Ace Kileer '69 ~ショート・ストーリー~

投稿日:2009/12/30 16:52:53 | 文字数:1,204文字 | 閲覧数:869 | カテゴリ:小説

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1969年。

「そう遠くない過去の話でしょ? でもそうね、あなたには歴史的に遠すぎる過去かもしれないわね」
母親の姉が乾いた笑みを浮かべながら言った。

学生運動が盛んだった1月、母親の姉が当時付き合っていた男が逮捕された。
「そんなに珍しいことじゃないわ。だってあの現場にいた殆どの学生は逮捕されたのよ。
 確か600人以上。逆に逮捕されなかった方が珍しいわ」

ビートルズがアップル社の屋上で実質的に最後のライブを行った日に彼は釈放された。

出所後、彼は大学を退学し新聞関係の仕事に就いた。
しかし理想と現実のギャップは彼の想像していた以上に酷く、徐々に内気な性格に変わっていった。
「きっと私がいけなかったのよ。彼の変わった言動をちゃんと見つけてあげられなかったの」
母親の姉はマルボロ・メンソールに火を点け一度だけ煙を吹かすとそのまますぐに灰皿の淵に置いた。

心配になった母親の姉は彼を病院に連れて行き診断を受けた。
初めは軽いうつ病と言われたが、その日を境に彼のうつは日に日に酷くなっていった。

アポロ11号が人類初の月面着陸に成功した日から4日後、彼はロボトミー治療を受けた。
「本人には何の手術か教えなかったの。だって彼ならきっと反対してたもの。
 でもね、あの時はそうするしか方法がなかったの。あなたのお母さんにも暴力を振ったのよ」

ウッドストック・フェスティバルが開催されている頃、事件が起こった。
「手術自体は成功だったわ。後遺症もなかったし、彼の性格も一時期に比べ安定していたし…
 でもね、二人で夕日を見てたいたの。別に特別な場所からじゃなく、当時住んでいたアパートのベランダでね。
 彼は表情を変えないでただ夕日を眺めていたの。でも泣いていたの。表情が死んだまま一筋の涙が頬を伝って零れていたの。
 きっと感情も死んでいたんだと思うわ。夕日を見ても綺麗だと思わえなくなった。
 ”ただ夕日が沈んでいる”程度の事しか理解できなかったの。
 それを不意に本人も気付いちゃったみたいなの」

それから2日後に彼はそのアパートから黙って出て行った。
それ以来、母親の姉はその彼を一度も見ていない。

「正直に言えばね、翌年の春に彼は自殺したの。私は人伝に知ったわ。でもあなたのお母さんには教えていなかったの。
 それで何年かして、彼が自殺した同じ時季に現場に行ってみたの。そしたら辺り一面が黄色い菜の花でいっぱいだったわ。
 でも彼はそんな菜の花畑の光景さえ綺麗だと思えなかったのよね」

母親の姉は灰皿からマルボロを取り一口だけ吸うと灰皿の中央でマルボロをもみ消した。

僕は彼の感受性の欠落について考えてみた。そして何故、僕のお母さんの通夜でそんな話をしたのか考えてみた。
しかし答えなど出てこなかった。始めたら答えなど無いのかもしれない。

「私が彼を殺したようなものよね」

0-9の作詞担当をしているアサキです。

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