それから、どうやって収容所の中に戻ったのか覚えていない。僕は夢遊病のようだった。生きている感じがしない。真っ暗闇の中を、手がかりも無く彷徨っている。自分が今、進んでいるのか、退いているのか分からない。もしかしたら、もう止まってしまったのかもしれない。ただはっきり覚えていること、はっきり分かることは、光はまったく消えてしまったのだ。僕は暗闇の中に、独り漂っているだけなのだ。
どこに住んでいるのかも、知らなかった・・・・名前でさえ、知らなかった。
僕に残ったのは、後悔と悲しみと苦しみ、そしてあの紙飛行機だけだった。紙飛行機を見るたびに、ふっと笑顔をもらしていたのは、何十年も前のことのような気がする。今、紙飛行機は、ただ僕を苦しめるものでしかなかった。でも僕は、ただの紙切れでしかない飛行機を、大事にしまっていた。それを持っていれば、また笑顔になれるとでもいうように。君に逢えるとでもいうように・・・・。
何日経っただろう。僕にはもう、百年以上過ぎたように感じられた。感覚の全てが狂ってきていた。男の声がするな・・・・。
「おい、あのガキだ。ここにいるぞ!」
ああ、そういえばこの男、一度僕を殺そうとしたっけ?
「すぐに捕まえろ!」
何人かの男が、僕をがっちりと押さえつけるように、捕まえた。僕は抵抗しようとしなかった。抵抗して、何の意味がある?僕は男達が冷たい石床の上に、自分を羽交い絞めにするのに身を任せた。
鋭い足音と、銃をガチャガチャ言わせる音が聞こえる。僕は少し顔を上げた。眼鏡をかけた、金髪の男だ。僕を見下ろして、薄ら笑いを浮かべている。何がしたいんだ?殺すなら、さっさと殺してくれよ。さあ、早く。
男は懐から、紙飛行機を取り出した。・・・・僕がしまっていたものと、同じものだ。僕は急に目が褪めた。僕は男をにらんだ。
「・・・・お前みたいな下衆が、夢なんて見るんじゃない。この大事な大事な紙切れと一緒に、失せろ!」
男はそう言い放つと、紙飛行機をビリッと引き裂いた。僕の目の前に、破れた紙飛行機が力なく、ポトリと落ちた。
「その紙飛行機は、最後の一つだ。良かったな、これで見納めだ」
兵士達はニヤニヤ笑った。僕は怒りで、手が震えるのが分かった。僕は震える手で、自分を抑えていた兵士達を振り払った。ほとんど何も考えていなかった。ただ、目の前で嘲笑しているこの男を、ズタズタにしてやりたい。
「この野郎・・・・!!!」
拳を握り締め、振り上げる。男から笑みが消えるのが見えた。僕は思いの丈全てを込めて、思いっきり男を殴り飛ばした。男は床に叩きつけられた。男の表情が一瞬だけ、悲痛の表情になった。しかし、そんなことどうでも良かった。
――今までお前に傷つけられてきた僕の気持ちが、分かるか?分からないだろう。お前のような存在は、もはや感情の無い植物と同じだ。痛いか?そりゃあそうだ。でも僕のような“下衆”に比べれば、お前の痛みなど痛みでさえないのだ。ただの報いでしか・・・・。
僕は男の上に乗っかって、また拳を振り上げた。
拳は兵士達に止められ、僕は男から引き離された。それでも僕はほとんど気づかず、必死でもがいた。男は僕に背を向けて立ち上がると、呟くように言った。
「・・・・殺れ」
男は静かに立ち去った。
僕はもがくのを辞めた。兵士達はまた抵抗しなくなった僕を、ずるずると引きずって暗く狭い部屋へと連れて行った。僕はその部屋に、まるで僕がただの粗大ゴミであるかのように、放り込んだ。
「“シャワー室”だぜ」
兵士はニヤッと笑って僕の耳元に囁くと、分厚い鉄の扉を閉じた。南京錠の鎖の音と、カチャッという小気味いい音がした。
・・・・・・・・・・・ついに僕の番が来た――・・・・・・・・・。
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