5
#include <memory.h>
int main(void){
present();
半年も同棲していたっていうのに、トワとこんなに色んな事を話したのは凄く久しぶりだって思った。
お互いの仕事の話。
テレビのニュースの話。
最近読んだ小説の話。
レンタルしてた映画の話もしたけど、人の顔が見分けられない私には、映画を見てもなかなか楽しむ事が出来ないので、トワの話に適当に相づちを打ったりした。
普段なら、そんなのは面倒臭くて露骨に不機嫌になっていたのだが、今日のディナーに限っては苦痛じゃなかった。お酒の力だったのかもしれないけれど、トワと、どうでもいい、くだらない話をするのが凄く楽しかった。
たまに外食。うん、まあ、悪くないかも。
テーブルには和風パスタが残っていて、さっきデザートでワラビ餅とティラミスをそれぞれ頼んでしまった。
「それでさ……グミ」
「なに?」
急に、トワの声のトーンが下がる。見れば、彼はうつむいている。その視線は右に行ったり左に行ったりで、定まらない。こういう挙動不審なのは“不安そうな態度”って言うんだっけ。
「えっと……その」
「トワ?」
さっきまでと様子が変わったのは分かるが、なぜそんな挙動不審になっているのか、私にはさっぱり理解出来なかった。
「今日はさ、これを、渡そうと思って」
トワは上着のポケットから何か小さな箱を取り出して、差し出してくる。その手は小さく震えていた。これは“怯えて”いるのか。あのトワが?
「何を――」
それを全く意識していなかった私は、それが何なのか理解出来るまでに数秒を要した。
受け取ったそれは、せいぜい四、五センチ四方の小さな紺色の箱で、上半分がパカッと開くようになっている。
「ちょっと、これ……」
それが何なのか――正確には、その箱に何が入っているのか――をようやく察して、私はとっさにトワに返そうとする。
「受け取って、くれないかな」
「そんな、出来ないよ」
トワは、びくりと肩を震わせる。
「僕じゃ、ダメなのかな」
「そうじゃなくて。私がまともな人間じゃないって知ってるでしょ。私みたいな障害者なんか、やめた方が良い」
私の必死の言葉に、トワはやっと視線を上げて、真っすぐにこちらを見てくる。
「……」
堪えられずに視線をそらしたのは、私の方だった。
「僕は、グミが好きだ」
「それは……」
トワの真剣な眼差しに、私は何も言い返せない。
「グミは、どう思ってるの?」
その質問はズルい。
トワが、私の事を真剣に、第一に考えてくれているのを知っている。
事実、私は彼に何度も何度も助けられた。
彼との同棲を後悔しているのは、彼への不満以上に、それが自分にとって幸せである事の裏返しだ。
私が幸せである分、彼に多くの事で妥協を強いているはずなのだから。
彼に、トワに幸せになって欲しい。
だから、だからこそ私が隣にいては駄目なんだ。
だから、彼の優しさに甘えてしまわないように、私は彼をトワと呼び続け、呼び方を変えなかった。
それが、私にとっての精一杯の抵抗だった。
「僕の事、嫌い?」
「そんなわけな――」
小さな箱を握りしめたまま、トワの言葉を否定しようと手を振る。
そうしたら手が引っかかって、パスタの小分け皿にあったフォークとスプーンが宙を舞う。
私とトワの二人の視線が、それを追った。
一組のフォークとスプーンが床に落ちる。
そして、かちゃん、と甲高い音を立てた。
override("present")
forcibly close "present" function();
timeslip(drop the fork);
「なんでまた落とす! いったい何回言ったらわかるんだ? 何回言えば言ったことを守れる?」
指さきがうまくうごかせない。おはしだって手のひらでにぎって使うわたしには、ナポリタンをフォークに巻きつけるなんてどだい無理な話だ。
だからスパゲッティは嫌いなのに。
そんな反論なんてできるわけなくて、わたしはパパの声にびくっとする。目の前に座っているパパがどんな表情をしているのかと思うと、怖くてたまらなかった。表情はわたしには理解できないけど、読み間違ったらもっとひどいことになってしまうのだ。だから、手元のお皿から視線を上げてパパの顔を見るなんて、無理だ。
「お前は、俺を馬鹿にしているのか?」
低い声でそう告げるパパに、私は全身を硬直させることしかできなかった。
首を振って否定するなんて、夢のまた夢。
ただ、フォークのなくなったナポリタンのお皿と、赤いシミをつけてしまったTシャツを、どうすればいいかわからないまま見つめていた。
「言ったことも守れないし、理解もできない。なにをやっても失敗する。本当に生きている価値がないな」
じわりと涙が浮かぶ。
けれど、なにを言ってもパパの叱責はやまない。
わたしはただ、声を上げて泣かないようにと、必死に唇を固く引き結ぶ。
むかし、声を上げてしまってこっぴどく怒られた。だから、声を上げちゃいけない。
「お前のような生きる価値もない愚図が、なんでこんなところにいるんだ」
両手がカタカタと震えて、今度はコップを倒してしまう。
プラスチック製のそれは軽い音を立てて転がっていき、中に入っていた麦茶がテーブルに広がる。
「めぐみ!」
あわてて麦茶を手のひらでせき止めようとするけど、どん、とパパがテーブルを叩いたのを見て、また硬直する。
「本当に、なにを言ってもわからんらしいな」
パパは立ち上がると、テーブルをまわり込んでわたしの目の前にやってくる。
手のひらを伝って、麦茶が床にポタポタとしたたった。
そんなことには目もくれないで、パパはその大きな手のひらを伸ばしてわたしの首をしめようとする。
いたい。
苦しい。
「パパ……やめ、て」
「お前は俺に指図するのか? 俺の言うことは守りもしないくせに、俺に言うことを聞けって?」
いきができない。
いくら口を動かしても、声が出せない。
「もっと早くこうするべきだった。お前は生きている価値なんかない」
やめて。
やめて、お願い。
……死にたくない。
close "timeslip" function(before 13 years);
present();
「やめて!」
やっと呼吸できるようになったわたしは、酸素を求めてあえぎながら、息を吸い込む。
「グミ……?」
わたしは、なんとかパパから逃れようと、その一心で立ち上がる。
早く逃げないと。
わたしは落としたフォークを踏みつけてしまうけれど、そんなこと気にしていられない。
早く逃げないと、パパはまたわたしの首をしめて殺してしまおうとしてくる。
嫌だ。
死にたくない。
部屋の扉よりも、窓ガラスが近い。わたしは窓ガラスに飛びついて、悪戦苦闘しながら鍵を開ける。
「グミ、落ち着いて!」
「パパやめて! わたしは死にたくない!」
「グミの父さんはいない! 僕は父さんじゃない。トワだよ」
窓ガラスを開けて、いつでも逃げられるようにしてから振り返る。
ソファから立ち上がるその人の言葉の意味がわからなかった。パパはついさっき、わたしの首をしめてきた。なら、その場にいるこの人はパパ以外にありえない。
わたしは人の顔を見分けられないけれど、それくらいのことはわかる。
きっと、そう言って私を逃がさないようにしようとしてるんだ。
「グミ。お願いだから、落ち着いて」
彼は、そう言って手を伸ばす。
ほら。
ほら、やっぱり。
彼はわたしの首をしめようとしてきている。
やっぱりパパだ。
「やめて!」
握っていたままのなにかを投げつける。それは小さな……箱みたいだった。
それは彼にあたって床に落ちると、フタが開いて中身が転がる。
きんぞくの輪っかだ。
そう、それは指に通すのにちょうどいいくらいの大きさで――。
「……え?」
違和感。
なんでそんなものをわたしは持ってたの?
それを、誰から受け取ったの?
彼の言葉はもしかして――。
激しい混乱が、頭の中に渦巻く。
なにか致命的なミスを犯したという感覚。
わたし、わたしは……ううん、私は、まさかまた――。
恐ろしくなって、私は後ろに下がろうとする。
だけど、そこにあるべき床が無くて、私の足は宙を掻く。
ほんの一瞬の浮遊、落下。
たぶん、二十センチかそこらの。
窓の外、庭に出てしまったのだと、ようやく気付く。
がしゃ、と鳴るのは、私が踏みつけた玉砂利だろうか。
私はバランスがとれず、そのまま背後に倒れる。腕を振るけど、もう間に合わない。
「グミ!」
部屋の中で、彼が叫ぶのが見える。
ああ、そうだ。パパ――父ではなく、トワなんだ。
そう思ったのも束の間、後頭部に激しい衝撃と痛みが。そこだけ、玉砂利じゃなくて飛び石かなにかだったみたい。
トワの顔が見える。
トワの顔が見えなくなる。
意識が遠のく。
暗転。
close "present" function();
cation !
memory error !
c@tion !
mεmory Ξrror !
c@tiθη !
mεωσrλ Ξπ0r !
}
メモリエラ 5 ※2次創作
第五話
ここで前半が終了になります。
全十話プラスアルファで、実はもうほぼ書き上がっているのですが、最終話でどうしても修正したい部分が出てきたので、前半のみの更新にしました。
後半の更新まで、一週間かからずにできると思います。
……実は、ここまでまったく歌詞の内容を回収できていません。
ていうか、歌詞の内容部分までたどり着いていません。歌詞を基準にすれば、ようやく前準備が終わってスタート地点にやってきたくらいです。
グミがどうなってしまったのか、原曲から察しがつく方もそうでない方も、数日お待ち戴ければ幸いです。
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