行って来ます」
「スクープ頼んだわよ」
「はーい」
 俺はそんなこんなで、辺鄙でいわくつきの村に向かうことになった。

 バイクに乗って、数時間。
 ようやく村の山間部が見えてきた。
 そしてちょっと谷を越えると、時刻は夕方。
 どうせ宿は余っているだろうし、もしかしたらこの子から紹介されるかもしれない。
 だからひとまずこの差出人の少女、鏡音リンの喫茶店に向かうことにした。
 先に連絡済みなので、その喫茶店は明かりがついていた。
「こんばんは」
 俺は喫茶店のドアを開けると、そこには、女性と少女がいた。
 たぶん、依頼主は少女の方だろう。もう一人は付き添いだろうか。
 ピンク髪のロングに、巨乳のねーちゃんが立っていた。
 二人とも、俺を待ってました、とばかりにこっちに来る。
「お待ちしておりました」
「あなたがムー編集部の?」
「はい、ヨウイチって言います。あの、そちらは?」
「あたしはここの喫茶店オーナーの鏡音リン」
「わたしは近所の駄菓子屋の巡音ルカ」
 名刺を渡して、さっそく本題に入った。
「これはなにがあったんだ?」
「それは、かくかくしかじかで……」
 村であった事件を詳細を知らされて、俺は後悔していた。
 もしかしたら、関わっちゃいけないものなのかもしれない、と。
 メー編集部にもたまに居るのだ。ガチな依頼で大やけどをして、退職になったメンバーが。
 でも、俺はここで投げ出すわけにはいかない。
 このままでは編集部の居場所が無くなってしまう。
「この樹の正体を調べて欲しいのです」
「村をどうにかしてほしいわけじゃないの。あの樹の正体を知りたいのよ」
 そのためには、顔見知りじゃない村の住民のほうが、好都合というわけか。
「じゃあ、さっそく」
「あ、だめ」
「今は夜。確かに人は少ないけれど、夜は危険だわ。早朝のほうがいい」
「あたしが紹介する宿へ行って」
「そこで明日落ち合いましょう」
「いや、良い。一人で良い。それより人数が多いとかえって目立つ」
「え、でも」
 半分嘘。ほんとは一人で行動して、誰にも頼りたくなかっただけだ。
 村長派の横暴の怖さは聞いたかぎりではかなり危険な水域だ。
 反村長派の仲間がいるなら、それなら頼りたい。
 でも、俺は、こんな状況でも、人に頼れない人間になっていた。
「わかったわ。くれぐれも気をつけてね」
「バイクは頼む。隠しておいてくれ」
 念のために、居住する場所とは分けておくことにしよう。
「じゃ、あそこだから」
 心配そうな、巨乳のルカさんとひ……喫茶店の女の子の顔。
 だがしかし、俺は、一人で成し遂げたかった。
 樹の調査くらいで、なんともならないはずだ。
 俺はさっそく反村長派の民宿で一夜を過ごして、日が開けるのを待った。

 俺は日の出が起こる前にさっそく民宿を出た。
 寝静まった村に、見えない緊張の糸を感じながら、単独行動をし始める。
 まず目指すは写真の神社である。
 実際、見てみないと分からないことがある。
 それを確かめに行こう。
 だから俺は、民家などの近くを通るのをやめて、人目を避けながら向かった。
 そして、もう少しで神社に着くところで、綺麗な小川に出た。
 すると、そこに冷たい小川に足を付けて座っている巫女が居た。
 誰だ? もしかして、神社の関係者かなにかか?
 俺は忍び寄るように近づいた。
 彼女は緑の垂髪と緋袴をしていた。
 どこか遠い目をしている。
 どうしよう……話しかけるべきだろうか?
 俺が逡巡してると、彼女はハッとしてこちらに目を向けた。
 そして、俺に頭を下げた。
 仕方ない。接触するか。
「件の神社はこっちで良いのか?」
「はい、合っています。どうして神社に?」
 すこし怯えるような目をして訊ねてきた。
 警戒、とはちょっと違うようだ。
 ここは正直に話しておいた方がいいかもしれない。
 俺は手短に話すと、彼女はにっこりと微笑んだ。
「そうですか。ルカさんやリンちゃんが……」
 彼女は少し悩んで、
「神社のほうへ行くのですか?」
「あ、ああ。そうだが?」
「私が案内します」
「え、いや、でも……俺だけで」
「暇なんです。頼ってください」
 暇ってどういうことだ?
 彼女は濡れた足をさっと拭いて、足袋を履いた。
 そのまま起き上がろうとして、
「あ」
 俺は慌てて彼女の手を掴んで支えた。
「あう」
 妙な沈黙が流れる。
「ありがとうございます。あの、あなたのお名前は?」
「ヨウイチだ。あんたは?」
「初音未来です」
 彼女はすぐに手を離した。
 なんだか名残惜しい。
「普通のルートではいけません。私について来てください」
「あ、ああ。そうだな」
 俺は初音さんの後をついていくことにした。
 たぶん、目的の神社の巫女さんだろう。
 それなら、黙って付いていったほうがいいかもしれない。
 そして裏道や獣道を進んでいくと、神社の裏手に出た。
 神社はところどころ立ち入り禁止の札などがあって、異様な雰囲気を醸し出していた。
 その異様な雰囲気のもっとも中心にいるのが、大きな枯れ樹に突き破られた本殿があった。
「な、なんなんだこれは!?」
「社務所へ行きましょう」
 初音さんはなにも言えなかった。
 社務所の棚を探る初音さん。
「たしか、うちの神社の資料をここに……あそこかしら」
 高い棚のところに、すこし大きいダンボール箱が置いてあった。
 九条ネギと大きく書いてある。
 そこに神社の資料があるのだろうか。
 初音さんは、精一杯背を伸ばしてそれを取ろうとして、
「あ、あぶない」
 俺はそれを慌ててキャッチした。
「あ、ごめんなさい」
「いや、別に良い」
 慌てて距離を取る初音さん。
 そんな避けなくても……。
 初音さんは箱から資料を取り出す。
「これからな?」
 初音さんが勢いよく本を開いた。
 それは、肌色が多い初音さんで……。
「ご、ごめんなさい。こっちです。」
 正直ごちそうさまと言いたい。言わないけど。
 顔を真っ赤にした初音さんはそれを慌てて背中に隠した。
 二人して資料を睨めっこする。
「ないですね」
「あの樹はいったいなんなんだ?」
 資料にもない。こんな神様、聞いたこともない。
 俺と初音さんは顔を見合わせた。
「樹の正体さえわかれば、元の村に戻るのに……」
 初音さんがぽろっと本音を洩らした。俺がそれに応えようとしたとき、
「おーい、初音、どこにいる? でてこーい」
 神社の境内に、生理的嫌悪感を感じざるを得ない声が響きわたる。
「!!」
 初音さんはその声を聞くと、顔色が一瞬で悪くなった。
「か、隠れてください!」
「え……ちょっと!」
「お願いします! 見つかったら大変です!」
 その有無を言わさぬ表情に、俺は従うしかなかった。
 男の俺が、その物言いに従わざるを得ないほど、あの不愉快な声と対峙したくなかった。
 俺はすぐさま隠れた。
 それから数分、神社の境内は、静まり返ったのを感じて、外を出る。
 よし、誰もいない。
 ひとまず、喫茶店に戻ろうか。
 俺はすぐさま獣道へ行き、小山を降りていった。
 その帰る途中で、ふと、なにかに惹かれるように、道を変えてみる。
 そこには、古ぼけた祠があった。
 ところどころボロボロになっていた。
 また、その横には、あの樹の小さいバージョンが生えていた。
 その樹はまるで、隣の祠を侵食しようとするように、枝を伸ばしていた。
 異様な光景。
 でも、隣の祠はたしかにボロボロだけど、樹とは対照的に、清浄な力を感じる。
 俺はなんとなく、それに対して祈りたくなった。
 ついに、俺も焼きがまわったかもしれない。
 神にすがりたくなってきた。
 俺は祈り終えて、すぐに喫茶店へ向かった。

 ――チリリン♪
 喫茶店の鈴の音に、なんだか心が洗われた気がする。
 リンさんは俺を見るや否や、
「どうだった? 大丈夫だった?」
 と聞いてきた。
 ルカさんも、興味津々に見てくる。
「樹について調べてみたけど、わからなかった」
「やっぱり」
「それと」
「それと?」
「初音さんって人に会ったんだが」
「え、未来?」
「もしかして、生きているの?」
 ルカさんとリンさんは顔を見合わせる。
「どういうこと? 村長さんに死んだと聞かされたけれど」
 とルカは腕を組む。
「まさか、それすらも嘘ついてたの?」
 リンさんは蒼白な表情になっていった。
 俺は居てもたってもいられなくて。
「ちょっと、どこ行くの?」
「お兄さん、危ないです」
だがしかし、俺は行かなければならない。
 あの気色悪い声に、初音さんがなにされるか分かったもんじゃない。
 ……ああそうだよ。ちょっと惚れちまったよ!
 どうしても初音さん……未来さんを助けたくて、俺は喫茶店を飛び出した。
 隠れながら歩いている暇なんてない。
 村を突っ切っていく!
 今更、見つかったってどうだって良いのだ。
 俺は、さきほどの神社へ向かった。
 さまざまな立ち入り禁止をすり抜けて、本殿へ向かった。
 俺はその扉を両手で勢いよく開け放った。
 そこには、こちらを睨みつける禿げたおっさんと、コップに入った赤い液体を飲もうとしている未来さんがいた。
「なんだキミは!!」
 俺はその不愉快な声を無視して、未来さんに近づいて、コップを奪い取る。
 そしてそれを思いっきり床に叩き付けた。
 ――ウギャアアアア!
 脳内に響き渡る声。
「なんだこれは?」
「貴様、よくも!」
 俺はとっさに飛びずさり、ハゲの手を振り切る。
「チッ!」
 舌打ちするハゲ。
「ヨ、ヨウイチさん!?」
「なんだ初音、そいつと知り合いか?」
 まずいな。
 身の危険を察知し、俺は一目散に逃げた。
「あ、待て!」
 喫茶店に身を隠そう。あそこなら、大丈夫のはずだ。
 一旦村を出て、すぐに戻ろう。               つづく

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

巫女ミクその4『終りの巫女』前編

 囚われの姫展開の巫女ミクの話です。

 もし楽しんでいただけたら嬉しいです。

 次は結月ゆかりちゃんか音街ウナちゃんで物語を書いてみたい。

閲覧数:79

投稿日:2017/09/27 22:59:40

文字数:5,889文字

カテゴリ:小説

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