作ってもらった貸し出しカードは、僕の目には どんなものより価値あるものに映った。1mmの厚みもないような薄いカードだけれど、これは僕が此処へ来ても良いっていう――マスターに会いに来ても良いんだ、っていう、確かな『許可証』なんだから。

來果さんは館内の案内もしてくれて、僕は図書館にあるのが閲覧室だけじゃないんだって事を初めて知った。学習室や、読み聞かせ用の部屋。食堂まで併設されているのには吃驚した。基本的にはお客さん用だけど、職員の人達も利用するそうだ。
……來果さんも、此処で食べるのかな。
思うと胸の奥が重苦しくなるようで、慌てて思考を切り替えた。



 * * * * *

【 KAosの楽園 第2楽章-005 】

 * * * * *



「あっ見てカイト、ツイてるよ! 冷食&アイス半額デーだって!」

図書館からまた暫く歩いて、僕等は大きなショッピングモールにやってきた。
スーパーの入口に貼り出されたチラシに、來果さんが目を輝かせる。意気揚々とカートにカゴをセッティングして、楽しげに店内に踏み出した。

「食材は週イチでまとめ買い派なんだ。だから今日は買い込むよー、覚悟しててね」
「任せてください、並の成人男性よりも力はあるんですから。心配しないで好きなだけ買ってくださいね」

カートも僕が押しますよ、と代わってもらって、端から食材を見ていく事にした。アイスは溶けるから後回しだ。



「あ、キャベツが安い。今日は豚肉とキャベツのミルフィーユ風にしようかなー」
「それ、どんなのです?」
「大きい鍋にぎっちり お肉とキャベツを交互に重ねて、ちょっととろみを付けたスープで煮るの。美味しいよー」

そんな風に献立を決めたり、來果さんのお好みを訊いたりしながら店内を回ると、どんどん重くなっていくカートもなんだか楽しい。
野菜や魚、肉のコーナーを過ぎると、様々な料理の写真が付いた袋が目を引いた。

「來果さん、これは何ですか?」
「ん? あぁ、レトルト……って言っていいのかなぁ。『指定の食材を足すだけで、手軽に美味しいおかずが完成!』っていう便利商品。とりあえず常備しとくと重宝するよー」

パッケージの説明も見てみると、要するに鮮度の要る食材以外でソースを作ってあって、混ぜて火を通せば出来上がり、というものみたいだ。確かに手軽で便利そうだけど……

「結構好きでよく使うなぁ。味も美味しいんだよね」

來果さんは言いながら、何種類かを選んでカゴに入れる。
思わずそれを放り出したくなって、ぐっと堪えた。そんな事したら失礼だ。……だけど。美味しそうな写真のパッケージを密かに睨む。

いいだろう、敵を知るのは大事な事だ。だけど買うのはこれっきりなんだから。こんな、『誰かの味』なんかに頼らなくたって、僕が負けないくらい美味しく作れるようになってやる。
僕の作るものが一番美味しい、って、思ってもらえるようになるんだ。
マスターに美味しいって笑ってもらえるのは、 僕 だ け でいい――

「カイト? 次行くよー」
「ぁ、はいっ」

―― 何 を 。
僕は何を考えた? 僕は――やっぱり、歪んで……壊れて、いってる……?
連続稼動に問題はなくなっても、狂気の影まで消えたわけじゃない事は、既に思い知っていたけれど。

『 境 目 』が、判らなくなってきてる。

もう僕自身が、來果さんを――マスターを、求めすぎているから?
こんなただの『商品』にまで嫉妬するなんて、行き過ぎてる。全部僕に作らせて欲しいとか、あるだけの時間全部 一緒にいて欲しいとか、こんなの。



冷たい恐怖を振り切ろうと藻掻きながら、來果さんの後に付いて歩いた。目に入らなくなっていた間に周囲の棚は様変わりしていて、気付くと食器が並んでいる。

「ぁ……こんなものまでスーパーで売ってるんですね」
「結構何でもあるよね、文具とかも売ってるし。さてカイト、好きなお茶碗 選んでくれる?」
「――え?」

思わぬ言葉に、不安も忘れて素で驚いてしまった。

「え、でも、茶碗は足りてますよね?」
「今カイトに使ってもらってるのは お客様用、っていうか、親が来た時に使ってた奴なんだよね。いつまでも間に合わせじゃ悪いし、毎日使うものなんだから、気に入ったものの方がいいかなって」

安物で申し訳ないけどー、なんて続いた言葉は、耳を素通りして消えていった。
このひとは、一体どこまで解っているんだろう。深い意味なんて無いんだろうか。こんなに立て続けに、『安心』を形にしてくれて。

『僕の為のもの』を用意してくれるって事は、僕は居てもいいんだって事で、僕を受け入れてくれてるって事で。
マスター、僕は、貴女を慕っていてもいいんでしょうか。貴女の、貴女だけの≪KAITO≫に、してくれますか――?



言われるままに茶碗を選び、汁椀を選び、湯飲みにマグカップまで選んで。視界に入った隣の棚は、ランチボックスのコーナーだった。
途端に胸の奥で暴れる衝動、不安が溢れ、迷い、だけど確かめてもみたくて。逡巡する間に、口は動いていた。

「あの、マs――來果さん。その……お願い、を。しても……?」
「え、『お願い』? なぁに、言ってみて?」
「その、ですね。お昼、なんです、けど」
「お昼? うん」
「えっと……お昼、も、作らせて……もらえないかな、とか……」

病んだ心の発露ではないかという不安と、迷惑がられたらどうしようという恐怖で、ひどく歯切れが悪くなってしまう。
恐る恐る反応を窺うと、來果さんは目をまんまるにして瞬きをして、一拍置いて弾けるように破顔した。

「お昼、って、お弁当まで作ってくれるの? 嬉しいっ」
「――え、と……いい、ですか?」
「えぇっそれ私の台詞だよ、大変じゃない? 無理しなくていいんだよ?」
「無理なんてっ」

反駁しかけたところで、來果さんが吹き出す。

「ね、なんかこの会話、覚えがあるわ」
「……あ。そう、ですね。前にも」

可笑しげにクスクス笑いながら、來果さんは棚に目を走らせて小振りのランチボックスをカゴに入れた。そこでふと、口元に手を当てて動きを止めたかと思うと、こちらを振り向く。

「カイトの分も買っていく? 折角だから、図書館来る時お昼持っておいでよ。休憩時間は自由に動けるから、一緒に食べよう?」

――あぁ、本当に、貴女はなんて。



そうして、たっぷり買い込んだ帰り道。
たっぷり、とは言うものの、ふたり分だけだし來果さんも僕もそんなに食べる方ではない。念の為に食器は別にして、持参の買い物バッグ2つに詰め込んだ。
來果さんお手製だというバッグは、大きなマチ付きの大容量 且つ丈夫な作りで、しかも片方はショルダータイプなので片手が余るという親切設計っぷり。食器の袋だけ持ってもらって、残りは僕が引き受けた。

「カイト、大丈夫? 重いでしょ」
「平気ですよ。でも、今まではどうしてたんです?」
「今まではここまで多くなかったかなぁ。やっぱりふたりになったしね」

そう言う横顔が何故だか嬉しそうな気がしたのは、僕の望みが見せた幻想だろうか。
ふふ、と笑って來果さんは続ける。

「それに自転車使ってたから。あ、駐輪場にあるの、後で教えるね。昼間お出掛けの時、使って?
っていうか よく考えたら、今日も使えば良かったね。1台しかないし、と思ったけど、荷物載せるだけでも。うわぁごめん、無駄に大変な思いを」

楽しげな笑みから一転、あわあわしだした。……どうしよう、もう嬉しいのが重なりすぎて、なんだか たまらない気持ちになってしまう。どうしようもなく、触れたい。
触れたい。駄目かな。手、片方 空いてるんだよな……僕もマスターも。触れたい……繋ぎたい、な。

隣で揺れる白い手に意識を奪われていたら、視線に気付いたらしい來果さんが小首を傾げた。

「どしたの、カイト。……手?」
「あ、はい いえあの、えとっ」

しどろもどろになってしまって、恥ずかしくて熱くなる。多分 顔は真っ赤だろう。
來果さんは小首を傾げたまま、愛嬌のある微笑を浮かべて、

「ん? 疲れちゃった?」

冗談めかして言いながら、空いた手を差し出した。
僕は すらりとしなやかなそれを見つめ、抑えきれずに手を伸ばす。

あれ、荷物を貸せって事だったかな。でもマスターには重いし、

……そんな事を思ったのは触れてしまった後で、たちまち不安が湧き上がる。
けれどマスターは笑んだまま、衝動的に触れた手を優しく握り返してくれた。

繋いだ手は柔らかくて、あたたかくて。安心するような、泣き出したいような、おかしな気持ちになりながら、並んで歩いた。
自転車なんていらない。今度もまた、幾らでも全部僕が持つから、こうして歩かせて欲しい。そう、心から願った。



僕にはもう、自分の気持ちの区別が付かない。《ヤンデレ》の因子は僕を侵食して、多分 切り離す事は叶わない。それは不安で恐ろしくて、なのに惹かれていくのも止められない。
この躰に甘い痺れが走るたび、崩壊に近付いているのかもしれなくて、でも確かに僕自身が願ってもいるんだ。

マスター。來果さん。僕は貴女のもの。貴女だけのもの。
どうか、叶うなら、赦してください。ずっと、貴女と居たいんです――。



<the 2nd mov-005:Closed / Next:the 3rd mov-001>

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

KAosの楽園 第2楽章-005

・ヤンデレ思考なKAITO×オリジナルマスター(♀)
・アンドロイド設定(『ロボット、機械』的な扱い・描写あり)
・ストーリー連載、ややシリアス寄り?

↓後書きっぽいもの





 * * * * *
第2楽章 終了です。

今回はやや長くなりましたが、一気に終わらせてしまいました。冗長かなぁと些か不安でもあるんですが、積み重ねてこそ意味があるのだと押し切ります。

次からの第3楽章は、起承転結の『転』にあたる部分になります。
……すみません、以前「第3楽章までで終わる」と書いた気がするんですが、延びました。
第4楽章で完結になりそうです。

*****
ブログで進捗報告してます。各話やキャラ設定なんかについても語り散らしてます
『kaitoful-bubble』→ http://kaitoful-bubble.blog.so-net.ne.jp/

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投稿日:2010/09/26 13:36:02

文字数:3,887文字

カテゴリ:小説

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