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【文章化】ぼくはかたつむりくん

 ざばん、と真っ暗の学校プールに飛び込む。早く、早く、とにかく早く。もっとたくさん泳げるように、いつまでだって水の中にいられるように。そういう気持ちで、ぼくは夜中に勝手に自主練をしている。ちょっと人には言えない秘密だ。でもこの前プールサイドから上がってからは、二人の秘密になった。
 とっくにみんな帰ってしまって、職員室の灯りも落ちる頃。ぼくと「きみ」だけの、二人だけの自由時間が始まるんだ。濡れた頭を隠すように、青いレインコートを被る。そしたらクロックスを履いて、そのまんま校庭に出るんだ。今夜はとても星がきれいだけれど、「きみ」はいつだって真っ黒な傘を差してて、星空なんて知りません、なんて感じ。一度もぼくを見ないまま、ぼくが濡らして作った足跡の上を歩いていく。
 真っ直ぐ校庭を横切っていく。片付け忘れたサッカーボール、誰かの名前入りのなわとびに、最近はやりのアニメのハンドタオル。そんなものをちょっとだけ蹴って、ぼくは上を見ながら練習成果をおしゃべりする。たぶん聞いてくれてる、とおもう。
 ぼくは足を動かしながら、ひたすらしゃべった。夜が好きなこと。静かでたくさん泳げて、先輩にレーンを譲らなくてもいいこと。無人の校庭に置き去りにされたものはみんなダンジョンのモンスターで、こうやって蹴飛ばしてけばゴールにたどり着いて楽しい、なんて妄想してること。「きみ」はだんまりのまんまだ。
 ぼくは水泳部員だ。おそいけど。犬かきした方が早いんじゃないかってくらい、あんまり泳げる方じゃないけど、いちおうスイマーだ。ちょっとでも上手く泳ぎたくて、この夏はずっと、こうしてコッソリ自主練している。コッソリのつもりだったんだけど、似たモノているらしい。自分と同じように、夜中にこそこそ忍び込んで散歩していたのが「きみ」だった。

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2021/09/06 03:01

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