この物語は、カップリング要素が含まれます。
ぽルカ、ところによりカイメイです。
苦手な方はご注意ください。
大丈夫な方はどうぞ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
ステージの上では、彼女――ルカの歌声が響いていた。
観客の視線は彼女に注がれ、皆彼女の音楽に耳を傾けている。
あの日以降、二週間に一度彼女はライブで歌うことになった。観客は回数を重ねる毎に増え、彼女を目当てに店を訪れる客も増えている。
ライブ以外の日も、回数は減ったが彼女は店に客として来ている。
確実に変わったことは、店での彼女の周囲の雰囲気だった。できればもう少しだけそれらしい服装をと彼女が初めてステージに立つ前にがくぽがアドバイスした通り、ステージに立つ時彼女は何時もよりシックな装いをすることが増えた。それが一層彼女のステージ上での美しさを際立たせた。
ステージが終わると彼女と話そうと周囲へ観客が集まるようになり、困惑しながらも彼女が彼らへ笑顔を向けることも増えた。
彼女のライブのない日も、今までなら気付かれずに過ごしていた彼女へ話しかける客も増えている。
彼女にとっては喜ばしいことだと思うが、がくぽは焦りに似た感情を抱くようになった。
落ち着かない。彼女の歌を初めて聴いた日からそれは徐々に強くなっていく。原因は分かっていた。
「お疲れ様。」
囲んでいた観客をやり過ごして何時もの席に座った彼女にがくぽはドリンクを出した。
蜂蜜を少し溶かした、穏やかな香りのホットハーブティ。彼女が歌手としてステージに立ってから変わったものの一つだ。
冷たいものや刺激物は厳密には喉を傷める。彼女がこれまでアルコールを頼まなかったことと、仕事をしながらもトレーニングを続けてきた彼女の歌への姿勢から、がくぽが考えたものだ。
「ありがとうございます。」
眩しい笑顔で彼女は微笑み、グラスに手を添え息を軽く吹きかけてから嬉しそうに口を付けた。
初めてこのドリンクを出した時に彼女はとても喜び、ステージのない日でも好んで頼むようになった。
「今日もとても良かったですよ。」
「……マスターのおかげです。」
控えめに微笑んだ。
彼女の性格は変わらない。観客から話しかけられることにはなかなか慣れない様で、本当は歌った後は観客との遣り取りはそこそこに逃げ出したいと思っていることも、彼女の周囲に客が居ない時にこっそり話してくれた。
少しでも彼女から頼られていることが、今の自分にとって安定剤になっている事実ががくぽには悔しい。
店のアルバイトのリンはどうやら既に勘付いているようで、店が始まる前やちょっとした空き時間にそれとなくがくぽをからかった。
リンからレンに伝わるのも時間の問題かとがくぽは少しヒヤヒヤしている。
「ルカさんが努力しているからですよ。歌う度に以前より良くなっていますから。」
「……誉めすぎないでください。」
顔を赤らめて俯く姿にがくぽはつい微笑んだ。
今は彼女の近くに観客が寄ってくる気配は無い。がくぽは声を一段潜めて彼女に尋ねた。
「ルカさん、今日は遅くまで居られますか?」
今日のライブは彼女で最後だ。客もこれから徐々に帰っていく。
「ええ。大丈夫ですけど……。」
不思議そうに自分を見返す彼女にがくぽは一層声を低めて言った。
「お客さんが居なくなってから、頼みたいことがあるんです。」
がくぽの真摯な様子に、彼女はふわりと微笑んで応えた。
「マスターのお役に立てることなら、喜んで。」
最後の客が帰り、店内にはがくぽとルカの二人になった。
がくぽはルカにハーブティを出して言った。
「このハーブティはサービスです。……これから二つ、ルカさんに頼みたいことがあるんです。嫌なら遠慮なく断ってください。」
ハーブティのグラスに軽く手を添えて、彼女はカウンター越しにがくぽを見上げた。
「どんなことですか?」
「一つ目は……貴女が私にした最初の頼みごとと同じです。あのステージで歌いたいので、貴女に観客になって欲しいんです。」
「……マスターも、歌を歌っていらっしゃったんですか?」
敢えてその問いに答えずにがくぽは続けた。
「……二つ目は、その後にお伝えします。いかがですか?」
彼女の瞳を覗き込む様に尋ねると、屈託の無い笑みで彼女は言った。
「分かりました。一つ目は観客が私で良ければ、喜んで。」
がくぽはステージの端に置かれたギターを手に取った。絃を爪弾き、調整をする。
ステージ上での久々の感覚に嬉しさと少しの不安がじわりと湧いた。
ステージ前に用意した椅子へルカが腰掛けたのを確認し、がくぽはギターの演奏を始めた。昔歌ったバラードの一曲だ。
ブランクがあった分、思うように指や声の調子が出ない。だがそれは仕方の無いことだ。今の自分にしか表現できない気持ちを、可能な限り心を込めて歌い奏でた。
ギターと一つになり奏でる感覚、歌の中に溢れる感情。懐かしく愛おしい感覚が甦り、震えそうになる声。
微かにルカを見て気持ちを建て直し、最後のサビを歌った。気持ちの余韻が残る中、ギターが最後の音を響かせる。
「……ありがとうございました。」
ギターを片手にがくぽはルカに頭を下げた。
頭を上げて彼女を見ると、瞳を潤ませ口元を両手で覆ってがくぽを見ていた。彼女は目元を押さえ、立ち上がって言った。
「良かったです、本当に……言葉では足りないくらい。」
彼女の言葉にがくぽは安堵の息を吐いた。
「光栄です。……久しぶりに人前で歌いましたから。」
「何故今まで……。」
そこまで言って、彼女は口を噤んだ。訊いてはいけないことかと思ったのだろう。
「この店を前のマスターから譲り受けたとき、決めたんです。店が軌道に乗るまで、自分の音楽活動は止めるとね。」
ルカは黙って聞いていた。がくぽは続けた。
「そろそろ三年が経とうとする頃、店も少しずつ順調に回ってきました。そして貴女がこの店にやって来た……初めの頃は眩しそうにステージを見ていた貴女が、私に歌を聴かせてくれた時のことは忘れられません。貴女と貴女の歌声はどんどん魅力的に、素晴らしくなっていく。努力をし、少しずつ着実に実力と自信を付け周囲を魅了していく貴女の姿が私にはとても眩しく、同時に封印していた音楽への気持ちが揺り起こされました。自分は果たしてどうだろうかと思うと焦りばかりが募った……だから今日、貴女に私の歌を聴いて欲しかった。もう一度、私が音楽をやってもいいものか、貴女に訊いてみたかったんです。」
「そんな……他にも店に来て音楽をされてる素晴らしい方は何人もいるのに。」
「貴女だから訊きたかったんですよ。」
微笑んで彼女を見ると、目を伏せていた彼女は真直ぐに自分を見て笑った。
「音楽をやってください。私はマスターの歌がとても好きです。他の人にも是非マスターの歌を聴いて欲しいと思います。」
彼女の言葉に一瞬鼓動が跳ねた。歌のことだけしか言ってないだろう、とがくぽは内心の動揺を押し隠して彼女に笑いかけた。
「……ありがとうございます。次の頼みごとは、カウンターの方に移ってお話しましょう。」
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