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【レンネル小説】少年は嘲笑(わら)われる。#05

 暗中わけのわからない悪意に狙われて、あれからずっと嫌な思いを引きずっていた。でも今日に限ってそれはない。登校しクラスへ一歩足を踏み入れれば、衆目が俺を捉え、相変わらずおかしな空気になる。でも俺の視線が先に来ていた亞北と合わさると、そんなことどうでもよくなってしまうからゲンキンなものだ。窓際の亞北はすぐにぷいっと外を向いてしまったが、硝子にうっすら映る彼女の顔がほころんでいるのがわかった。それだけで十分だ。授業中も、あの孤独感はない。理解者がいてくれる。たった一人でも俺を信じてくれる奴がいる。俺の後ろで今、亞北は何をしているのだろうか、今日の張り込みに心の準備をしているのか、それとも普段通りノートをとっているのか、なんとなく、俺のほうを視ているかもしれないと思うのは自意識過剰だろうか。
 同時に、決着をつけてやるという威勢も沸き上がってきた。おそらく、犯人はこのクラスの奴だ。俺と初音先輩のことや、パンツハンターというあだ名自体はこのクラスに限らず知っていることだが、メイコ先生に対する誹謗は、クラスの人間でないとあれほど具体的には書けないだろう。もちろん、犯人は俺への嫌がらせでやってるわけだから、このクラス外の奴が俺のクラスの担任の名前を上げた“演出”の線もなくはない。でもそこまで犯人が巧妙にも思えなかった。掲示板の書き込みからして、どちらかというと感情的なタイプで、単独犯のように感じる。あとは動機だ。なぜ俺にこんな嫌がらせをするのか。俺が憎いのか。もし俺が初音先輩とつき合うことになったとすれば恨みを買うのもわからなくない。だが、こっちは振られているのだ。その場のノリで悪戯したというなら、俺の鞄にパンツを突っ込むだけで済む。わざわざ掲示板に書き込む必要があるだろうか。・・・いくら考えてもしかたがない。本人に問えばいいことだ。・・・そして、ついに犯行予告の時間はやってきた。
 俺と亞北は人目を忍んで女子更衣室のプレハブへ向かった。プレハブの周りに人はいない。遠くでホイッスルと共に水を打つ音が聞こえる。初音先輩はプールに出たのだろうか、それとも見学しただろうか。亞北はずんずんと更衣室の前まで行きドアノブに手をかける。亞北の後ろについて逡巡した俺が思わず
 「大丈夫か?」
 と訊いていた。俺がしっかりしないといけないのに、頼りないことを言ってしまったとわずかに後悔する。でも亞北は親指を上へ突き出し、にっと歯を見せて笑う。

【レンネル小説】少年は嘲笑(わら)われる。#03

 あのお調子者はもう俺のことを弄ってはこない。完全に無視を決め込んでいる。あいつとの関係はこの程度でもよかったが、クラスの俺に対する空気感はよくない。あからさまに攻めてくる奴はいないけど、口には出さずとも心のどこかで俺を怪しんでいることが微妙な態度で伝わってくる。すぐに飽きるだろうとタカをくくっていたが、ぎこちなさは尾を引いたまま4日経った。どうにも男子の間ではあのお調子者が、女子の間では亞北の靴を隠そうとしていたグループが、俺に仕返しするかのように悪口を広げているみたいだ。「鏡音が初音先輩をエロい目で視ていた」「鏡音は初音先輩のストーカーをしている」「初音先輩だけでなく女子なら誰でも同じことをやる」「鏡音はコンビニで万引きをやっていた」「鏡音が猫を蹴飛ばしていた」あの一件と何の関係もない事実無根の誹謗中傷も混ざりだし、俺の下駄箱には「パンツハンター鏡音」という裏で呼ばれているらしいあだ名が貼られ、ついにはすれ違い様にクスクスと笑うような連中まで現れ、状況は悪化していくように思える。メイコ先生はその後何かを知らせてくれることはなかったし、うやむやのまま収束を待つ腹なのかもしれない。
 初音先輩の友人という女子グループに呼び出しを受け、詰問されたりもした。どうやら初音先輩本人には内緒でやっていることらしく、簡単に言えば「謝れ」という話だった。先輩たちの話から、初音先輩の元気がないこと、あのパンツは捨てさせたということ、そして、付き合いたいという申し出を断ったことで俺の事を傷つけ追いつめてしまったんじゃないかと気にしていることを知った。・・・胸が締め付けられる。俺が犯人ということにして、もう二度としないと謝れば、或は初音先輩の不安を払拭できるのかもしれない。だがダメだ。真犯人は今ものうのうとしているのだ。このままにはできない。俺は先輩たちにあらためて無実であることを主張し、案の定、お互い決裂というカタチで別れた。初音先輩の胸中察する余裕もなかった自分に気づいて僅かに恥じる。噂が広がれば、傷つくのは俺だけじゃないんだ。すぐにでも初音先輩に会って誤解を解きたいが、現段階では逆効果だろう。今はただ、やり場のない憤りに拳を握りしめ地面を睨むしかなかった。
 理科の授業が終わったと同時、急激な倦怠感に襲われた。わいわいとざわめいて放課後の空気に変わっていくクラスの中、みんなの声がどんどん遠くへいくように感じる。俺に声をかける奴はいなかったし、俺もかけなかった。これが孤独感というものなのだろうか、鳥小屋に一匹魚が混じってしまったような居場所の無さ。重くなった身体を無理に立ち上げ、俺はクラスを出た。
 「鏡音くん・・・」
 ふとためらいがちな聞き慣れない声が俺を呼ぶ。振り返ると、そこには意外な人物がいた。

【レンネル小説】少年は嘲笑(わら)われる。#02

 うちの担任教師は歳も若く、生徒達からはメイコ先生の愛称で親しまれていた。中には馴れ馴れしく「めーちゃん」と呼んで絞られた奴もいる。そんな先生が昼休みに「鏡音くん」と階段の踊り場から下を覗くようにして俺を呼び止めた。「ちょっと来てくれない?」声のトーンは穏やかだ、でも、例の件についてだなという察しはついた。メイコ先生のことは嫌いじゃない。俺も先生も面倒事に巻き込まれた被害者だし、現時点で身の潔白を晴らすためにもっとも有力な人だと思える。俺は堂々として先生の後についていった。向かった先は職員室でも生徒指導室でもなく第二音楽室。先生は合唱部の顧問もやっている関係で手頃だったのだろう。ドアをくぐると誰もいない音楽室は閑散として、立地的な問題なのか消灯されていると昼でも暗かった。スイッチを入れてから数秒の間を置いて天井灯が点いたが、やっぱり少し暗い印象がある。ドアが閉まる音と同時に、俺のすぐ横に先生の影。「あれ? ちょっと背伸びた?」先生の掌が俺の頭上を行ったり来たりする。ふいに先生との距離が縮まって、ほのかに香水の香りを感じ、胸がキュッと絞まる気がした。緊張しているのか、俺は変な空気を振り払うように「成長期なんで!」とツッコミみたいな強めの返しをしてみる。「そんなかまえなくていいから」笑顔で先生はピアノの横に据えられた丸椅子へ腰かけ、俺にも向かいへ座るようすすめた。
 どこでも同じだろうが、俺のクラスにも目立ちたがりのお調子者は存在する。そいつは事ある毎に俺がフられたことをからかってきた(今から思えばあいつも初音先輩のことが好きだったのかもしれない)。その日も「先輩のパンツ、俺にも見せろよ」などと突っかかってきたから、全力でスルーしていると、今度は机にかけてあった俺の鞄を勝手に開けて“持物検査”などと称し探り出した。その時ムキになってふんだくった俺の鞄から、先輩の下着は出てきたのだ。クラスの注目が集まり、一瞬時間が止まる。今起きた事を必死に理解しようとした結果、俺はまず自分には心当たりがないことを、そしておそらくはこのお調子者が仕込んだのだと主張した。だがパニックになっていた俺の姿は、端からは必死に言い訳しているようにしか映らず、説得力を欠いている。迂闊だった。もっと冷静に、慎重に振る舞うべきだった。初音先輩の下着が俺の鞄から出てきた事件は、何の検証もないまま俺が盗んだという話にすり替わって即日学校中に広まっていた。
 初音先輩がプールに入っている時、俺たちのクラスは美術の授業で校内写生をやっている。その間俺は一人になることが多く、お調子者には常にアリバイがあった。少なくとも共犯者なくしてお調子者の犯人説は成立しない。ついでに俺には初音先輩との公然と知られた関わりがある。広まった話題には“失恋の腹いせ”という雑な動機まで追加されていた。帰りのホームルームであのお調子者が俺を槍玉に挙げようとしたが、メイコ先生がそれを制して、憶測で決めつけないようにとクラスに念を押し、結局その日はわだかまりを抱えたまま生徒たちは下校を余儀なくする。本当の犯人は誰だかわからない、先生の言うとおり俺が犯人と決めつけるのは早計だ・・・そう考えながらも、クラスのみんなの中には確かに俺に対する疑心暗鬼を植え付けていた。
 その夜、リンがタイミングを見計らって真相を訊ねてきた。俺はやってないと簡潔に答えると「だよね、レンにそんな度胸ないもんね」と冗談ぽくため息をついて、それから俺とリンとの間でこの話はしていない。リンは俺とは別のクラスだが、俺と兄妹ってだけで、きっと嫌な目にもあっているんだろう。それでもそんな話題はカラッと笑い飛ばしてしまうのだ。リンはそういう奴なんだ。
 「鏡音くんはどう思う? 初音さんの下着の件」特に深刻な話をするつもりもないように、メイコ先生はようやく本題を持ち出した。「知りませんよ、全然身に覚えないですもん」「でも鏡音くんの鞄から出てきたってことは、そこに入れた人がいたわけでしょう?」先生はピアノの蓋に頬杖をついて俺を眺めている。少し視線を落とすと先生のだらしない姿勢のため胸元が見えて思わず視線が泳ぐ。「悪趣味な悪戯ですよ。俺が先輩に告ってふられたことは周知の事だし、やっぱ俺の鞄を勝手にとったあいつが一番怪しいっていうか、あいつにはアリバイあってもあいつの仲間がやってるかもしれないし」俺は喋りながらまた少し熱くなっているのを感じた。「ん~、私から見たらあいつらは“白”だと思うけどね」「どうして?」「嘘つくの下手だもん」ふと、俺は自分の視線が泳いだことが、先生にどう映ったのか気にかかった。でも、もちろんその理由は説明できなかった。

【レンネル小説】少年は嘲笑(わら)われる。#01

 いったいどこから狂ってしまったのだろう・・・
 初音先輩に告って見事に玉砕したあの時か・・・いや、先輩の返事がどうであれ、それ以前に俺が告白してもしなくても、この事態にはおちいっていたに違いない。あいつだ。すべてはあいつが俺の日常に侵入した時から狂いはじめていた。あいつはいつからこうなることを考えていたのか・・・この現状さえもあいつにとっては通過点にすぎないのか・・・。
 ・・・先輩だけにはこれ以上迷惑をかけられない。俺と関わったばかりに先輩は傷ついた。きっと今も怯えているのだろう。オーバーに聞こえるかもしれないけど、本当に初音先輩は学園のアイドルだ。俺はバカだしチビだし、とても先輩とはつりあわない。そんなことはわかってたけど、それでも自分の気持ちに決着をつけておかないと先に進めない気がして、俺は身の程もわきまえず先輩に突撃した。好意を寄せられることに慣れているはずの先輩は、意外にも俺の唐突な告白に戸惑いの色を見せ少しばかり沈黙。やがて、やや音域の高い、それでいて落ち着いた声で一言「ごめんね」と呟いたあのときの先輩の、申し訳なさそうな姿は、それでもやっぱり綺麗で、可愛くて、今もあのうつむいた表情が、まぶたの裏に焼き付いて離れない。
 アタックして砕け散った俺の蛮勇は、誰かに視られていたのかアッという間にクラスの連中へ知れ渡り、俺は散々ひやかしを受ける羽目になった。フられて周囲からネタにされる俺のあまりのダサさに大笑いした双子の妹リンは、その日しきりにゲームの相手をしろと言ってきて、俺たちは一晩中マリオカートで対戦した。強がってその実落ち込んでいた俺を察したあいつなりの気遣いだったのかもしれない。そんな俺の話題も日々起こる他愛ないゴシップに押し流され始めた頃、亞北は転校してきた。
 東北地方から来た時季はずれの転校生、亞北ネル。この独特な名前を持つ彼女は、性格的にもまた独特のものを持っていた。自らクラスメートに壁を作り馴染もうとしない。頭の左脇で結った髪が稲穂のように垂れ、足を組み、いつも不機嫌そうな眼差しでケータイを弄っている。家族や友達とメールをしている風でもなく、2ちゃんねるに私たちの悪口を書いているんだと、一部女子の間で噂が立ったりしていたようだ。転校から一月と経たず、彼女の雰囲気に不快感を募らせた女生徒達によって幼稚な嫌がらせが始まった。

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