「メイコ!」
名前を呼ばれた女性は、不服そうに目を開け、暗い部屋の中に浮かび上がる白い服を見つける。
息を切らしたその様子から、非常事態なのだと分かったが、しかし彼「ごとき」が自分を起こしたという事実にムカついた。別に身分差があるわけではないが。
「なによ、カイト」
まさか、この集落が人間に知られてしまったのだろうか。最悪の事態を考え、素直に起き上ると、女性の寝室だということも忘れているらしい男性は、ずいっと女性に顔を寄せた。
「逃げられた」
「は?」
逃げる。一体何がだろうか、と女性はのんびりと考える。そんな女性の様子にしびれを切らしたらしい男性が、肩を掴んで引き寄せる。
「姫様が、逃げたんだよ!」
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「うわぁ。ごめんねー」
黒いフードを被った少女は、夜の闇の中に浮かび上がった光を見て、可憐な声でそう言った。
人間から隠れ、迫害から逃れるための「魔族」の集落が、夜に灯りをつける。それは、本来あり得ないことだ。それだけのことをしてしまったのだと思えば、少女もさすがに罪悪感くらいは抱く。
彼らが人間に見つからないことを祈りつつ、足早にそこを離れた。早くしなければ、追いつかれてしまう。
少女の傍らに立っている、同じくフードを被った女性は、呆れた様子で少女に言った。
「そう思うなら戻ればいいでしょ、姫様」
少女は、いじけたように女性を見上げ、いやだ、と言った。まるで幼い子どものようだが、実は女性の倍近くの時間を生きている。
「メイコもカイトも、信じてくれないもん。ルカだって信じてないんでしょ」
「別に信じてないわけじゃない」
ルカと呼ばれた女性は、嫌そうに、しかししっかりと少女を守るように身を寄せて、隣を歩く。
少女の癇癪と家出の理由は、少女が集落に来て以来ずっと、周りが少女を「奇跡の歌姫」と崇めて来たことにあった。
「魔族」と呼ばれる突然変異種は、人間の間に生まれるが、人ならざる力を――魔力を持つ。
その魔力の強さに応じて、寿命が延びる。
しかし、寿命が延びればその分成長が遅くなるため、魔力の強い「魔族」であればあるほど、親や周りの人間に「魔族」であると気付かれやすい。
気付かれれば裁判にかけられ、殺されてしまう。どれだけ強い魔力を持とうとも成長が遅ければ無力だから、つまりは魔力の強い「魔族」ほど殺されやすい。
ゆえに、「魔族」の集落にいる者たちのほとんどは、人間とほとんど変わらない寿命と、使い物にならないほど小さな魔力しか持たない。
その中で少女は、癒しの歌声で集落を守ることが出来、人の二倍以上もの寿命を持つ、まさに奇跡の存在であった。
しかし、少女は言う。私よりもずっと長い寿命を持つ「魔族」の少年を知っている、と。
「でも、ミクよりも寿命が長い、となると、俄かには信じがたいでしょう」
「それを、信じてないっていうの!」
ミクと呼ばれた少女の外見年齢は、せいぜい十六歳。彼女が集落にやってきたのが、十数年前。彼女を集落に連れてきて姿を消したという少年。
今ではミクの外見年齢を追い越してしまったルカも、ミクが集落に初めて来た時のことなんて、幼すぎて覚えていない。カイトやメイコもそうだった。もっと年上の大人たちも、集落にほんの数分間しか滞在しなかった彼のことは、ほとんど知らない。
「彼なら……彼なら、きっと「魔族」を救えるのに」
ミクの声に、ルカは溜息をつく。
彼女を崇めていた集落の者たちには、聞かせられない言葉だ。姫がそんなことを言えば、自分自身では「魔族」を救えないのだと口にすれば、集落の者たちがどれだけ不安になるか。
ミクは集落の温かさに包まれ、しかし孤独だった。
「私がここで歌っていても、今日も国中で魔女狩りが行われてるのよ。それなのに、私程度が「奇跡」だなんて……そんなの、悲しいよ。何も変えられない私みたいな存在に、「奇跡」なんて言葉使っちゃ、駄目だよ。そんなの、この世界を諦めてるのと一緒よ」
ミクは、ぽつりと言う。寂しそうな、その声。
「だから、探しに行くのか。その恩人とやらを」
「私は本当の奇跡を知ってるの。皆にもそれを教えてあげたい。そうしないと……隠れ住んでるだけじゃ、何も変わらないわ」
ミクの瞳には、強い意志が燃えていた。外見年齢通りの、少女の瞳。ルカは溜息をつき、闇にまぎれての逃避行に付き合うことを、再度決めたのだった。
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君が姿見 覗いてみれば
光の向こうの億年 見据えて
限りなく進む夢々とこれから
廻りながら感じて内宇宙...天体スコープ
Re:sui
誰かを祝うそんな気になれず
でもそれじゃダメだと自分に言い聞かせる
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「好きな人の手を繋げるから好きなんだ」
如何してあの時言ったのか分かってなかったけど
「「クリスマスだから」って? 分かってない! 君となら毎日がそうだろ」
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