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  • 猟奇世界名作劇場 柴犬角地さん 閲覧数:76
    2009/12/22
    01:30

    「ぱとらっしゅ、僕はひどく眠いんだ…」ネロは凍て付く教会の祭壇の前に倒れて、すぐ傍に顔を寄せて蹲っている年老いた飼い犬に夢うつつのような気持ちで話しかけていました。「ごらん、これがルーベンスの絵だよ、僕はこの絵を見られただけで満足なんだ…もう冷たい人たちにはうんざりしたよ。僕は早く眠りたい、このまま静かに消えて行きたいんだ…」「ほう、そうなのかい、お前さんはもうこの世に未練はないってか?」そのとき、祭壇の奥から出し抜けに元気の良い、老人の啖呵見たいな声がネロの弱った心臓に飛び込んで来ましたので、すでに死にかけているにもかかわらず、ネロはびっくりして飛び上がりました。「だだ誰ですか?あなたは。神父さまですか?」「神父だって?冗談いっちゃいけない。俺様はお前さんの大好きな超天才画家のルーベンス様よ。お前さんは何かい?お前さんはせっかくこの世にオギャーと産まれて来たのに、このままこんな寒いとこでおっ死んじまって、それでいいとホントにおもっているのかい?」ルーベンスを名乗るその男は、渥美清が七十五歳を越えたような顔をして、祭壇の前でまばゆい光に包まれておいででしたので、ネロはそのお姿を垣間見ただけでもうたまげてしまって、口を激しくぱくぱくさせながら「あうあう、はうっ、はうぅっ」と、声にならない呻きをあげながら、とめどなく涙をながすのみだったのでした。「お前さん、何もそんなに泣くこたぁねえよ、こまった野郎だな~ったく…いいからちゃんと俺様の言った事に答えてみな。お前さんは本当に、ほんとうにこのままあの世にいっちまっても後悔はしないのかい?どうなんだ?」「あうぅ…はあ、はうぅっっ、ぼぼぼくは、ずひっえぐっえぇっ、ぼくは…」ネロはもう悲しくてかなしくて、やりきれなくなって、泣いて泣いて、それこそ泣いて、泣き狂うしかありませんでした。パトラッシュはネロの足元で喉も裂けよとばかりに、血の涙を流しながら力のかぎり吠え狂っていました。「わかったわかった、もうわかったからいい加減にその泣きべそは堪忍してくんねえかな、さすがの俺様もそいつにはかなわねえや」ルーベンスはもう困りきったというふうに肩をすくめ、吠え続ける老犬に向って「シッ!お前は少し静かにしてろっ、この畜生が!」と一喝しました。「あー、お前さんの、その才能というやつはだな、その、なんだな、そいつは神が与え給うたものであってだなあ…」ルーベンスは、あまりに犬がうるさいので、泣き狂うネロに慰めの言葉をかけようとしましたが、気の利いた言葉がなかなかでてきません。するとそのとき、教会の屋根が突然、八つに引き裂かれて、天まで筒抜けになった大広間に、まばゆい光が燦然と降りそそいだのでした。「チッ、なんだよなんだよ、早すぎんだよッタク」それを見るなりルーベンスは舌打ちして天を睨みました。「うえぇ、うえ…あれあれ、あれは何ィッ?」ネロは滝のように流れる涙の向こうに、凄まじい輝きを見出して、つい我を忘れて叫び声を上げました。「キャイ~ン」老犬は尻尾を足の間に意気地なくはさみ、おびえ切って血の涙を滝のようにながしていました。「とうとう来ちまったか、お迎えが」ルーベンスはがっかりした様子でつぶやき、ネロへと近づいて行きました。「お前さん、とうとうあの世からお迎えが来ちまったよ、本当に残念だったな。俺はその…お前さんさえやる気があったら、何とかなるんじゃなかろうかと思って、まあ死んじまわずに済むかとか思って来てみたんだけどねぇ~。どうもそういう話じゃなかったようだな、すまないね」すっかり青天井になった大広間に、天上からまばゆい光に包まれてゆっくりと降りて来る空飛ぶ円盤みたいなものは、燃え盛る巨大な火炎に包まれていて、周囲を大きな翼みたいなものが取り巻いていました。「う、うわぁ、火の玉だぁ」「きやがったか、あれは燭天使どもの戦車だよ、あいつら、まったく無粋な連中だよな、そう思わんか、ネロ?」教会の中に、猛烈な熱風が吹き渡り、錆びた鉄を思い切り噛んだような強烈な臭いが立ち込めると、真っ赤な甲冑を着込んだ大きな翼たちが、手に手に輝くつるぎをもってネロと老犬へ近づいてきました。「こ、これが、天使様なの?」ネロはぶるぶる震えながらルーベンスに尋ねました。「まあ、そうらしいね。俺がそこの絵に描いた天使どもとはずいぶんと見かけが違うみたいだけどなあ。あいつらのあの鎧は、なんか十字軍の甲冑みたいだよな、妙な格好できやがったもんだよ、ッタク」燃え盛る火の戦車は、祭壇の前に倒れたネロとパトラッシュのなきがらの、ちょうど真上で停まり、ゆっくりとコマのように廻っています。「輪の中に、もう一つ輪がある!」ネロが叫ぶと、ルーベンスはムツカシイ顔をして「そいつはエゼキエル環っていうのさ、なかなか見られるもんじゃあない」と言いました。その時、大きな翼をもつ者の一人が、ネロの腕をつかんで激しく火の戦車の方へと引っ張りました。「うひゃあ、あ、あついいたい、ボク、しんじょうよ~」「ネロ、お前さんはもう死んでんだよ」ルーベンスは首を振り振り、つぶやきました。「こんな輪っか、どこにも乗るところがないよ、ぼく困るよ!ヤメテ」大きな翼を持つ者は、有無を言わせぬ力で、震え上がったネロを強引に輪っかの中へと引きずりこんで行きました。「キャイ~ン」老犬は、凄まじい熱に怯えてうろうろと走り回りながらも、意を決したように主人が引きずり込まれた猛炎の中へと飛び込んでいき、たちまち見えなくなりました。火炎は一段と激しさを増し、ルーベンスは一人祭壇の前で立ちつくして、もうはや見ている事しか出来なくなりました。まるで太陽のように燃え盛る戦車は、ゆっくりと回りながらネロと飼犬のなきがらを残して天上めざして浮き上がっていきます。「ふん、もうお出かけかい、ご苦労様なこった…」そのときルーベンスは火の塊りの中に、すっかり面代わりしたネロの姿を垣間見ましたが、なにやらローマ風の長衣に、冠を頂いて、竪琴か何かを抱えていましたので、かれはあきれつつ「なんだ、ありゃあ」と独り言をいうしかありませんでした。火の戦車は、アントウェルペンの街を下に見ながらゆっくりとフランドル地方の小さな村ホーボーケンへと向かっていきました。すると、燃え盛る戦車の下の町のあちらこちらから、真っ黒い煙と炎の舌が広がりはじめ、街は瞬く間に火の海へと化して行ったのです。ネロは燃え盛る戦車の窓辺で、手にした竪琴をかなでながら、さも心地よさげに歌を歌っておりました。
    Bring me my bow of burning gold!
    Bring me my arrows of desire!

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