acidjazzfreakさん

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イチオシ作品

A sort of Short Story ~ by 『Light Song』 4/4

ヨットを操縦しながら、彼は思い出していた。 念願叶ってスペースシップのクルーになった。 近傍の惑星に行って簡単な講習を受けた後は、船に乗って実務をする。 生活の拠点を外星に移すことになる。 彼が故郷を離れる日。 彼女は見送りには来なかった。 来るはずがない、知らせなかったのだから。 別れは、言わなかった。 出会いも突然なら、別れも突然訪れるもの……そう勝手に決めつけた。 もしも別れなんて切り出したなら、彼女はきっと、愚直に彼を待ち続けることだろう。 それは彼女にとっての幸せじゃない。自分のことなど忘れてくれればいい……。 彼はそう考えていた。 けれど、それは彼の独りよがりだった。 そのことに、今更ながら彼は気づいたのだった。 気づかないふりをしていたのかも知れない。 彼女の、まっすぐに輝く瞳。 それを見ながら話すことから、彼は逃げた。 ミクの歌声は、彼に忘れがたい印象を与えた。 それが何故なのか、彼はようやく知ることになる。 ミクの声、表情、些細な仕草……それらの一つひとつが、彼女にとても似ているのだ。 しかし、そのことにすら気づくまでに今までかかった。 ミクの、ウォーターリリーのフレグランスが、彼に封印していた記憶を呼び戻したのだった。 故郷の未練を振り払うごとく、彼は無意識に、思い出さないようつとめていたのかも知れない。 ――オレは、なんて愚か者なんだ。 自分自身に呆れ果てつつ、ディスプレイに映る青い惑星を眺める。 彼女は、身近なところにある素晴らしいものを発見する才覚に優れ、またそれらを大事にしていた。 当時の彼には、その感覚は分からなかった。 それ故に、彼女の感覚は単なるノスタルジーに過ぎないと思っていた。 ――宇宙へ、未来へ飛び出す人類に、そんな後ろ向きなものは必要ない。 そう思っていた。 けれどその心の奥底で、彼はそんな彼女を尊敬し、あるいは怖れていたかも知れない。 目の前にある事象を素直に受け止めるということは、実は難しいことだ。 故郷を後にして宇宙船乗りになった今、彼は故郷に一度も帰ったことがない。 帰ろうと思えばいつでも帰れる距離にいるのに、故郷に帰らないのは、彼が夢を実現できずにいることに対する気まずさがある。 帰ってしまったら、“負け”を認めたことになる。 だから、帰るわけにはいかない。 でも。 本当に、そうなのだろうか? 古臭くて発展性のない、滅びゆく存在と見限った彼の故郷。 帰ったら、幼い頃に馴染んだ風景や空気が、彼を包むだろう。 それは、夢敗れたことなど不問にして、彼に何かしらの感傷を与えるに違いない。 その居心地の良さに、彼は二度と宇宙へ出ていくことは無くなるかも知れない。 宇宙へ出ていくことは、彼の幼い頃からの悲願だったのだ。 ♪ ♪ ♪ 目的の星がレーダーに入ってくる。 彼の左肩に凭れた頭が、もそっと動いた。 コバルトブルーの髪がふわりと宙に浮き、彼の鼻先をくすぐる。 ちらりと横を見ると、ミクが顔を上げてモニターを見ていた。 嬉しそうな顔で、モニターに映る星の光を目で追っている。 もう少しで着くからな―― そう言おうと思った矢先、じんわりと滲むように、コクピットの中に音が満ち始めた。 モニターには星が無数に見えている。 その星たちの光が音を奏でているような、不思議な感覚。 はじめは、微かな音。 質量のある物を地面に落とすような、くぐもった低音。 それが、規則的に打たれている。 ヨットが、星の重力に引っ張られて加速する。 通常なら、ラムジェットを逆噴射して制動をかけながら、周回軌道に載せるべきなのだ。 しかしその時は、なぜかそうしなかった。 自由落下に任せて、一刻も早くその星に辿り着きたかった。 低音に、シンセサイザーのような音が重なる。 音は、速度と同期して、速いBPMで流れている。 心臓の鼓動が、それにつれて早くなる。 得体のしれない焦燥感が、彼を支配していた。 ――ライブに遅刻しそうなミクを乗せているためか? たぶん、そうじゃない。 着いたら……そこへ着いたら、やりたいことがあるんだ。 彼はディスプレイを油断なく見つめ、軌道を整えながら、ヨットを落下させていく。 「掴まってろ」 ミクが、彼の左腕にぎゅっとしがみつく。 成層圏に突入する。 いつものミッド・シップの3倍くらいの衝撃が、彼らを包む。 ♪ ♪ ♪ 彼の頭に、声が聴こえる。 よく知っている、少女の声。 ――(本当に、大切なものっていうのはね。) その声に、ミクの声が重なる。 ――(じつは、とっても身近にあるものなんだって。) ミクは、音に合わせて口ずさむ。 ――(危険な目に遭わなくたって、高いお金を払わなくたって、) 彼がもう一度聴きたいと願っていた、あの曲。 ――(案外、誰でも手に入るものなんだって。) 心拍数と呼応するように、ますます早まるBPM。 ――(でもそれは、『カンタン』じゃないし、『お手軽』っていうのでもない。) 爪先まで響き、疾走するトランス・ビート。 ――(けど、『身近』にある。在るのに気付かない。) 頭の中を、優しく撫でるように、ミクの高音が駆け抜ける。 ――(見えていないだけ、なんだって。) エッジの効いた矩形波が、高揚感を駆り立てる。 ――(だから……) 船が成層圏を抜けた。 ♪ ♪ ♪     君に会えたキセキは     想い出なんかにしない     また笑い合って     繋いだ手は離さないよ…… ヨットを停止させ、ハッチを開く。 ミクが飛び出すように外へ出る。 「間に合いそうか?」 「大丈夫、まだ少し時間があります」 ミクはにっこり笑って、駆け出した。 その背中に、声をかける。 「ミク、ありがとうな」 「?」 振り返ってきょとんとするミクに、早く行け、と促した。 ミクの後ろ姿を見送りながら、彼は思う。 ――ミクのライブを観終わったら、あいつを探そう。 あいつに会って、黙って星を出たこと、ずっと音信不通だったこと、謝りたい。 ――あいつはもしかしたら、オレのことなんか忘れたかも知れないな。 でも、それでもいいんだ。 遅いかもしれないけれど、ずっと気付かないよりもマシだ。 ――もし許してくれたら、あいつと一緒にまた星を見に行きたい。 そして、ミクのコンサートにも一緒に行けたらいい。 ここへ戻ってこれたのは、ミクのおかげだもんな。 彼はあらためて、かつて生まれ育った星の景色を眺めた。 ――こんなに美しい星だったんだな…… 空は5年前と変わらず、美しく澄み渡っていた。 fine

これでおしまいです
ここまで読んで下さった方、ありがとうございました!
投稿日時 : 2010/10/04 23:03

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