“雪菫の少女”が投獄されたという知らせは、城中の人間に衝撃を与えた。噂は国中に広まり、ついには他国にまで知れ渡ることとなった。
曰く、この戦は全て“雪菫の少女”の企てだと。
曰く、“雪菫の少女”はその信頼をいいことに王を誑かしたと。
曰く、真実を知り、王に知らせようとした歌姫を暗殺したと。
噂だけが広がり続ける中、真実を知ろうと少女に面会した者もいた。しかし無駄足に終わる。牢に投獄されて以来、少女はまるで抜け殻のようになっていた。面会した者が何を問いかけても薄く笑うだけ。口をつく言葉は意味なき問いかけばかり。
例えば「ねえ、陛下は笑ってる?」と。
例えば「ねえ、あの女は死んだ?」と。
ねえ、ねえと誰彼構わず、人に壁に語りかける少女。次第に誰もが気味悪がるようになり、噂は真実となっていった。
彼女はただ一人に愛されたくて、 重ねた。
やがて人々が皆噂を真実と認めるようになった頃、国王が一つの命令を下した。
「自らを誑かし、歌姫を殺した魔女を殺せ」と。
最後の夜、彼女は格子越しの月に問いかけた。
「ねえ、ねえ。三日月、私の手汚れてる?」
わからないの。もうずっと、まっかにそまっているから。
最後の朝、彼女は格子越しの太陽に問いかけた。
「ねえ、ねえ。太陽、私の血は赤い色かしら?」
わからないの。もうずっと、じぶんのちをみていないから。
#
「気味が悪いぜ」
ぼそりと呟く同僚に、諫めるように視線をやった。
「よせよ。僕らの上司だった方だぞ」
「どうせこんな調子じゃ聞こえてねえよ」
そう言って視線をやる。僕もその視線を追って、牢の中を見た。
「……ふふ、ふ…」
かつて“雪菫の少女”と呼ばれ恐れられていた人とは思えない。そこにいるのは、哀れな一人の少女だった。
「…とにかく連れて行くか」
溜息混じりに呟いて、同僚は牢の鍵を開けた。中に入る。
「団長。お迎えに上がりました」
「…お前な。もうこの人は団長じゃねえんだぞ?」
「…だって、名前知らないし…」
お前はどうなんだよ、と訊ねれば、「う」とそいつは言葉に詰まった。
「だろう?」
「…そんだけ有名だったってことか。かつての英雄も、今は単なる名もなき犯罪者…か」
可哀想に。飄々とした言い方とは裏腹に、表情はどこか憂いを帯びていた。
彼女を伴って牢の外へ出る。歩くたびに、手と足に繋がれた鎖が硬質な音を立てた。痛々しく見える光景だが、彼女は気にも留めていない。
その視線が不意に看守達に向かった。薄く微笑む。びくりと看守達は後ろに仰け反った。その様子から、彼女がどれだけ恐れられていたか容易に想像がついて、僕は気取られぬよう溜息をついた。
戦争は“雪菫の少女”の企て。今では事実として扱われているそれを、僕は未だに信じることができずにいる。けれど同僚が彼女を捕まえた時、彼女の部屋には他に陛下と歌姫しかいなかったという。陛下は歌姫に心酔していたから殺すなんて有り得ない。何より彼女の部屋から歌姫にかけられたらしき魔術書が出たことで、彼女の罪は決定的になった。
「そういえば、あの呪いを解く魔術は見つかってないんだってな」
「ああ、そうらしいね」
魔術師長によると、あんな呪文は見たことがないそうだ。この人はどこであれを手に入れたのだろう。
「………」
話題の中心であるはずの団長は、薄く微笑んだまま視線を宙に彷徨わせている。僕達の言葉を聞いているのかも分からない。しっかりと腕を掴んでいなければその場に立ち止まってしまうのではないだろうか。
「団長、外へ出ますよ」
同僚が声をかけた。反応はない。分かっていたのだろう、軽く肩を竦めただけで彼はそれ以上何も言わなかった。
#
処刑場である城門前の広場には、大勢の民衆が集まっていた。少女が現れた瞬間に、その場が静まり返る。だが次の瞬間には怒声と罵声が響き渡っていた。
「人殺し!」
「この魔女め!」
「お前のせいだ!」
「あの人を返して!」
少女が断頭台の傍に立つ。「静まれ!」と執行人が叫んだ。
「陛下の御前であるぞ!」
と。それまで何の反応も示さなかった少女の肩がぴくりと動いた。その顔を背後に向ける。
城門の上、普段は見張り人が立つ場所にその人はいた。
「 」
国王の唇が動いた。少女はそれを見て柔らかく微笑む。
「 」
少女の唇が動いた。国王の表情が僅かに驚愕を浮かべる。
「 。 。 」
「“雪菫の少女”を処刑台へ!」
執行人の声に、兵士が動く。少女は再び前を向かされた。
へいか、わたしはあなたとであえてよかった。
あなたをあいしてる。
「国を脅かした魔女に断罪の剣を!」
裏切り 悲しみは 彼女の中で浄化されてゆくの
彼女は微笑み 愛する者の前で んでゆく
或る詩謡い人形の記録『雪菫の少女』第七章
空白が多くて読みにくかったらすみませんorz
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