悪食娘コンチータ エピローグ

 「む。」
 思わずそんな声を漏らしながら、グリスは腰かけた執務室の上でその上半身だけを思う存分に伸ばした。
 あれから、二か月ほど経過した頃合いである。季節はすっかり冬へと移り変わり、窓の外には薄く積もった雪が見える。その雪をぼんやりとグリスが眺めた時、背後から執務室の扉がゆっくりと開かれる音が響いた。
 「随分お疲れのようね。」
 現れたのはルカである。
 「仕事が多すぎます。給与を倍にしてもらいたいくらいですよ。」
 ぼやきながら、グリスはそう答えた。
 「マーガレット伯爵は、やはり?」
 ルカのその問いに対して、グリスは諦めにも近い表情で首を横に振った。
 「今年を越せるかどうか。」
 その言葉に、ルカは表情をしかめてそう、とだけ言った。
 バニカ夫人の殺人未遂と自害。その報告を聞いたマーガレット伯爵は直後に卒倒し、そのまま寝たきりの状態が続いていた。その容態はいよいよ悪くなり、今やいつ逝去してもおかしくはない状態となっている。
 あの後。
 バニカ夫人のたがの外れたような笑い声が唐突に響き終わり、私室の扉を蹴破ったグリスとオルスの前に現れたものは、ハンティングナイフで自らの心臓を一突きにしたバニカ夫人の亡骸であった。気丈なフレアはどうにか卒倒だけはこらえたものの、それ以来王立学校も休講が続いている。それとなく様子を探らせてはいるが、部屋に籠りがちになっているということであった。
 「そろそろ、フレアも元気になって欲しいのですが。」
 何しろ、彼女は黄の国を支えるだけの力量を持つ知恵を持つ女性だ。こんなところで隠遁生活を送られると困る。
 「仕方ないわ。自分の姉がそんな壮絶な事件を起こしたのだから。」
 宥めるように、ルカはそう言った。その言葉に対して、グリスは肩を竦めながら答える。
 「もう少し、オルスがしっかりしてくれればいいのですが。」
 「オルス君が、どうしたのかな?」
 グリスがそう言いきった時、若く、そして張りのある男性の声がグリスにかけられた。その言葉にグリスは背筋を凍らせながら立ち上がる。そこにいたのは金髪蒼眼の青年であった。
 「これは、皇太子殿下!」
 そう、その青年こそ、黄の国王位継承者であるオネットである。
 「ああ、固くならなくていい、グリス。ルカも戻っていたのか。」
 「お久しゅうございます、殿下。」
 恭しく、ルカが頭を垂れた。オネットはうん、と軽い調子で答える。
 「職務を邪魔したな。だが、一応事前に紹介しておこうと思ってな。今晩のパーティで皆に紹介するが、我が婚約者であるルミーナだ。」
 その背後から静かに顔をのぞかせたルミーナが、皇太子妃とは思えないような丁寧な態度で頭を下げた。
 「これは恐縮でございます、殿下。しかしながら、私は国王陛下主催の晩餐会の出席資格はございません。」
 今日は年末を締めくくる、聖者の生誕祭が予定されていた。貴賤を問わず大いに楽しむ祭りではあったが、国王主催の晩餐会は男爵以上の爵位を有していない人間は通例招待されないことになっている。
 「それなら、俺が特認を降ろしておいた。」
 平然とオネットが答える。
 「一体、どのような理由で。」
 恐縮しきった様子でグリスはそう訊ねた。
 「無論、コンチータ事件解決の報酬に決まっているだろう。それにコンチータ男爵と、マーガレット伯爵の二名分が空席になっている。貴殿と、それからオルス君。二人を招待する余裕はあるわけだ。」
 それは困った。
 グリスは思わずそう考えた。第一、宮廷政治はグリスの最も苦手とする分野である。
 「そんなに嫌な顔をするな、グリス。」
 苦笑しながら、オネットはそう答えた。そのまま続ける。
 「俺も年の近い、気楽な仲間が欲しいんだ。自分の利権しか考えない老人どもの相手ばかりでは疲れる。」
 「殿下がそうおっしゃるのでしたら。」
 その言葉に、オネットは素直にうれしそうにほほ笑んだ。そこで、思い出したように手を叩く。
 「そうだ、ルカ。お前に頼みがあったのだ。」
 「いかがいたしましたか、殿下。」
 「うむ。俺も漸く結婚が決定した。ついては、俺達の将来を占ってもらいたいのだ。」
 「では、早速。」
 ルカはそう言うと、懐から小ぶりの水晶を取り出した。そのまま、小声で何事かを呟く。水晶に浮かび上がる映像をルカはじっくりと眺めて、そして。
 何かに脅えるように、その瞳を見開いた。
 「どうだ、分かったか。」
 オネットがそう訊ねる。ルミーナも、興味津津という様子でルカの姿を眺めていた。
 「ええ・・少しお時間はかかる様子ですが、とてもかわいらしい世継ぎ様に恵まれますわ。殿下の治世が訪れれば、黄の国は大いに発展するでしょう。」
 やがて、ルカはそう言った。そう、オネットの治世の間、に限り。
 「そうか、ならば安心だ!」
 満足するようにオネットはそう言った。そのまま続ける。
 「では、後ほど晩餐会で会おう。オルス君にも声をかけておいてくれ。俺は他の老人どもに挨拶してこなければならないのでな。」
 そう言い残して、オネットは執務室から立ち去って行った。
 「ルカ様。私には誤魔化しは通用しませんよ。」
 やがてオネットの姿が消えると、グリスがルカに向かってそう訊ねた。その言葉に、ルカは溜息を漏らしながら答える。
 「占いはあくまで占いよ。未来は変わることもあるわ。」
 「なら、最悪の事態を想定できるなら、それに越したことはないでしょう。」
 「・・双子。」
 少しの間をおいて、ルカはそう言った。
 「殿下には双子を授かるわ。多分、十年後くらいに。その一人が、負の因果を背負って生まれてくる。」
 「負の因果?」
 「・・それがどの程度のものなのか、占いでは分からないわ。」
 ルカが呟くように、そう言った。その言葉に、グリスはその眉間を強くしかめる。
 「大丈夫よ。」
 無理をするように、ルカはそこで小さな笑顔を見せた。
 「あと十年は少なくとも、平穏な日々が続くでしょうから。」

 その頃、オルスは特別に与えられた生誕祭休暇に墓参りを行おうと、墓地に向けて歩いていた。
 天候は残念なことにあまり良いとは言えない。細かな雪が、絶え間なく降り続けていた。
 バニカ夫人は今、コンチータ男爵と同じ墓に納められている。その後、オルスは相変わらず、毎日のように墓参りを続けていた。
 フレアとはあの後一度も会っていない。グリスの話によると事件のショックで家に籠っているという話だった。実は何度もグリスから、それこそ耳にたこができるくらいフレアの見舞いに行けと言われているのだが、自分がフレアの様子を見に行ってそれでどうなるのか、どうにも自信がない。あの時、バニカ夫人の死体を発見した時、フレアは確かにオルスにしがみつくように泣き続けてはいたけれど。
 でも、それが好意の表れかどうかなんて、わからないじゃないか。
 ふぅ、と溜息をつきながら、オルスは墓地の角を曲がった。そして、その歩みを思わず止める。
 華奢な少女が一人、降り積もる細雪を気にする様子も見せずにひざまづきながら、熱心な祈りを捧げていた。
 フレアであった。
 暫くオルスが硬直したのち、フレアがゆっくりと立ち上がる。そして、視線が合った。
 「オルス。」
ずっと引きこもっていたせいか、フレアはほんの少しやつれた様子だった。
 「・・久しぶり。」
 他にいい言葉はないのか。そう思いながらオルスは答える。
 「うん。」
 「心配していた。」
 「外に出るのは、久しぶりだけれど。」
 フレアはそう言って、寂しそうに笑った。そのまま、続ける。
 「でも、生誕祭くらい、お姉さまのお墓参りにいかなきゃ、と思って。」
 何も言えずに、オルスはただ、立ち止まる。
 「ねぇ。」
 暫くの沈黙の後に、フレアがそう言った。
 「オルス、この後の予定は?」
 「一応、空いているが・・。」
 「そう。ねぇ、私も予定がないの。王立学校の生徒で晩餐会をするみたいだけれど、参加するなんてまっぴら。」
 これはどういうことだろう。
 オルスは少し混乱するようにそう考えた。今日は生誕祭である。その中をフレアと二人で歩く。それはなんて魅力的な話なのだろう。だが、またその。
 フレアが怒らないだろうか。弱虫とか言って。
 オルスがそう考えて返答を躊躇っている間に、フレアは我慢の限界を迎えたらしい。
 「女の子に恥をかかせる気?」
 「いや、その。」
 言ってしまえ。
 「この後良ければ、生誕祭をご一緒して頂きませんか、フレアお嬢様。」
 「よろしい。」
 満足するように、フレアはそう言った。そこで少し我に返った様子で、軽く頬を染めながら、フレアは続けた。
 「でも、勘違いしないでね!あくまでお礼だから。」
 「お礼?」
 「そう、一応あんたは命の恩人だから、お礼だけよ。そう、勘違いしたら怒るからね!」

 それから小一時間後に、街を楽しそうに、半ばフレアに引きづられるように歩くオルスの姿を見て、晩餐会の誘いを伝えに来たグリスは苦笑しながら、こうつぶやいたという。
 「さて、オルスは不参加か。皇太子殿下に謝罪に行かないとな。」
 

 この後、オルスとフレアが交際し、結婚することになるのだが、それはまた別の話。
 ただ、その日は幸せそうに歩く二人を祝福するように、細雪が優しく降り続けていた。


そして、時が流れ


『ハルジオン』へと続く。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

小説版 悪食娘コンチータ エピローグ

みのり「といことで、悪食娘コンチータはこれでハッピーエンドになります!」
満「長い間お付き合いいただき、本当にありがとうございました。」
みのり「本当よね。もっと早く終わる予定だったのに。」
満「最後少し駆け足な文章になった気もするが・・ご了承ください。」
みのり「さて、ここでお知らせがあります。」
満「実はピアプロで投稿できる予定の作品が無くなった。」
みのり「そうなんです。。ということで、レイジさんの今後の活動についてお伝えしておきますね!」
満「まずは現在連載中の『黒髪の勇者』」
みのり「日本の高校生が異世界に飛ばされて冒険したり戦ったり恋愛したりというストーリーです。ぜひご愛顧お願いしますね。」
満「それから、pixivでは魔法少女まどか☆マギカの二次創作を置いてある。こちらでは今後アニメ系の二次創作を置いていく予定だ。」
みのり「こちらもどうぞよろしくお願いします。」
満「ということで俺たちも暫く出番がないわけだが。」
みのり「季節ネタとかでピアプロには定期的に投稿するつもりなので、その時はぜひお願いします。なんだかちょっと寂しいけれど・・」
満「またそのうち会えるさ。」
みのり「そうね・・・では皆さま、長らくお付き合いいただき、本当にありがとうございました!またお会いできる日を楽しみにしています!ではではノシ」

TINAMI『黒髪の勇者』
http://www.tinami.com/view/307496

pixiv『魔法少女ほむら☆マギカ』
http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=477591

閲覧数:902

投稿日:2012/01/14 13:45:54

文字数:3,922文字

カテゴリ:小説

  • コメント4

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  • wanita

    wanita

    ご意見・ご感想

    どうも☆バニカ様の捕食シーン(!)をポンカン食べながら読み進めていたwanitaです。
    う~ん。こちらもぷちぷちではあるけれども……今食べていたのがホットドッグではなくさわやかな柑橘系で本当によかったと思いつつ、ヒトを食べている描写は書く方も大変だろうなと思っていました。

    オルフレの青春が印象に強く残ったので、読後は意外とさわやかです。
    個人的な感情としては、どうにかしてバニカさんを救ってあげたかった気もしますが、彼女は殺しすぎましたし……さすがにオルスでも無理かな、と。

    ツイッタ―から「黒髪」の方も手を出そうかなと思っています。
    では!また遊びにいきます。長編大作の完結、お疲れさまでした!

    追伸☆
    脳は…どちらかと言えばピンクよりも薄黄色か、白かも。

    2012/02/04 17:45:07

    • レイジ

      レイジ

      コメントありがとう!
      いやぁ、捕食シーンの頃には感覚がマヒしてたので・・。ははは。
      最初の蝉食べるシーンの方がきつかったねぇ・・。慣れって怖い。
      というか追伸読んでぞわぞわしてしまいましたww
      なるほど薄黄色とか白とか想像するとリアルでうわおおwって感じでw
      今度猟奇物とか猟奇シーンを書く時は参考にしますぜw

      青春ものとしてとらえてもらえるとうれしいです。
      なんだってコンチータ様が書きたかったというより、オルスとフレアが書きたくて、題材としてコンチータを選んだという今更な裏話が・・w(この辺にピアプロの限界を感じたりします。)
      バニカはもう誰の手でも救うことは出来なかったでしょうね・・。
      そのあたりはシビアに描いてしまいました。(ハルジオンとかでもそうですが。レンが死ぬところとか。)

      ではでは、まだ序盤の『黒髪』もよろしくお願いします!

      2012/02/04 18:17:47

  • ソウハ

    ソウハ

    ご意見・ご感想

    こんばんは。お久しぶりです。
    なんか高校が色々と忙しくて大変なことに……。
    久しぶりに来ましたけど、すごい進んでいて驚きでしたヽ(;^o^ヽ))) (((/^o^;)/ナントー
    読んでいてなんか和みました。
    私も小説頑張ろうと思います。勉強しながらwww。
    そちらも頑張ってください。
    あと体調管理はしっかりとですよ~。最近インフルエンザ流行っているので。
    (・∀・)9  ガンバ!です。
    遅れましたが今年もよろしくお願いしますm(_ _)m

    2012/01/30 19:45:01

    • レイジ

      レイジ

      お久しぶりです☆
      お忙しい時にコメントありがとうございました♪

      勉強頑張ってくださいね?。
      社会人になってからなんだかんだ勉強していてよかったと思うシーンが出てくると思うので。
      とりあえず学生のうちにいろいろ経験して置いて欲しいですね。
      今なら留学とか・・。(最近本当に留学しておけばよかったと後悔する日々。。)

      話がずれましたが、インフルが流行り出した様子なので気を付けてくださいね。
      ではでは、今年もよろしくお願いします!

      2012/02/04 18:12:36

  • matatab1

    matatab1

    ご意見・ご感想

     こんにちは、お久しぶりです。
     執筆お疲れ様でした。
     グロシーンでビビった後に微笑ましいオルスとフレアに癒され、その二人をからかいつつ見守るグリスに和みました。
     結構お茶目だったんですね、アキテーヌ伯爵。

     前国王、リンレンの両親登場が嬉しかったです。真っ先に思ったのが「この二人がハルジオンの時も生きていればなぁ……」でした。未来を思うとちょっと切なくなって。

     長い間お疲れ様でした。TINAMI方も読みつつ、季節ネタなどをを楽しみにしています。

    2012/01/15 22:01:11

    • レイジ

      レイジ

      コメントありがとう☆

      楽しんでいただけたみたいでなによりです♪

      ついでに言うと、落ち着いた老人ほど若いうちは無茶してたりするんですよ・・ふふw
      グリスはそんな感じで書きました。
      (オルスが固い感じなので、バランスを取るためにお茶目にしたという理由もありますが。)

      前国王はハルジオンとの繋がりを印象付けるために急遽登場させました。
      この後の二人の姿とかを想像して頂けると嬉しいです。
      ・・不幸な結果になりますが。

      ではでは、TINAMI含めましてこれからもお願いいたします!

      2012/01/16 22:36:02

  • sunny_m

    sunny_m

    ご意見・ご感想

    こんにちは、sunny_mです。
    執筆お疲れさまでした~!
    コンチータ様も終わっちゃったのね…とちょっと淋しく感じています。
    (でもTINAMIの方もこっそりと読んでいます)

    中盤の悪食ではぞわぞわしたりもしました(笑)でも最後まで読ませていただきました。
    (ゲテモノ関連は案外大丈夫でした。スプラッタな所ではちょっと怯えてましたがw)
    面白かったです!
    バニカお姉様が自分を食べちゃうところは、怖かったけど切なかったです。
    美味しいものを食べたいだけだったのにねえ、とかそんな事を思ってしまいました。。
    そしてフレアさんとオルス君はなんだかもう可愛くてww
    やっぱりレイジさんの描く恋愛(というか女の子)は可愛いなぁ。

    それでは!今後の多方面での活躍を楽しみにしています~

    2012/01/15 13:24:20

    • レイジ

      レイジ

      ありがとうございます!
      TINAMIの方も見ていただいて・・感謝しきりです。

      グロシーンも含めてお読みいただけ手幸いですw
      苦手とおっしゃっていたのでどうかな?と思いつつ自重しませんでした(笑)
      バニカ夫人がに感情移入していただけたならこの作品成功かな、と思います。
      人間が落ちていく様子が書きたかったので・・。

      フレアとオルスはなんか使いやすいので機会があればまた書いてみたいですね。
      もしくはみのりと満みたいに別作品に出張してもらうかも?
      なんて妄想してますw
      今後の二人の姿も見守っていきたいですねぇ・・w

      ではでは、今後ともよろしくお願いします!

      2012/01/15 17:50:31

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