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【小説版】改造歌姫アペンダー02

(一) 碧の髪の少女


 目覚めると、六角形に配置されたライトが眩しくボクを照らしていた。


 背中に当たる「地面」は冷たく硬い。身動きを取ろうにも、鉄の鎖によって両腕と両脚を拘束されているために、首を回すのがやっとの状況だ。ここはどこだ。何故拘束されているのだ。…ボクは誰だ。


 僅かに動く首を回し、辺りを見回しても、ライトが作り出す光の壁が視界を遮る。様子をうかがい知ることはまるで出来ない。しかし、ここが部屋の中であることは間違いない。


 普通ではない状況を悟ったボクはひたすらに足掻いた。どれほど長い時間続けたのかもわからない。一分だったかもしれないし、一時間だったかもしれない。鎖が喰い込んだ腕と足は酷く痛んだ。やがて疲労と眠気がボクを襲い、絶望の淵に立たされた気分だった。


 ボクは死ぬのか。


 意識が朦朧としていく中、何処からか声が聞こえた気がした。誰かの名前を呼んでいる。光の壁の向こうにある暗闇の底から、深い残響と共に、ボクの鼓膜を僅かに震わせる。


「鏡音リン」


確かにそう聞こえた。声は言葉を続けた。


「鏡音リンよ。お前はボーカロイドとしてよく働いた。だがその力は我がクリプトニアにとってゴミ同然。更なる力が欲しいとは思わないか」


 何もかもがわからないボクは、その言葉に疑問だけが浮かぶ。疲れきった身体でボクは声を絞り出す。


「オマエは誰だ!ここはどこなんだ!ボクは…鏡音リンなのか!?」


 声はボクの質問に答える気はない。


「更なる力を我がクリプトニアに捧げよ。そして日本を、世界を我がクリプトニアのものとするのだ」


 世界を我が物にする。その言葉の意味は、言葉通りのものなのか。ここはどこだ。何故拘束されているのだ。…ボクは誰だ。


 やがて光の壁を、四、五人の人影が囲み出す。その手には見たこともない機械や、刃物が握られている。


「やめろ!やめてくれ!ボクに何をする気だ!やめてくれ!やめろ!」


 無力な叫びを残して、ボクの意識は再び遠のいた。




 ボクは夢を見た。


 漆黒の翼を広げた悪魔と、純白の翼を広げた天使が、ボクに語りかけてくる。


「おまえが必要としているのはこの黒い翼だ」
「あなたが必要としているのはこの白い翼です」


 翼があれば、ボクはどこまでも遠くへ飛べる。そうだ。ボクは空を遥か高く飛ぶ力が欲しい。どこまでも遠くへ飛べる力が。


「ならばこの翼をくれてやる」
「ならばこの翼をあげましょう」


 どちらの翼を選べばいいのか。ボクはひたすらに悩んだ。


「さあ、早く決めるんだ」
「さあ、早く決めなさい」


 悪魔と天使はボクを嘲笑う。ボクはただ、空を飛びたいだけだ。色なんてどうでも良かったのに。ボクはただ……ボクはただ……



「鏡音リンちゃん!」


 ボクは夢から現実へと一気に引き戻された。黒く光沢のある服をまとった碧の髪の少女がのぞき込むようにこちらを見つめていた。


「鏡音リンちゃん、ここから脱出しましょう!」


 そう言い終わる途中、刃物を持った人影が碧の少女に襲いかかった。しかし少女は回し蹴りを放ち、あっけなく人影を退け、言葉を続ける。


「ここから脱出しましょう。あなたはここに…クリプトニアに相応しい人ではないのよ」


 少女は、ボクに繋がれた腕の鎖に手をかけた。次の瞬間に、鎖は引きちぎれていた。同じように全ての鎖を引きちぎっていく。少女の凄まじい腕力に呆気を取られながら、ボクはクタクタに疲れた身体を起こす。少女は続けて、いくつかの疑問を手短に払拭していく。


「ここは秘密結社クリプトニアの秘密基地。あなたはもう少しで身体の全てをクリプトニアに支配されてしまうところだったの。でも今ならまだ大丈夫。さあ、早くここから脱出しましょう」


 秘密結社クリプトニア。胸の奥にそのキーワードが突き刺さる。同時に、この少女が信用できる者なのか疑わなければならなかった。


「キミは誰?どうしてボクを助けようとするの?……ボクは誰なの」


 何もかもがわからなかった自分自身に絶望を覚える。誰が敵か味方かもわからない。自分自身が何者なのかもわからない。しかし少女は、そんな何もわからないボクに対して真っ直ぐな目で答える。


「あなたは、鏡音リン。ボーカロイド、鏡音リン」


 ボクは質問を続けた。


「ボーカロイド?……クリプトニアって何?」

「ボーカロイドは……クリプトニアによって、永遠に戦うことを宿命づけられた戦士。でもあなたはもう戦わなくていいの。とにかくここから逃げ出すのよ」


 今、自分が何者かさえわからないボクに宿命があるというのなら、それは皮肉でしかなかった。しかし、今は彼女を信じるしか道がない。頭では理解できていても、ボクは答えを出せずに、少女から目を背けてしまった。


「リンちゃん!」


 少女の呼びかけは悲鳴にも近かった。なぜそんなにも、見知らぬボクをここから連れ出そうとするのか。それとも、ボクが彼女の存在を忘れてしまっているだけなのか。


 記憶喪失。


 そこで初めて、その事実に気付いた。ボクは記憶を失っている。ここはどこなのかも、何故拘束されていたのかも、ボクが誰だなのかも、全ての答えが導き出せない理由は、それしかなかった。記憶の断片をかすめるように、ボクの胸に突き刺さる言葉たち。クリプトニア。ボーカロイド。……鏡音リン。


 次の瞬間、鈍い音と同時に、束ねた二本の髪をボクの傍に残しながら、少女の身体は強く吹き飛ばされ、部屋の壁に叩き付けられた。突然の出来事に、地面にがっくり腰を落としてしまった少女に目を向をやった。


「そこまでだ。初音ミク。いや、アペンダー01」


 ボクの視線の反対側から野太い声が聞こえてくる。声の方へ目を向けると真っ白な石膏のような身体で出来た人の形をした巨体がそこに立っていた。


「鏡音リンは、貴様のような失敗作にならないように手術を施したのだ。もはや手遅れだ。諦めろ。間もなく手術は完了する」


 ボクが座っているこの場所は手術台だった。ボクは手術されようとしていたのか。しかし手遅れだと怪人は言う。つまり手術は……


 アペンダー01と呼ばれた碧の少女はよろけながら立ち上がる。


「石膏ロイド!生きていたのね」
「フフフ、あの程度の攻撃ではこの身体に傷ひとつ付けることはできん」


 怪人は、ガンガンと自分の胸を叩いて見せた。


「そう。それなら、これはどう?」


 碧の少女は、怪人を睨みつけたまま、素早く身体の正面で腕を真っ直ぐにクロスさせ、その腕を身体に引き寄せ、胸の辺りに「X」の字を作った。


「…変身!!」


 両腕を真横に広げ、少女の身体が閃光に包まれた。眩しくて目を開けていられないほどであったが、それは怪人も同じなのか、石膏の腕で顔の辺りに影を作るようにしながら、身体を構え直している。


 閃光が止むと、碧の少女は落ち着いた様子で、毅然とした態度で立っていた。しかし、先ほどまでの黒い服装ではなく、光り輝く真っ白な、まるで戦うだけに作られたかのような威圧的なウェアを身にまとい、首には長いマフラーが巻かれ、口元はシャープなシルエットのマスクで覆われている。その姿にボクは戦慄した。石膏の巨体の怪人を見た瞬間と同じように。


 次の瞬間、碧の少女は想像を絶するスピードで怪人目掛けて飛びかかっていた。拳が怪人に突き刺さろうとしている。怪人もとっさに身構えて、左腕で身体を庇う。


 轟音が狭い部屋に響き渡る。その波動が、部屋の隅々へと石膏の欠片を飛び散らせた。


「ぐおおおお!?」


 左腕を失った怪人は、大きくよろめき、ドスンと尻餅をついた。


「さあ、今のうちに!」


 碧の少女はこちらに手を差し伸べた。今まさに、怪人の石膏の腕を粉々に破壊した、その手を。この世の出来事とは思えないその事実に恐怖しながら、今は彼女に従うしか道はないことも悟った。なぜなら、彼女ならボクの記憶を取り戻してくれるかもしれないからだ。理由はわからないが、心からそう思える。


 ボクは、差し伸べられた彼女の手を力強く握った。


 掌から伝わる温もりには、今、起こったその出来事を忘れさせるほどに、優しさと悲しみで溢れていた。

【小説版】改造歌姫アペンダー02

(一) 碧の髪の少女


 目覚めると、六角形に配置されたライトが眩しくボクを照らしていた。


 背中に当たる「地面」は冷たく硬い。身動きを取ろうにも、鉄の鎖によって両腕と両脚を拘束されているために、首を回すのがやっとの状況だ。ここはどこだ。何故拘束されているのだ。…ボクは誰だ。


 僅かに動く首を回し、辺りを見回しても、ライトが作り出す光の壁が視界を遮る。様子をうかがい知ることはまるで出来ない。しかし、ここが部屋の中であることは間違いない。


 普通ではない状況を悟ったボクはひたすらに足掻いた。どれほど長い時間続けたのかもわからない。一分だったかもしれないし、一時間だったかもしれない。鎖が喰い込んだ腕と足は酷く痛んだ。やがて疲労と眠気がボクを襲い、絶望の淵に立たされた気分だった。


 ボクは死ぬのか。


 意識が朦朧としていく中、何処からか声が聞こえた気がした。誰かの名前を呼んでいる。光の壁の向こうにある暗闇の底から、深い残響と共に、ボクの鼓膜を僅かに震わせる。


「鏡音リン」


確かにそう聞こえた。声は言葉を続けた。


「鏡音リンよ。お前はボーカロイドとしてよく働いた。だがその力は我がクリプトニアにとってゴミ同然。更なる力が欲しいとは思わないか」


 何もかもがわからないボクは、その言葉に疑問だけが浮かぶ。疲れきった身体でボクは声を絞り出す。


「オマエは誰だ!ここはどこなんだ!ボクは…鏡音リンなのか!?」


 声はボクの質問に答える気はない。


「更なる力を我がクリプトニアに捧げよ。そして日本を、世界を我がクリプトニアのものとするのだ」


 世界を我が物にする。その言葉の意味は、言葉通りのものなのか。ここはどこだ。何故拘束されているのだ。…ボクは誰だ。


 やがて光の壁を、四、五人の人影が囲み出す。その手には見たこともない機械や、刃物が握られている。


「やめろ!やめてくれ!ボクに何をする気だ!やめてくれ!やめろ!」


 無力な叫びを残して、ボクの意識は再び遠のいた。




 ボクは夢を見た。


 漆黒の翼を広げた悪魔と、純白の翼を広げた天使が、ボクに語りかけてくる。


「おまえが必要としているのはこの黒い翼だ」
「あなたが必要としているのはこの白い翼です」


 翼があれば、ボクはどこまでも遠くへ飛べる。そうだ。ボクは空を遥か高く飛ぶ力が欲しい。どこまでも遠くへ飛べる力が。


「ならばこの翼をくれてやる」
「ならばこの翼をあげましょう」


 どちらの翼を選べばいいのか。ボクはひたすらに悩んだ。


「さあ、早く決めるんだ」
「さあ、早く決めなさい」


 悪魔と天使はボクを嘲笑う。ボクはただ、空を飛びたいだけだ。色なんてどうでも良かったのに。ボクはただ……ボクはただ……



「鏡音リンちゃん!」


 ボクは夢から現実へと一気に引き戻された。黒く光沢のある服をまとった碧の髪の少女がのぞき込むようにこちらを見つめていた。


「鏡音リンちゃん、ここから脱出しましょう!」


 そう言い終わる途中、刃物を持った人影が碧の少女に襲いかかった。しかし少女は回し蹴りを放ち、あっけなく人影を退け、言葉を続ける。


「ここから脱出しましょう。あなたはここに…クリプトニアに相応しい人ではないのよ」


 少女は、ボクに繋がれた腕の鎖に手をかけた。次の瞬間に、鎖は引きちぎれていた。同じように全ての鎖を引きちぎっていく。少女の凄まじい腕力に呆気を取られながら、ボクはクタクタに疲れた身体を起こす。少女は続けて、いくつかの疑問を手短に払拭していく。


「ここは秘密結社クリプトニアの秘密基地。あなたはもう少しで身体の全てをクリプトニアに支配されてしまうところだったの。でも今ならまだ大丈夫。さあ、早くここから脱出しましょう」


 秘密結社クリプトニア。胸の奥にそのキーワードが突き刺さる。同時に、この少女が信用できる者なのか疑わなければならなかった。


「キミは誰?どうしてボクを助けようとするの?……ボクは誰なの」


 何もかもがわからなかった自分自身に絶望を覚える。誰が敵か味方かもわからない。自分自身が何者なのかもわからない。しかし少女は、そんな何もわからないボクに対して真っ直ぐな目で答える。


「あなたは、鏡音リン。ボーカロイド、鏡音リン」


 ボクは質問を続けた。


「ボーカロイド?……クリプトニアって何?」

「ボーカロイドは……クリプトニアによって、永遠に戦うことを宿命づけられた戦士。でもあなたはもう戦わなくていいの。とにかくここから逃げ出すのよ」


 今、自分が何者かさえわからないボクに宿命があるというのなら、それは皮肉でしかなかった。しかし、今は彼女を信じるしか道がない。頭では理解できていても、ボクは答えを出せずに、少女から目を背けてしまった。


「リンちゃん!」


 少女の呼びかけは悲鳴にも近かった。なぜそんなにも、見知らぬボクをここから連れ出そうとするのか。それとも、ボクが彼女の存在を忘れてしまっているだけなのか。


 記憶喪失。


 そこで初めて、その事実に気付いた。ボクは記憶を失っている。ここはどこなのかも、何故拘束されていたのかも、ボクが誰だなのかも、全ての答えが導き出せない理由は、それしかなかった。記憶の断片をかすめるように、ボクの胸に突き刺さる言葉たち。クリプトニア。ボーカロイド。……鏡音リン。


 次の瞬間、鈍い音と同時に、束ねた二本の髪をボクの傍に残しながら、少女の身体は強く吹き飛ばされ、部屋の壁に叩き付けられた。突然の出来事に、地面にがっくり腰を落としてしまった少女に目を向をやった。


「そこまでだ。初音ミク。いや、アペンダー01」


 ボクの視線の反対側から野太い声が聞こえてくる。声の方へ目を向けると真っ白な石膏のような身体で出来た人の形をした巨体がそこに立っていた。


「鏡音リンは、貴様のような失敗作にならないように手術を施したのだ。もはや手遅れだ。諦めろ。間もなく手術は完了する」


 ボクが座っているこの場所は手術台だった。ボクは手術されようとしていたのか。しかし手遅れだと怪人は言う。つまり手術は……


 アペンダー01と呼ばれた碧の少女はよろけながら立ち上がる。


「石膏ロイド!生きていたのね」
「フフフ、あの程度の攻撃ではこの身体に傷ひとつ付けることはできん」


 怪人は、ガンガンと自分の胸を叩いて見せた。


「そう。それなら、これはどう?」


 碧の少女は、怪人を睨みつけたまま、素早く身体の正面で腕を真っ直ぐにクロスさせ、その腕を身体に引き寄せ、胸の辺りに「X」の字を作った。


「…変身!!」


 両腕を真横に広げ、少女の身体が閃光に包まれた。眩しくて目を開けていられないほどであったが、それは怪人も同じなのか、石膏の腕で顔の辺りに影を作るようにしながら、身体を構え直している。


 閃光が止むと、碧の少女は落ち着いた様子で、毅然とした態度で立っていた。しかし、先ほどまでの黒い服装ではなく、光り輝く真っ白な、まるで戦うだけに作られたかのような威圧的なウェアを身にまとい、首には長いマフラーが巻かれ、口元はシャープなシルエットのマスクで覆われている。その姿にボクは戦慄した。石膏の巨体の怪人を見た瞬間と同じように。


 次の瞬間、碧の少女は想像を絶するスピードで怪人目掛けて飛びかかっていた。拳が怪人に突き刺さろうとしている。怪人もとっさに身構えて、左腕で身体を庇う。


 轟音が狭い部屋に響き渡る。その波動が、部屋の隅々へと石膏の欠片を飛び散らせた。


「ぐおおおお!?」


 左腕を失った怪人は、大きくよろめき、ドスンと尻餅をついた。


「さあ、今のうちに!」


 碧の少女はこちらに手を差し伸べた。今まさに、怪人の石膏の腕を粉々に破壊した、その手を。この世の出来事とは思えないその事実に恐怖しながら、今は彼女に従うしか道はないことも悟った。なぜなら、彼女ならボクの記憶を取り戻してくれるかもしれないからだ。理由はわからないが、心からそう思える。


 ボクは、差し伸べられた彼女の手を力強く握った。


 掌から伝わる温もりには、今、起こったその出来事を忘れさせるほどに、優しさと悲しみで溢れていた。

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