ある雨の降る夜、路地裏で出会った少年。名はテラス(terras)といった。
雨に濡れて汚れた猫のような、この少年をふと飼ってみたいと思った私は傘を差し出し、部屋へと招いた。

 知らない人に付いて行っちゃダメよときつく言う母親の懐かしい顔が思い浮かんだ。付いて行くどころか、娘が年端も行かない少年を連れ込んだと知ったらどう思うんだろうか?いいんだ。男にフラれた時くらい、ちょっとくらいおかしくなるものなんだ。どうにでもなっちゃえ!

 そんな事を考えて、ふふんと笑いながら少年の頭をタオルでがしがしと拭いてやる。泥で固まった髪に指が絡まって、少年は少し痛そうな顔をした。
 つけっ放しのニュースからは、この所躍進を続ける宇宙開発事業団の輝かしい功績が左から右へと抜けていった。

 お風呂に入れてあげると、意外と少年は小ざっぱりとした可愛い男の子になった。いや、元々猫を思わせるくりくりとした目と、ふわふわしてそうな猫っ毛はなんとなく分かっていたものの、こうも変わるとなんだか嬉しい。
 いたずらに私も裸で一緒に入ってみるものの、少年には何も変化が無かった。いたずらにしたって、ちょっと勇気を奮ってみたのに、拍子抜けだった。

 せっかく飼う気になったので、親がいるのかなんて気の利かない事は利かない。名前だけ聞いて、「君は、私の家の子になるの」って言ってやった。少年はというと、良く分かってないような感じで首をかしげただけだった。
 可愛くて思わず抱きしめたのは言うまでもない。

 少年はよく食べた。そして良く寝た。放っておくと、いつの間にかソファで丸くなって寝ている。ついつい微笑ましくて、その柔らかい髪の毛を撫でてしまう。

 気づけば、家に帰るのが楽しみになっている自分がいた。デザイン会社のキャリアウーマンとして深夜まで働いていたのが嘘みたいに、就業時間の終わりを今か今かと待つようになっていた。
 「お帰りなさい」の一言と、待ってましたとばかりに向けられる笑顔が、こんなにも人を変えてしまうのだと、私はそれまで自分でも知らなかった柔らかな笑みで少年の頭を撫でながら思うのだった。

 私は、良く少年と二人で出かけるようになった。季節モノのイベントには必ずといって良いほど参加した。桜並木を一緒にサイクリングし、満開の桜の下でお弁当を食べ、夏祭りには新しい浴衣と、じんべえで出かけて、両手に屋台で買った食べ物を一杯に抱えて。ちりりんと涼しげに鳴る風鈴を、テラスは事の外喜んだ。

 冬にはわざわざ東北地方まで繰り出して、雪だるま一家の家をかまくらで作った。近所の子供に混じって雪合戦もした。子供は機敏だ。私だけが集中砲火を受けてしまった。テラスまで一緒に私を攻撃するんだから、子供の団結力は時に残酷だと思った。

 楽しい季節は、光陰矢のごとしという言葉がピッタリと当てはまる速さで駆け抜けていき、私は20代も残すところあと2年という所まで来ていた。

 友達が次々と結婚して行く中でも、私はあまり焦っていなかった。別に結婚に意義を感じてなかったからというのもあったけど、そんな事より重要な悩みが私にはあったからだ。

 私はどうも、かなり年下であるテラスの中に男を感じ始めてしまっているらしい。回りくどい言い方をすると、思春期まっさかりの少年に胸キュンしちゃってるというか、なんというかもうね。昔は可愛い弟って感じだったのに、いつの間にか背丈は私を越して、力もついてきて。

 2年前から一緒にお風呂には入ってないというのに、時々チラッと覗く腹筋あたりとか、色白な肌とか、意外としっかりした手とか、なんかどうでもいい所にときめく。

 それに、この頃のテラスは、なんだか神秘的な雰囲気がある。どこか超然としてて、揺らぎ無い。かと思えば、相変わらず猫のようにじゃれついてきたりするから始末に終えない。ギャップ萌え?とかいうのかなぁ。

 単刀直入に表現しよう。どうしよう。多分、今までに無いほど本気で、私はテラスに惚れているらしい。確実に10歳は離れてるのに!?どうしようどうしようどうしよう。って言ったってどうしようもないよ。
 テラスに他に行く宛てがあるわけじゃないし、私だって、テラスを手離すなんて、きっとできない。

 この気持ちは、いずれ、限界が来る。
 そして限界は、呆気なく訪れた。

 今、不肖私28歳OLの隣には、全裸の少年がすやすやと眠っているのであり、これまた私も一糸纏わぬ姿でガンガン鳴り響く脳内の鐘に耐えているのです。
 早くも全力全開で後悔が襲ってきた。後悔する項目は数多くあるが、一番後悔しているのはこういう関係になった事では実は無い。いずれこうなった、それは多分どうしようもなかった。そうじゃなくて、覚えていない事こそが、一番の後悔だった。

 酒飲んで、ムラムラしてやった。後悔はしている。

 テラスは、その日から、弟でもあり、恋人にもなった。

「うん。僕、君の事が、好き」

 始めて、テラスが私の事をお姉ちゃんではなく、「君」と呼んでくれた。その日は仕事を休んで、一日中イロイロとした。色々だよ。

 二人の関係は、より自然になった。そう私は感じていた。今まで、お互いに好きで、触れ合いたかったのに、それを無理やり我慢していたんだから。
 特に何をするわけでもなく、肌を触れ合わせている。それが、私達の自然な距離感だ。

 こうなってみて、分かった事がある。テラスは、どこともなく虚空を見上げている事が度々ある。その時は私に意識が向いてないから、よく分かる。

 それと、ニュースに強い関心があるらしい。食事中でも、ニュースが始まると時々手が止まる。私なんかは、興味が無いからもっぱらテラスの顔ばっかり見てる。

 ・・・のろけなんかじゃないんだからね!

 ニュースからは、地球の鉱物資源が底をついただの、次の鉱物資源の確保は火星が有力だとのいった話題が上がっている。政府は、本格的に宇宙開発に乗り出して、各国に先んじて宇宙探査艇を飛ばすのだと意気込んでいる。

 でも、私には関係の無い話だと思う。そういう計画は、世代を超えて進むものだから、私が生きている世代には直接の影響は無い。

 そう思っていた。



 テラスと出会って、丁度5年目。私達は、テラスの誕生日を祝う。本人が自分の誕生日を覚えてなかったから、私と出会った日を誕生日にしたのだ。

 未成年のグラスに琥珀色のシャンパンを注ぐ。しゅわしゅわと、気持ち良さそうな音が部屋に小さく弾けた。青いテーブルクロスをかけたテーブルには、所狭しとテラス自慢の料理が並んでいる。

 お恥かしながら、私に料理スキルは無いのだ。

 キンと硬い音を発ててグラスとグラスをキスさせた後は、バースデーケーキに立てた16本のロウソクに火を灯し、部屋の電気を消した。
 テラスの口が僅かにすぼんで、16個のゆらめく炎は細い紫煙を残して消えていった。

 月明かりに照らされた部屋の中で、二人は気恥ずかしそうに笑い合い、引き寄せられるように唇を重ねた。しっかりと抱き寄せられ、胸が高鳴る。
 その全ての行為が自然であり、どこにも気取った所が無くて、どことなく神秘的な雰囲気の中、私は僅かな衣擦れの音をさせて服を脱ぎ去った。

 
 街の灯りが空高くまで照らしているのに、その日開けっ放しの窓から見える空には、満天の星が輝いていた。

 その夜、肌寒さで目を覚ますと、テラスがベランダで星空を見上げていた。その顔は、何故かとても悲しそうに見えた。

 そんなはずない。昨日は誕生日だったんだから。悲しむ事なんて、何も無いはずだから。

 頭を抱え込むようにして苦悩の表情を浮かべるテラスは、なんだか私の知らない人のように見えた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

I bilieve ~地球の見た夢~ 前半

同名の歌詞を考えていた時にできたイメージから、短編小説を書いてみました。

閲覧数:174

投稿日:2009/05/23 19:31:55

文字数:3,213文字

カテゴリ:小説

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