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響奏曲 -01-

【序】因と果の律をすり抜ける



 軽く瞼を下ろし、身体から余分な力を抜く。意識からも同じく。ただ在るがままに、在るだけのものに。世界と己の境界を曖昧に、世界に溶け込み、世界と溶け合う。

   時の砂 流れ 落つる
   夜告げ鳥の かそけき 囀り

   天に実る 星を もいで
   泉 湧いた 酒に 蕩かす

 柔らかく、けれど強く支える低音。夜と朝の狭間のような、一番深く予感めいた藍(アオ)の音。ゆったりと深く紡がれる声。練り上げた魔力と呼応して、其処に場を作る。
 場の中央を成すのは、一人の術士だ。蒼い髪、蒼い瞳の青年。白い長衣にも青のライン、首元に巻いた長布も青なら、釦(ボタン)に嵌め込まれた飾り石も蒼い。ただ長衣に施された装飾の黄と、胸に下がる小さな鈴の赤だけが鮮やかに彩り、それがまた色味の違う青達を引き立てる。

   黄金(こがね)の 枝葉 さざめかす 森
   白銀(しろがね) 流る 遡上する 滝

   足元 空に 魚 沈む
   パイの 中に 弾け散る 虹

 蒼の術士は、魔力も蒼い。濃密に縒られた魔力は視覚化する。繋がれていく呪文節を導くように腕を泳がせ、指で辿り、軌跡を残す蒼い魔力が、構築された術式のパーツを紡ぎ合わせていく。
 そうして、細やかなレース織りのように、花嫁の絹綾のように、術式が編み上げられていく。赤い鈴が反応し、リン、と澄んだ音を立てる。

   昨日が 今日の 次に 転がる
   明日 出逢った さかしまの 夢

   そらを覆う 被膜 破れ
   くるり くるり 流転を 始めよう

「カイト」
 不意に女の声がした。抑えて、抑えて、だけれど堪らず――そんな音で、ただ一言、名を紡いで呼び掛ける。
 今や半透明の蒼い球体に包まれた術士が、その声に応えて視線を向けた。緊張の面持ちで唇を引き結ぶ彼女の、泣き出す一歩手前のような、何かに祈りを捧げるような、それでも確かに信じるような、複雑な思いと強い光を宿す瞳に揺るがず向き合う。場の魔力は臨界を超え、凝縮され圧縮されて渦を巻き、発動の鍵を待ちわびて唸りを上げている。
「行ってくるよ、めーちゃん。――姉さん」
 場違いに穏やかな声で、無邪気な子供のように人懐こい笑顔で、カイトと呼ばれた術士は告げた。応えて女性もこくりと頷き、何処か肉食獣めいた笑みを返す。
「しっかり頼むわよ、カイト。こっちは任せなさい」
 獰猛で、しなやかで、力強い笑みだ。立ち行く者に絶対の信頼を覚えさせる笑みだ。術士は刹那、眩しげに目を細める。
 そして深く息を吸い、最後の呪文節を蒼い力の奔流へと差し入れた。

   因と果の 律を すり抜け
   何処かの 彼方
   此処ではない 何処かへ!

 終わりの一音が耳に届くか否か、僅かの間も置かず。完成した術式は皓(こう)、と輝き、爆散し同時に収束し、一瞬より一刹那より尚短い細切れの刻に、圧倒的な存在感を灼き付けて。
 そして、消えた。

 がらん、とした部屋に、術士の姿は既に無い。旅立ちを見送った者の姿だけが、ぽつりとひとつ、残るばかり――。



 * * * * *



 世界を転じる最後の瞬間、祈り願う声を聞いた気がした。
『カイト。どうか――』
 震えるほどに深く真摯な、そんな。空耳だろうか。
「……大丈夫だよ。姉さん」
 聞く者の無い囁きを、聞いた気がする祈りと同じ色でそっと紡いで。術士は眼前に在るものに意識を切り替えた。
 其処に在るのは、光る闇。全き黒、世に在る全ての色を内包せし黒、漆黒。つるりと艶やかでさえあるぬばたまの闇。それが果ても無く広がり、術士を包む蒼い魔力球を抱いて流れる。否、流れているのは術士であって、"それ"は停滞しているのだろうか。解らない。ヒトの視界と思考を超えたところに、"それ"は在る。
 あまりにも確固と、ただ在るばかりの深淵は、人智を超えて畏ろしい。いつ終わるとも解らぬ、永劫続くのではないか、いやそれどころか、自身もまた同じ処に滞っているのではないのか、そんな疑念を掻き立てる。おそらく並みの人間ならば、幾らも保たずに狂ってしまうだろう。
 しかし術士は怯える事なく、仄かに微笑すら浮かべていた。取り巻く闇は変わらずとも、"向かって"いると確信していた。それは理屈ではなく、ただ心底からの信頼に依って。
 世界を転じ、異界へ渡る術式。誰もが在り得ないと鼻で嗤い眉を顰めるそれを、姉はずっと研究していた。その姿をずっと見てきた。理論ならばとうに完成し、けれど安全の確証を持ちようがないと実践はさせずにいたのを知っている。
 だから、大丈夫。
 ほんのひとかけの不安も、術士の中には存在し得なかった。術式はきちんと発動している。それは術を扱う者には、感覚で解る。ならば、何も心配する事は無い。術式自体が誤っている、という事は無い。絶対に。
 揺るがぬ彼に応えるように、やがて闇の中にぽつりと小さな光が灯った。見る間に眼前に大きく広がる、青い蒼い輝き。何故だか懐かしい、郷愁にも似た感覚を抱かせる、美しいひかり。

 因と果の律をすり抜けて、光る闇を渡る。
 そうして辿り着いた蒼い異界、そのひかりの内へ、蒼の術士は融け込んでいった。

『メインルート』本編、いよいよ開始。
「前のバージョン」で続きます。

 * * * * *
【シェアワールド】響奏曲【異世界×現代】http://piapro.jp/collabo/?id=15073
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投稿日時 : 2011/09/17 21:56    投稿者 :藍流

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