「沢口さん」
そして、ミクは沢口の病室を尋ねていた。
「おや、今日はミクさん一人だけですか」
「はい…」
「しかも暗い顔をして。ミクさんのことですから、ひょっとして雅彦君と何かありましたか?」
「はい、喧嘩をしたとかではないのですが…。その少し、話を聞いてもらって良いですか?」
「話を聞きましょうか」
そう沢口にいわれ、ミクは部屋備え付けの椅子に座る。
「あの、実は、雅彦さんの様子がおかしいんです」
「どんな感じでおかしいんですか?」
「はい、雅彦さんは沢口さんのことで悩んでいるのは間違いないですが、悩みの内容をどうしても誰にも話してくれないのです。最初にリンとレンが、次にルカ姉が聞いても話さなかったみたいですし、その後で、私には悩んでいるけど話せないということだけを話してくれただけで…」
話しながら、悲しそうな顔をするミク。
「…やはり、私のことで悩んでいましたか。恐らく私が検査入院で入院した時から漠然と不安はありましたが、それが私の入院が長期化するについて、じょじょに確信に変わっていったのでしょう」
「沢口さん、私は無理してでも雅彦さんに何について悩んでいるかを聞いた方が良いでしょうか?」
「雅彦君は頭が良いですから、話さないことによって精神的な負荷が大きくなるというデメリットは熟知していると思います。私の推測だと、私が生きているあいだは、話してくれない可能性は高いだろうね。だから、ミクさんは話してくれないのを前提で、雅彦君に対して何ができるか考えた方が良いと思うね。私にはそれ以上良い手を打てるととは思えないな」
「やはりそうですか。アドバイスありがとうございます。相談に乗っていただいてありがとうございました」
「何、構わないさ」
優しくいう沢口。
「沢口さんはまだ何か食べることができますか?」
「ものによるかな。すっかり食が細ってしまってね。今では消化しやすいものでないと、胃が受けつけてくれなくなったよ」
「あの、リンゴ持って来たんです。蜜たっぷりの」
そういって手にした袋を差し出すミク。確かに、袋の中にはリンゴが入っている。
「リンゴだったら何とかなるかな。それでも、ある程度小さく切ってもらわないといけないと思うけどね」
「そうですか。良かった。ここに給湯室はありますか?持ってきたリンゴを切ってきます」
「ああ、この部屋を出て右にいった奥にあったはずだ。多分包丁とまな板と皿も置いてあると思う。ただ、リンゴを切る前に看護師さんに包丁とまな板と皿の使用許可をもらった方が良いな」
「分かりました、ではリンゴを切ってきます」
そういって部屋を出るミク。一人になって、ミクがいた方向から視線を変え、向かいの壁を見る。
(…ミクさんは強いな。雅彦君の弱い所をしっかり受け止めて、その上で前に進もうとしている)
沢口はそんなことを考える。沢口は雅彦とミクと出会ってから、ずっと二人を見てきた。二人の関係は、二人で互いに支え合う関係で、沢口にはそれが理想的に見えた。どちらかが駄目になりかけた場合でも、しっかりともう片方が支えることができる。今回はミクが雅彦を支えているが、逆の場合も何度も見てきた。この調子であれば、この先も二人はきっと大丈夫だろう。
(私は、あの二人と出会うことができて、私は幸せだったな)
そう思う沢口。沢口はその運命の幸運に感謝しながらも、ミクがリンゴをむいて戻ってくるのを待つことにした。
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