数日後。
 「プロフェッサー安田」
 「クリスじゃないか」
 雅彦の病室をクリスティンが訪れていた。雅彦はまさかクリスティンがやって来るとは思っていなかったようだ。
 「今日は研究室を代表して、来てくれたのかな?」
 「いや、そうではない。プライベートだ」
 「プライベート?」
 雅彦は頭を巡らせる。クリスティンと雅彦にはそこまで個人の接点は無い。来てくれるのは嬉しいのだが、この病院は大学から近い訳ではなく、そう気軽に来られる距離ではない。
 (…まあ、良いか)
 そんなことを思う雅彦に、クリスティンは病院の自動販売機で買ったと思われるコーヒーのうち、1つを雅彦に渡す。そうしてベッドの側の椅子に腰かけた。一口コーヒーを飲む二人。
 「研究の発表の様子はどうだったかな?」
 「ライ曰く、多少緊張したが、それ程問題無く発表できたそうだ。想定していなかった質問もいくつか来たが、何とか答えられる範囲だったそうだ。プロフェッサー安田の元には話は行っていないか?」
 「全員研究の発表が通ったのは野口教授から連絡は来てるよ。だけど、せっかくクリスティンが来てくれたんだから、話を聞こうと思ってね」
 「そういえば、プロフェッサー安田は、もうすぐ退院だったな?」
 「ああ、あと数日で退院するよ、大学に退院する日を伝えたら、来年度の前期の授業の話が来たから、誰かに代理で授業をお任せする事態にはならないと思う。ただ、退院したら、野口教授から、色々と引き継がないといけないこともあるし、その次の授業の準備をしないといけないから、大変は大変だけどね」
 「そうか…」
 言葉を切る二人。二人ともクリスティンが持って来たコーヒーを飲む。コーヒーは、雅彦の好みに合わせて、クリーム入りの砂糖無しだった。
 「クリス、良く僕のコーヒーの好みを知っていたね」
 「ああ、プロフェッサー野口から聞いた」
 「そうか」
 「…プロフェッサー安田、3月9日のライブは見たのか?」
 「ああ、もちろんさ。このPCで見ていたよ」
 そういって、脇に避けてあるPCを指す。
 「そういえば、みんな研究室で見ていたのかな?」
 「ああ、私やライはもちろん、多くの学生が見ていた」
 「ライブは、どうだったかな?」
 「…ミク殿は強い方だな」
 「ああ、ミクは強いよ。それは僕も良く分かっている」
 微笑む雅彦。
 「でも、完璧じゃないのは、ライブのミクの告白を聞いていれば分かってくれたと思う。ミクのあの弱い部分は、僕や、他のボーカロイドが支えないといけないと思う。でも、僕は逆に支えてもらっていることが多いかな。ミクは色々と大変だから、僕がしっかりと支えないといけないのに、それができていないのは、ミクの恋人失格かもしれない」
 雅彦の微笑みが苦笑に変わる。
 「そんなことは無い!プロフェッサー安田は十分に強い!」
 いきなり強い調子でいうクリスティンに驚く雅彦。
 「クリス。どうしたんだい?」
 怪訝そうな表情で話す雅彦。その言葉に、我に返るクリスティン。
 「あ、いや、すまなかった」
 「僕は、強いというより変わっているといったほうが正確かな。アンドロイドの体に意識を移すことは、僕がやった当時は全く技術的に確立されていなかった。僕が初めてだったからね。だから、命を落とすか、そうで無くとも何らの異常が出て性格が変わってしまったりする可能性は十分にあった。そんな中でたった一晩考えただけで自殺行為に近い決断をする人間は、最大限に好意的に見積もって、変わり者って言葉が正確だよ。実際、僕は昔から結構人と意見が違っていることが多かったからね」
 やや自嘲気味に雅彦がいう。
 「だが、命の危険を顧みずに決断したことは十分に強いと思う」
 「クリス、ありがとう」
 その後、二人の話は続いた。

 「プロフェッサー安田、それでは失礼する」
 「ああ、気をつけて帰るんだよ」
 部屋を出るクリスティン。
 (…それにしても、何でここに来たんだろう?)
 そう思う雅彦。確かに新山の研究発表は終わったから、新山の面倒を見る必要がなくなり、クリスティンにも時間はできただろうが、あと数日すれば退院するのは野口を通じて研究室の学生には話は行っているはずだから、雅彦に会いたいなら、しばらく待てば良いだけの話である。
 (この辺に用があって、そのついでに来たのかな?)
 他に理由が考えつかなかったので、そう結論づける雅彦だった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

初音ミクとパラダイムシフト2 2章26節

閲覧数:10

投稿日:2017/02/23 22:44:52

文字数:1,850文字

カテゴリ:小説

オススメ作品

クリップボードにコピーしました