俺の朝は、マスターの食事を作る事から始まる。
大学生のマスターは、日によって朝のペースが変わる。それに合わせて、朝食のメニューも工夫する。例えば早く出なくてはいけない日には、ぱっと食べられるサンドウィッチやホットドッグをメインに。逆にゆっくりでいい日には、ご飯に味噌汁、焼き魚に卵焼き、おひたしなどのしっかりしたものを、といった具合だ。
同時進行で、お昼御飯も用意する。学食や購買もあるとは言うけれど、混雑するだろうし栄養バランスや費用を考えても、お弁当の方が安心だ。
俺が料理をはじめとする家事を受け持つ事について、マスターは時々謝ってくれる。
「ごめんね、ボーカロイドなのに。メイドじゃないのにね」
そんなこと、と俺は首を振る。俺がしたくてしているだけだから、マスターが喜んでくれたらそれで充分嬉しいから。
それにマスターが料理をするなら、俺も食べさせてほしくなりそうだし。俺も食べさせてもらうとしたら、俺だけって訳にはいかないだろうし。だからいいんだ。
マスターの作ってくれたものを分け合えるほど、俺のココロは広くないからな……。
* * * * *
我の朝は、鍛錬より始まる。
鍛錬といっても、本業――ボーカロイドとしてのそれではない。庭先に出でて楽刀を振る。我が楽刀・美振は武具ではないのだが、細かい事は脇に置く。心身を鍛え、有事に備える事が肝要なのだ。我は主に歌を捧ぐものではあるが、女性(にょしょう)一人の暮らしに邪なる輩が現れぬようにと、くれぐれも娘をよろしく頼むと、我をお招きくださった大殿より託されておる故に。
朝の空気を刀身が薙ぐ度、精神が引き絞られてゆくのを感じる。我の務めはあらゆる禍、あらゆる危険からマスターを護る事。その為に、日々、刀を振る。
我が自らに課す斯様な務めを、マスターは大袈裟だと苦笑なさる。
「大学生にもなれば一人暮らしなんて珍しくないんだし、父さんの言う事は真に受けなくていいから」
なれど、我は首を振る。マスターはご存知ではないのだ。愛娘を一人置いて異国に暮らさねばならぬ父君の、なんと真摯な祈り様であった事か。
我等ボーカロイドはマスターに仕えるものだが、購入してくださった御方にもまた、ひとかたならぬ恩がある。マスターを護るは我の必然、それが恩人の願いとあらば尚の事。故にマスターがどう仰せになろうとも、こればかりは譲れぬのだ。
我はマスターをあらゆる禍からお護りする。あらゆる危険――あらぬ思いを抱く者共からも。
* * * * *
僕の朝は、何となく適当に始まる。
マスターが二度寝の至福を味わっているこの時間、同居人達は自身に課した務めを果たすのに余念が無い。僕はキッチンから漂う良い香りに鼻をひくつかせ、気が向けばコーヒーなど淹れつつ、新聞をめくったりニュースを見たり。庭先に目を遣って、藤色の髪が揺れているのを眺めたりもする。生真面目な彼の髪が軽やかに舞う日は、晴れ。重くのたうつような日は、湿気があるという事だから要注意だ。朝は晴れていても、後になって崩れる可能性が高い。
この“がくぽさん予報”は今のところ外れ無しで、お天気キャスター要らずの、信頼の的中率。この情報を、出掛けのマスターに伝える事――僕のお決まりのスタイルと言ったら、せいぜいがそんなところだね。
僕のこんな気ままな振る舞いに、マスターは別段怒りもしない。
「ちょっと意外だったけど、納得もしたかな。お堅いセンセイじゃ、母さんが気に入る訳無いし」
酷いですね、と僕は首を振る。勿論冗談で、マスターと一緒に笑いながらだ。実際彼女の言う通り、マスターのお母さんが『娘に贈るボーカロイド』に僕を選んだ一番の理由は、おそらくそこだった。売り場中の男性ボーカロイドに声をかけて、熟考の末に購入されたのが僕だったから。
一人暮らしになる娘の生活に彩りを。そう願ったお母さんは、堅い事は言わないようにと僕に言い含めて行った。むしろ良さそうな人の陰が見えたら全力で支援して、とも。
何とも、面白い家に来られたものだと思う。お言葉通り、僕は傍らで見守ろう。
* * * * *
私の朝は、……時々、賑やかすぎるほど賑やかに始まる。
『其処で何をしておいでか、キヨテル殿!』
『マスターに声かけに来たんですよ。そろそろ起きないとまずいでしょう?』
『婦女子の寝室に入ろうとは何事か!』
『何を騒いでるの、マスターに迷惑だろ? ……ていうかマスターの部屋の前で何してるの……?』
『いや起こしに来ただけですから、』
『マスターが寝てる所に……?』
『不埒な真似は我が許さぬっ』
『いやいやいや、おかしいでしょうそれ。寝てるから起こすんであって、』
『……イチゴソースをご所望なんだね、氷山君……?』
『我が美振の錆にしてくれよう』
『ちょ、待ってください! そもそも入りませんから、外から声かけるだけですからっ!』
今日はまた何の騒ぎなんだか……とりあえず顔出そう、着替えたし。
「おはよう、何事?」
「マスター! 助かりました……」
「はは。先生の焦った声とか、珍しいよね」
冷や汗を流すテル先生に苦笑しつつ、視線を移す。涼しい顔で楽刀を鞘に収めるがくぽ(って抜刀してたのか?!)、その隣ではカイトが爽やかな笑みを浮かべる。
「おはようございます、マスター。朝食出来てますよ」
「ありがと、カイト。顔洗ったら、すぐ行くよ」
私も笑って返すけど、――見てしまったよ。テル先生に『お前、後で屋上来いや』的睨みを利かせてるのを……!
うーん、どうもカイトはヤンデレ寄りになりがちだよねぇ。ほどほどにしといてくれるといいんだけど。
* * * * *
全く、油断も隙もない。マスターの寝室に近付いた挙句、『今朝一番の会話』まで奪っていくなんて。
赦し難い、との思いがありありと出ているんだろう、目が据わっているのが自分で判る。マスターのいない場所で取り繕う気もなく、じとりと睨み続けた。
「氷山君、罰ゲームは何がいい? 希望くらいは聞いてあげるよ」
「罰ゲームって……」
「1、俺のアイスピック。2、神威君の楽刀。3、この家から追放。……他には何かあるかな?」
「それもう罰“ゲーム”じゃなくて普通に“処罰”ですよね?! しかもほぼ死刑的な」
引き攣った声を上げる氷山君に、変わらぬ視線を刺しつつ片眉を上げた。ま、そういう見方も出来るかな。
「あと神威君もね、どうしようか」
素知らぬ顔で聞いているもう一人にも声をかける。矛先が向くとは思っていなかったらしい、神威君もまた白い面(おもて)に慌てた表情を浮かべた。
「っ?! 我が何をしたと?」
「マスターの寝室に近付いた上、朝から騒いだだろ? マスターには気持ち良く目覚めてもらいたいのに」
「それはキヨテル殿を止める為であろう? 此度の件では、我と貴殿は同志ではないか!」
「それはそれ、これはこれ」
さらりと言い切ると、絶句が返った。意思が通じたようで何よりだ。
「あー、カイトさん? 提案なんですが」
「ん、何? 4番目の選択肢だね」
「あの罰ゲームの事は忘れてください」
真顔の訴えを無言で流すと、氷山君の両手が肩の位置に挙げられた。……降参、ね。
「提案なんですが。朝食の片付けなんかを僕等で引き受けて、カイトさん"だけ"でマスターを送っていただく――という事で、収めてもらえませんか」
「……俺、だけで」
「待たれよ、それは――むぐっ」
異論があるらしい神威君を押さえ込んで、氷山君がこくこく頷く。
「そうです、カイトさんだけで! 駅まで然程の距離は無いとはいえ、マスター独り占め! なんて羨ましい!」
ここぞとばかりに畳み掛ける氷山君。口を塞がれてむーむー言う神威君に、「妥協してください、生命が惜しくないんですか?!」などと鋭く囁いているのも聞こえる。
確かにそれは、魅力的な提案だった。『マスターの守護』を務めと自認する神威君が大学までの送迎をすると言い張り、彼だけがマスターの隣を歩くなど赦せる筈も無い俺が同行を表明し、『目立ちすぎるから』とマスターが難色を示して、普段は“最寄駅まで3人で”を妥協点としている(氷山君はと言うと、その日の気分で一緒に来たり留守番したり。気が向けば片付けをしてくれる事もある)
学業とアルバイトで忙しいマスターとふたりっきりになれる機会なんて、そうは無い。『羨ましい』っていうのが多少引っかかるけど、そこは言葉の綾と流してあげようか。
「わかったよ、それで手を打とう。……あぁ、でも」
ほっと息を吐く氷山君に、俺はひとつだけ注文をつけた。
「皿洗いは氷山君でよろしくね。神威君には触らせないように」
「……了解です」
真剣な視線を交わす俺達に、神威君が気まずげに小さくなる。意外にも漫画級に不器用な彼は、キッチンに壊滅的な打撃を与えた前科があるのだった。
* * * * *
「あれ、今日はカイトだけ?」
「はい、マスター。……駄目ですか?」
「や、いいけど。がくぽh」
「マスター」
言葉の途中で遮られ、拗ねたような怯えるような瞳で見つめられて、あぁ、と苦笑した。
「ごめん。……いいけど、殿はどうしたの? よく引き下がったね」
独占欲の強いカイトは、思いがけない同居人達にも些か複雑な心持ちらしい。何とか自制はしているものの、私が彼等を名前で呼ぶ事を嫌う。だからカイトの前では、『先生』『殿』と呼ぶ約束になっている。
うっかり名を呼んだ事を謝って言い直すと、カイトは安心したように微笑んだ。
「朝から騒いだ罰なんです。氷山君が抑えてくれてますよ」
「あぁ、成程」
朝の騒ぎを思い出し、カイトがテル先生を凄い目で見ていた事も連鎖的に思い出して、私は心底納得した。先生、ご機嫌取りに必死だな。
「ま、いいか。ほどほどにね、カイト」
我ながら甘い気もするけど、下手な対応して本気でヤンデレに走られても困るしな。アンインストールは遠慮したい。
まぁいいか、と心中で繰り返して、隣を歩くカイトに手を差し出してみた。途端にカイトは耳まで朱に染め、ダッツを見る時よりも目を輝かせる。
「マスター、大好きですっ」
きゅっと手を握って満面の笑みと共にそんな事を言うんだから、可愛いひとだ。こんなに素直に喜ばれたら、こちらも嬉しくなってしまう。
ま、いいか。
3度目の呟きを口の中で転がして、手を繋いだまま駅へと向かった。
トリコロール・ラプソディ
KAITO+がくぽ+キヨテルと、女子大生マスター。
若干カイマス……というか、カイ→マスな感じです。
予告した新シリーズが上手く進まず行き詰って、気分転換に書いてみました(今、新シリーズのネタが5つくらい溜まってて、その中のひとつだったりします。これが一番、単発でも形になりそうだったのでw 他のは1話じゃ切れないっぽい)
これは短編シリーズで、気ままに続けていきたいと思ってます。男ボカロばかり3種集う事になった経緯など、そのうちまた書きたいですね。
*****
ブログで進捗報告してます。連載各話やキャラ設定なんかについても語り散らしてます
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アリサ
ご意見・ご感想
こんにちは
アリサです
いーですねぇ
代わってほしいですよぉ……
がくぽはもちろん,カイトもキヨテルも好きなので,ホント羨ましい限りです……
あぁあ
いーなーwwww
読みながらによによですよwww
秦から見たら,変人ですよねwwwww
ブクマさせていただきます!
それでは,失礼しました~
2011/04/02 13:07:18
藍流
こんばんは、アリサさん。
ブクマ! ありがとうございますヽ(*´∀`)ノ
美声の美形に囲まれた生活、羨ましいですよねぇ。
私も代わってほしいですw
によによしていただけて嬉しいです♪
ありがとうございました!
2011/04/03 02:54:16
時給310円
ご意見・ご感想
こんばんは、読ませて頂きましたので感想なぞ1つ。
いやはや……何て言うんでしょうね。なんか、「これぞSS!」って感じのお話ですね。
好きなキャラを、好きなように動かして、好きな話を書く。
そうして楽しむのがSS作家の原点であり、執筆の原動力なんですよねぇ。
ずいぶん昔、初めてネットで二次小説を読んだ時を思い出しました。
公式のテレビ放送で終わりだと思っていた物語が、同じ視聴者の手によって書き出されたサイドストーリーによってどんどん続き、世界が広がって行く。その無限に物語が膨らんで行く感覚に、ワクワクしたものです。
この話を読んでいて、何だかその頃の感覚を思い出しました。純粋に「ボカロのキャラが好きだ!」って気持ち1つで書かれた文章という感じがして、とても良いと思います。藍流さんはまた、読ませる文章力も兼備しているから、余計にそう感じられるんでしょうねw
個人的には、がくぽの語り口調が好きですw ござる言葉を使ってくれる作家様って、あんまり見かけないので。
ともかく面白かったです! GJでした!
……なんか切り口の違う、変な感想文になってしまった気が……(汗
2010/12/15 00:09:10
藍流
こんばんは時給さん、コメントありがとうございます!
今回はストーリーやキャラ設定より、日常風景を気ままに切り取る感じを重視して書いてみました。
「物語」というには半端なのかもしれないけど、こういう事が出来るのがSSならではの自由度かもしれませんね。
『最初』のワクワク感を思い出していただけたとは、嬉しい限りです!
がくぽの口調への言及も嬉しい! ありがとうございます^^
今回に限らず、がくぽの口調には妙に「古風な語り口で!」というイメージが染み付いていて、しかし書くのは難しいので頭を抱える羽目に。辞書やネット検索と首っ引きで書いてますw
カタカナも無しにしようかと思いましたが、『電脳侍』の未来的イメージを考慮してそこはアリにしてみました。「マスター」にするか「主殿」にするか、とかも迷ったんですが。
設定を考えるのが一番楽しい人間なので、このあたりを詰めていくのも楽しかったですw
面白かったと言っていただけて嬉しいです!
読んでいただいてありがとうございました^^
2010/12/15 01:26:55
sunny_m
ご意見・ご感想
こんばんは、sunny_mです。
男性ボカロの3人3様っぷりに、にまにまが止まりません(笑)
怪しい人街道まっしぐらに突き進んでいる今日この頃です。
一番話が合いそうなのは気まぐれキヨテル先生ですが、見ていて楽しいのは生真面目がっくん殿で、いいぞもっとやれ、と焚きつけたくなるのはやっぱりカイトさんですか。
このマスターに下手に手を出したら3方向から闇討ちに遭ってしまうのでしょうねwww
ちらりちらりと出てくるマスターの両親がなんか興味をそそられるなぁとか、そもそものこの3人が一緒にいる空間ってなんて贅沢なんだ!とか、なんだか面白そうな気配にもにまにまが止まりません。
それでは!
2010/12/14 20:04:32
藍流
こんばんは、sunny_mさん。コメントありがとうございます!
3方向から闇討ち! 的確すぎる表現に噴きましたw
殿が真っ向から叩き斬り、兄さんが容赦なくトドメ&脅しに入り、傍観してた先生が後からにこにことアフターフォロー(という名の念押し)をするのでしょう。
三者三様の男性陣を書くのは楽しいんですが、口調や二人称に随分迷いました。
私の中での年齢設定は『KAITO<がくぽ<キヨテル』なんですが、ボーカロイドとしての年季は逆なんですよね。
カイト→キヨテルを「氷山さん」にしようかとか、キヨテル→カイト・がくぽを君付けにしようかとかも考えたんですが、カイト→がくぽが「神威君」のイメージで固定されちゃってたので、そこに合わせました。
マスターの両親は設定メモにチラリと書いてあるんですが、キャラ立ちすぎてどうよこれwwwとなってますw
そのうち「3人が集った経緯」を書くつもりなので、その時にお披露目となるかと。
がくぽはまだしも、キヨテルをまともに書いたの初めてだったので、にまにましていただけて嬉しいです。
読んでいただいてありがとうございました!
2010/12/14 21:58:02