その青年の通っている大学は、主に電気関係を教えているらしかった。といっても。大学の勉強を俺が聞いてもわかるはずがない。電気関係というと、ロボットを作っているのかと思ったが、その基礎を学んでいるとのことだった。

「大学と高校や中学の違いはたくさんあるけど、一つは授業かな。高校とかは『これを受けろ』って最初から時間割があるけど、大学はそれがない。卒業に必要な単位を取るために自分で時間割を組むんだ。もちろん必修はあるけど、それ以外は同じ学科だけど会わない人も多い。最初の入学式で一度全員揃ったけど、それ以外はあんましないかな」

「高校であったような固定の教室みたいな場所はないってことですか?」

 俺が言うと、よく知ってるね、と褒められた。

「そうだよ。担任、なんて人もいないから朝礼もないし、これが一番嬉しいけど日直なんてもんもない。まあ一時限目を取ってる取ってないがあるから、揃わないのも当たり前なんだけどね」

「一時限目を取らないなんてこともできるんですか?」

「できるよ。その分、その単位はどこかで取らなきゃいけないけど。朝が弱い人はそれを取らないで別の時間のものを取ってたりする。同じ2単位取るのでも、心理学で取るのか言語学で取るのか選べるし、誰が教えるのかで取る人もいる。出席を取るとか、試験のノート持ち込み可とか、試験の過去問から楽そうな人を取るとか」

「とにかく、楽したいんですね」

「ざっくり言うとね、僕も出席がない講義しか取ってない。大学生っていうと、自由な時期でもあるから。時間の使い方を覚えて、バイトでお金も貯まって。無駄に長い夏休みを謳歌したり、免許取ったりお酒呑んだり。やりたいことをしてるってイメージかな。もう数年後はもう社会人だからね。最後にハメを外したいんだよ」

「あなたもそうですか?」

「僕かい? さあ、どうだろう。楽しいことは好きだけど、我を忘れるくらいハメを外したことはないよ」

 お酒も、お付き合い程度だし、と続ける。酔う感覚がわからないので、曖昧に頷いた。

「さて、その楽をしたい大学生の中でも、一際勉強熱心の学生Aがいる」

 青年が語り口調になる。俺は意識を青年に向けた。

「僕と同じ学科じゃないが、よく講義が一緒になってね。女の人なんだけど、多分僕と同じくらいの年齢だ。彼女の態度は、僕が評価するのもなんだけど、真面目でね。講義中は寝ないし、内職もしない。教科書もばっちり持ってきているし、ノートだってしっかり取ってる」

「なぜノートを取ってるかわかるんですか?」

「一度借りたことがあったからね。綺麗なノートだったよ。板書だけじゃなくて、教授の言ってることもしっかりメモしてた。あれをコピーして試験を受ければ、追試はないだろうね」

「これは興味ですが、あなたはノートはしっかり取るほうですか?」

「僕は、ほどほどかな。先輩から過去問も傾向も教えてもらえるから、そこまで真剣に取ってない」

「ということは、その学生Aさんは、先輩から過去問を貰えなかった、ということなんでしょうか?」

「かもしれない。断言はできない。サークルに入らないと先輩と繋がりがもてないから手に入らないということもありえるし。当たり前だけどね、大学はどうやって楽をするかじゃなくて、勉強するところだからね」

「その学生Aは、模範的ですね」

 青年は本当に、と言って笑った。見習いたいが、実行はしたくないようだった。

「続けるよ。その学生Aはノートもかなりしっかりとるくらい真面目だった。だけど、『試験は受けない』。必修はクラスが違うからわからないけど、少なくとも僕と一緒のクラスでは見たことない。ただの一度もね。でも、次の年、僕と同じクラスで講義を受けていた。それはなぜか」

 それを答えろ、ということらしい。

 俺は考える。「質問はしていいんですよね」

「当然」

「ちなみに、なんですが、あなたは答えを知っているんですよね?」

 青年は眉を動かした。「どうしてそう思うんだい?」

「じゃないとゲームが成り立たないかなと思っただけです」

 青年は頷き、そして肯定した。「僕は答えを知ってる。実際、彼女に訊いて確認したから、間違いない」

 なら安心だ。

「質問その1」

「どうぞ」

「それは試験を受けないと進級はできませんか?」

「イエス。中には追試を迫る教授もいるけど、僕が受けている講義の中にはテスト受けないと単位を出さない教授もいた」

「質問その2。テストは後日受けることは可能ですか?」

「一応、イエス。だけど、相当な理由が必要だ。インフルエンザで学校に来れなかったとか。でも、今回はそれに当てはまらないと思ってくれて構わないよ」

「質問その3。単位を取った講義でも、次の年出席することは可能ですか? 復習のためにもう一年受講するとか」
 
「イエス。単位は重複できないから、単位はもらえないけど出席は可能だ」

「質問その4。あなたと学生Aは全ての講義が一緒なんですか?」

「全部じゃない。さっきも言ったけど、必修科目は学科によって変わるからわからない」

「質問その5。単位が揃わないと出席できない講義はありますか? 例えば10単位ないと講義が聞けないとか」

「そんなものはなかったと思うな。でも、似たようなものがある。例えば心理学Ⅱの講義を受けるためには心理学Ⅰの単位が必要だとか。僕が受けている中にもあるよ、もちろん、彼女とは同じクラスだ」

「心理学Ⅰを受けてなくとも、心理学Ⅱの講義を聞くことはできないんですか?」

「いや、できるよ。単位はもらえないけど」

 ふむ。

「質問6。講義を受ける教室に入るとき、または大学に入るとき、なにか通行証はいりますか?」

「…………」

「どうしました?」

「……いや、ちょっとショックを受けただけ。僕、結構悩んだんだけど、もうキミはわかったみたいだね」

 青年は一呼吸おいた。

「答えはノー。自由に出入り可能だ」

 じゃあ、と俺は言った。

「その人は、部外者なんじゃないですか?」

部外者。もっと簡単に言えば、その大学の生徒ではない。生徒ではないのだから、出席を取られるとマズイ。だから出席のない講義しか出れないし、試験も受けられない。あれは名前を書くからだ。

 だが、さして問題なかったに違いない。彼女は講義を聞きたいだけであって、単位が欲しかったわけじゃないのだから。

青年は正解と言って肩をすくめた。

「学生じゃない人が一番頑張ってるなんて、ごちゃごちゃだけどね」

 自嘲気味に笑う。

「彼女、今、僕が行ってる大学に落ちたんだって。今は別の大学に通ってるけど、夜間らしくてね。昼の間は学生の振りして講義を受けているって言ってた」

「浪人して受け直すということはしなかったんでしょうか? 二年ということは、また落ちたんですか?」

「いや、彼女は今の大学を卒業するらしい。でも将来の夢のために、少しでもレベルの高い知識が欲しいってことで、講義を受けてるみたい」

 立派な人だ。

「本当にいい人だよ。寝に来てる学生と籍を入れ替えたいぐらいだ」

「そのひとが好きなんですね」

「ああ。好きだね」

 意外にもあっさりと、認めた。

「付き合いたいと思ってる」

「告白は」

「まだ。もう少し先だね。一週間くらいかな」

「……そこまで決まっているなら、明日にでもすればいいじゃないですか」

「ちょっと無理かな。これから一週間ぐらい、大学に行かないから。従姉妹が結婚するから、式に出るんだ。他県でね、日帰りするよりはゆっくりしたほうがいいって、長めに向こうに行くことにしたんだ」

「結婚式。それはおめでとうございます」

「はははっ、ありがとう。僕も嬉しいんだ。僕の初恋の人だからね」

「なかなか恋多き人生送ってますね」

「これで生涯二度目の恋だからね。そうでもないさ」

「どんな人ですか? その人と、結婚相手は」

「従姉妹は、エンジニアだよ。車関係の仕事をしてるって言ってた。もの凄い頑張り屋で、僕が小さいころから責任感が人一倍強い人だった。『女性だから』って言われないように仕事も相当無理してたらしいし」

「詳しいですね」

「語られたんだよ。僕が電気関係の大学に通ってるってわかると、エンジニアになるつもりかって。そんで、その相手との馴れ初めも。酒が飲める年齢だったから、お酒も入って熱く語られたよ」

「嫉妬してます?」

「……多少は。電気関係の仕事に興味を持ったのも、従姉妹が原因でもあるし」

「おかげの間違いじゃないですか?」

「どっちでもいいさ。で、結婚相手は、その会社の警備員だって」

「へー」

「従姉妹さ、さっきも言ったけど、相当無理しがちの性格しててさ。残業時間を超えて仕事してたんだって。何時間までしかしちゃいけないって決まってるのに、どうやったかは教えてくれなかったけど、抜け穴があるらしくてさ」

「…………」

「それを、警備員に見つかったらしい。でも、怒られたわけじゃなくて『無理しないように』って、栄養ドリンクを渡されたんだって。従姉妹、最初はしらばっくれてたらしいんだけど『残業時間を誤魔化して怒られるのは、上司なんですよ』って言われて、もう諦めたらしい」

「…………」

「共通の秘密があるとなんとなく距離も縮まりやすかったみたいで、それから話す機会も多くなっていったんだって。残業もあったから、二人になる機会も多かったみたいだけど、従姉妹は真面目だからね。そこで無駄話に花を咲かせるわけにも行かなかったから、相当のんびりとした歩みだったみたい」

「……その結婚相手のお名前は?」

「名前? えーと、なんだっだっけな。珍しい名前だったんだけど……逆にそれが覚えにくくてさ……工具類じゃなくて」

「カナグルイ、ですか?」

「ああ、そうそう。カナグルイ キオイさん。……って、よくわかったね」

「いえ、なんとなくそんな気がしただけですよ」



ーーその鏡音レンは、選択する その2ーー

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

その鏡音レンは、選択する その2

掌編小説。
『その鏡音レンは、選択する その3』に続きます。

閲覧数:159

投稿日:2016/09/14 23:05:22

文字数:4,180文字

カテゴリ:小説

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