4
「あ。みーくんじゃーん」
「よぉ、カツ」
「昨日はみーくんも来ればよかったのに。カツの歌、マジサイコーに笑えたんだから」
「サヤ。テメーは地獄に落ちろ」
「女の子にテメーとか言ってる方が地獄に落ちろっての」
「だいたいなンだよ、97点とか頭おかしーだろ」
「これが歌唱力ってもんよねー。……でも、ククッ。……カツの48点もスゴいって。あたしどう頑張ってもそんな点数とれないもん」
「あーあれ凄かったー。アッハハ。あー、今思い出しただけでも涙でてくる」
「クソ、くっそぉ……」
「なんだ。カツ、そんな下手だったのか?」
「いやもう、そんなレベルじゃないって。ホント、みーくんにも聞いてほしかったわー」
 みんな、昨日の話で盛り上がっている。そんな中、みくだけはうつむいたまま、独り静かにしていた。
「みく、どうしたんだよ」
 俺の声にがばっと顔をあげると、それから名状しがたい怒りと嬉しさが混じったみたいな顔をして、唇を引き結ぶ。
「おいって」
 みくの肩を叩こうとするが、そこまでするか? ってくらいの、ものすごい反射神経で体をそらして俺の手を避ける。
 あわてて立ち上がって俺から距離をとると、まるで親の仇でも見るみたいな目でにらみつけてくる。
「……なんだよ。なにもそこまで――」
『……』
 みくの視線の鋭さに、思わず黙る。
「みーくん?」
「……?」
 みくのやつ、なんでキレてんの?
 だって俺、別になにも――。
『……ルール1。ルール3』
 ――ええと……?
 ルール1? 3?
 そういやそんなのが……。
「――あ」
 ようやく思い出した俺に、みくは冷たいジト目を向けてくる。
 ――ルール1、他人がいるところでは、僕をいないものとして振る舞うこと。僕に話しかけたりすることも、当然禁止とする。
 ――ルール3、僕に触れようとするのも禁止。絶対ダメ。
「みーくん、どしたん?」
「ああ……いや、なんでもねーよ」
「ふーん? みーくん、昨日からなんか挙動不審じゃね?」
「そう? カツのがヒドいっしょ」
「そのなっちーの言葉がなによりヒデーじゃんよー」
「いやいや、カツには負けるって。なんたってよんじゅーはち……ぷっ。くくくっ」
「まだゆーか! もう忘れろよ!」
「は……はは」
 俺は苦笑いするしかない。
 カツもなっちーもサヤも、誰一人としてみくのことを話題にしないし、見もしない。
 ……ったく、こいつらもちゃんとみくの“ゴーストルール”に付き合ってやってるらしい。律儀なこった。

 それからしばらくして、カツたちはリベンジだとか言ってまたカラオケに行った。俺はそもそも金がなかったからまた断ることにした。
「……悪かったって」
『べつに』
 そうは言うが、みくの怒りは全然収まってない。
 確かにルールとやらを忘れたのは俺だけどさ……。
 もう一、二時間も前のことだぜ?
「だいたい、なんでそんなルール決めたんだ? しかも、話せそうにないとか言ってたあいつらにも、そのルールを守らせてるわけだろ」
『……話したくない』
「……」
 みくは膝をかかえてうつむく。
 なんだがわからんが、ひどく傷つけてしまったらしい。
「ご、ごめんって」
 そうやってうずくまったまま、みくは首を振る。
『みーくんも……そのうち、理由がわかるよ』
「……?」
『これは、僕のためのルールじゃないんだし』
「? ……はぁ?」
 みくのためじゃないってんなら、いったい誰のためのルールだってんだよ。
『……そのうちわかるから』
 意味がわからなかったが、その暗い視線から察するに、それ以上聞いても答えてくれそうにない。
 話題を変えよう。
「そいや、昨日歌ってたのは誰の歌なんだ?」
『歌?』
「なんだっけ。メーデー僕を……なんとかって歌ってただろ」
『き、聞いてたの……?』
 ちょっと恥ずかしそうに、ぎこちない動きでこっちを見てくる。ついさっきまでの暗い雰囲気なんて、一瞬で消え去ってしまったみたいだった。
「そりゃー、あんなみんなの目の前で歌ってたら聞こえるだろ」
『うん。ああ……そっか。そうだね』
 はぁ、となぜかため息をつかれた。
「で……誰の歌?」
『あれは、僕が……。僕が書いた歌なんだ』
「え……?」
『そ、そんな顔しなくたって』
「ああ、悪リ。でも、自分でって、作曲とかできんのかよ」
『そんなに……すごいやつじゃないよ。僕、バンドのボーカルしてたから』
「へぇ、全然すげーって。……ん? してたって、それ、もうやめたのか?」
『……うん。昨日話したでしょ。嘘をつき過ぎて、みんなに嫌われたってさ。僕、学校だけじゃなくて、バンド仲間にもやってたんだ。おもしろくて、おかしくて、相手が嫌な思いしてるってわかっててもやめられなかった。そのうち、僕が呼んでもみんな練習に集まってくれなくなって……。今、みんなは違うボーカルの人と、違うバンドをやってる。すごく楽しそうで……』
 そのまま次の言葉を失ってしまったみくは、羨望の眼差しで遠くを眺める。
 俺たちが座りこんでいる裏路地から出た交差点の向こうで、楽しそうに騒いでいる男女がいる。彼らの姿が、かつてのみくの仲間の姿と重なったんだろうか。
『……』
 孤高とはかなさをまとった佇まいに、俺は一瞬見とれてしまう。
 ……なにやってんだ俺。つらそうな女の子に見とれるなんて。
「……。な、なぁ。バンドならまた始めればいいだけじゃねーのか?」
 そう言ってみるが、みくはさみしそうに笑うだけだった。
『無理だよ』
「んなこと……ねーだろ。俺も、昔ギターやってたんだぜ。練習しなきゃダメだけどさ。あとベースとドラムそろえりゃ――」
『――無理だって言ってるでしょ!』
 急に立ち上がって、みくが叫ぶ。
 路地裏から大通の向こうまで響くくらいの声。なのに、誰もこっちを見てくる人なんていなかった。こんな……路地裏で座り込んでるやつらとは関わり合いたくないって、そう思ってるんだろう。
 みくの怒りっぷりに、俺はあぜんとする。
「……」
『僕は……』
 言いかけて、しかし口をつぐむと、脱力したようにまた座りこむみく。
『……』
 ……彼女に、いったいなにがあったんだろう。わからないが、夢をあきらめざるを得ないほどのなにかがあったということなのか。
 俺は、彼女になにかしてやれないんだろうか。
 そう思いはしたけれど、なにも思いつきやしない。
『……メーデー。僕を暴いてよ、もう直終わるこの世界から――』
 無意識に口ずさんだのだろうか。そんなつもりなかったのにといった顔で、みくは少しだけ顔を赤くしてやめてしまう。
「……続けてくれよ」
『え?』
「その歌。歌ってくれよ。なんなら、初めから聴かせて欲しいくらい」
『え……。でも、そんなの……』
「イヤなら、無理に歌ってくれとまでは言わねーけどさ。でも、良い声だよ。聴いてて心地良い」
『お世辞とか、いらないんだよ……』
「んな器用なことできねーよ。素直に思っただけだ」
『……』
 なんだかわからんが、にらまれた。
 けど、ほほが赤いから照れ隠しだろう。
 ……。
 ……そうであって欲しい。
 マジで怒ってたら、それはちょっと悲しい。
『……どうだっていい言を、嘘って吐いて戻れない 。時効なんてやってこない、奪ったように奪われて――』
 みくはまぶたを閉じて深呼吸をすると、そうやっておもむろに歌いだした。
 少し高めだけど、芯の強いしっかりとした声。
 今みたいに静かに歌っているのも良いけれど、ライブハウスなんかで全力で歌っているところも聞いてみたいなぁ、なんて思わせてくれる、素人でもそんな魅力がわかる声だった。

 ――それから、みくの歌を何曲か聴いて、俺たちは別れた。
 別れ際の彼女は、どこかふっきれたような、すっきりしたような顔をしていた。
 歌を歌って、それを俺が……いや、誰でもいいから誰かに聴いてもらえたってことが、みくにはきっととても重要なことだったんだろう。
 それがきっかけだったのかはわからない。
 たぶん、そうなんだろうけれど。
 ……その日を境に、みくが俺たちのところへとやってくることは二度となかったのだから。



5
「どしたンよ。みーくん? めっちゃ元気ねーぜ」
「カツ、そっとしといてあげなって」
 カツとなっちーが、そんなことを言っている。
「いや、お前らなに言ってんだよ」
 俺の反論に、二人どころかサヤまでがやれやれって感じの顔をする。
「失恋か、家庭のトラブルだね。なんかわかんないけど、考えすぎちゃダメだよ。カツも追及しすぎない方がいーって」
「えぇー? 二人とも、俺ンときより優しくね? なんかふびょーどー感じンスけど」
「だって……ねぇ?」
「カツはさぁ」
 なっちーとサヤは、さっきよりもさらにあきれた様子で顔を見あわせる。
「ンだよそれー」
「カツみたいに自分でわめけるタイプはさぁ、あんまりこっちで気を遣ってあげることもないじゃん」
「そーそー。そーゆー人はつらいー、苦しいーって自分で言い出せるから、あんまり抱えこんだりしないもん」
「しーずかにしててキツそうなのになんも言わない人は、自分の中にスッゴいため込むんだよ。だから、余計につらくなるししんどくなるの。ストレス解消が苦手なタイプ。カツはほっといてもストレス解消できちゃうタイプ」
「だから、カツはあんま心配しなくていいよねー」
「ねー」
 意外にというか、このグループにいていろんな人を見てきていることを考えたら、やはり、と評するべきなんだろう。
 二人は他人をよく見ている。そして、相手にとってちょうどいい距離感を保つことができる。そう簡単にできることじゃないと思う。
 ……っつーか、俺が?
 そんなことないと思うけど……思い当たることっていったら、やっぱりみくのことだ。……みくがいなくなったことが、ショックだったんだろうか。
「じゃ、とりあえずみーくんもカラオケ行こっか」
「え? あ、ああ……」
「やった、決まりー」
「よっしゃ、みーくんが何点出すか楽しみだな!」
「おー。みーくんの歌ってるところ見てみたかったんだよねー。たのしみー」
 みんながそうやって喜ぶのを見て、断り損ねた、なんて思う。
 いやまあ、俺を心配して、気遣って誘ってくれたんだってことくらいはわかる。
 けれど、やはり、そんな気分ではない。
 ノーだって言うはずだったのに。
「……」
 だけど、今さら「やっぱナシで」なんて言えないし、仕方ないか。
 俺の腕をつかんで引っ張るカツやなっちーに苦笑しながら、彼らのあとをついていった。

 カラオケは実のところそんなに好きじゃない。
 ギターをやってたし、その当時はかなりがんばってて、歌う方もまあそれなりには練習した。
 自分で言うのもどうかとは思うが、少なくとも下手ではないはずだ。
 だけどなんていうか……メインボーカルをやれるほどじゃなかった。せいぜい要所でハモる程度だ。
「思いはこんがらがって、互いにとんがりあって……」
 皆が誉めていただけあって、サヤは上手だ。だけど、俺の耳にこびりついたみくの声を上回りはしない。
 澄んだ、少し高めの声。ささやくような声量でも、力強さを少しも失うことのない、みくだけの声。
『メーデー。僕を叱ってよ――』
『メーデー。僕を裁いてよ――』
 彼女はなんで、あんなに自分を卑下するような歌詞を書いたんだろう。
 たしかに、嘘つきで、卑怯で……なんて言ってたけど。でもそれなら、曲ができたのはバンドがなくなって、それを思い知らされてからってことにならないか?
 けど、バンドを続けられなくなって、あきらめたんじゃないのか?
 だから、俺がなにを言っても『無理だよ』って否定してたんじゃないか。
 ……それでも曲を作ったりしてたってことは、やっぱり未練があったんだろう。
「なー。みーくんも歌いなよ」
「そーだぜー。下手でも歌っとかないと!」
「カツ、みーくんが下手だったらいーなーとか思ってんでしょ」
「ったり前だろ! 音痴にだって仲間はいるンだよ!」
「あはは」
 仲のいいみんなの中で、俺だけが浮いてるみたいだった。
「みくなら……すっげぇ上手かっただろうけどな……」
 ポツリとつぶやいた言葉に、みなが怪訝そうに眉をひそめる。
 ……ああ、そうだ。
 ゴーストルール。ルール2。
 ――ルール2、他人には、いかなる理由があっても僕の話題を持ち出さないこと。これは僕がその場にいる、いないを問わない。僕との会話もまた、他者に話してはならない――。
 ……律儀なやつらだよな。いなくなったあとになっても、そのよくわからないルールを守ってやってる。
「なんだよ。そこまでしてあのルール守ることないだろ? もういなくなったんだし」
「いや、その……みーくん?」
「ルール?」
 カツは不思議そうに、サヤとなっちーは困惑したように顔を見あわせている。
「なんだよ。最近までいただろ。長い髪染めてて、ずっとうつむいてた女の子が――」
「そんな子……いた?」
 平然と、カツはとんでもないことを口にする。その表情は、嘘や冗談を言っているようには見えない。
「最近、新入りなんてうちらにいないよ?」
「しばらくこの五人だけ……だよ?」
「……は?」
 こいつら、なに言って……。
 え?
 そんな、バカな。
 ……いただろ。
 ずっと、ここに。

 ――メーデー。僕と判っても、もう抱き締めなくていいんだよ。
 ――メーデー。僕が解ったら、もう一度嘲笑ってくれるかな。
 耳の奥には、みくのささやくような歌声が。
 確かにそこにいたし、話したはずなのに。
 それなのに、カツは言う。
「みーくん。それ、誰?」
 ――なんて。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

ゴーストルール 4・5 ※2次創作

第四、五話

相も変わらず、オリジナル物で行き詰まったので息抜きに2次創作しよう、というお決まりのパターンだったのですが、DECO*27様のアルバム「GHOST」を聞いている際は、この「ゴーストルール」にするか「リバーシブル・キャンペーン」にするかで悩んでました。

「リバーシブル・キャンペーン」で書いていたら、「ステージに向かう直前のボーカル(表裏の激しい女の子)と、そのどうしようもない彼氏の不毛なケンカ」みたいなものになっていたんじゃないかと思います。
全然会話の展開が思い浮かばなかったのであきらめました(苦笑)

今回書く上で気をつけているのは「会話劇にしよう」ということです。
前回の「Sol-2413」、そして前々回の「メモリエラ」と、地の文を大量に書き連ねるスタイルだったので。

「Sol-2413」の時も、地の文が多くなることはわかっていたので、会話部分に関しては同じようなことを考えていました。
ただ、会話劇というのは難しいですね。キャラクターが何か言う度にどういう表情でどういう仕草で、どんな口調だったか、とか書きたくなってしまう人なので。

とはいえ、ピアプロという場所を考えるなら、地の文が多い文体よりも会話が多い方が良いよな、と思います。

閲覧数:70

投稿日:2017/01/08 21:55:58

文字数:5,668文字

カテゴリ:小説

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