「ダビデの竪琴? 確かにそう言ったの?」

「ああ、確かに聞いたぜ」

ルコはぶんぶん首を縦に振る。
頭を抱えるメイコを、ルコ、雪子、帯人、ハク、ルカは見ていた。

「ダビデの竪琴といったら、精神を病んでいたサウルを癒した話が有名ね。
 でも、なんの関係があるのかしら…」

「………《ノイズ》」

カイトはそうつぶやいた。

「あいつは音に詳しかった。
 ダビデの竪琴ってやつも、きっと音だ。
 サウルの鬱を治した奇跡の音……、なにかを治癒する音のことなのかも」

「でも、なにを?」

「さあね。彼の考えることは昔っから、わかんなかったよ」

あはは、と笑う。
そのとき、入り口の扉が開く。
メイトが白衣をひるがえして現れた。

「よう、姉貴。久しぶり。
 そっちのガキんちょどもに、ケガは無さそうだな」

「メイト!? あんた、どうしてここに?
 ここは私室じゃないの。一応、特務課っていう立派な警察署なんだから。
 連絡の一つくらいほしいものだわ」

「ちゃんと連絡したっつーの。
 サイレントモードにしてるほうが悪いぜ。
 ……てか、そんな話をしている場合でもねぇんだよ。
 おまえらさっさと、俺んとこに来い。
 初音ミクに異常が発生した…」

「ミクちゃんに!?」雪子は声を上げる。

「おまえらの助けがいるんだ」

そのまま、特務課を後にした。
車に乗り込み、急ぎ大学病院へ向かった。

日はすっかり暮れていた。
空に月はなく、夜はその黒をより濃くする。
不気味なほどの暗さに、雪子はごくりと息をのんだ。

   ◇

一同はミクの病室に案内された。
すやすや心地よさそうに眠っているミク。
異常は見あたらない。

メイトは一枚の用紙を見せた。
グラフやら、数値やら、複雑な羅列が載っている。

「わかりやすく説明してくれるわよね?」

「もちろん」

メイトは壁に背を預け、説明し始める。

「実はミクの中からなにかが欠けているんだ。
 今まであったデータが一部欠落している。
 …明らかに、あいつの仕業だな」

「その欠けたデータというのは、何なんですか?」雪子の声は震えていた。

「記憶、蓄積された情報、その他もろもろ、残っている。
 だが不思議なことに、「音声データ」だけがごっそりなくなってる。
 発生から、ビブラートの出し方まで、ボーカロイドとしての基本的な行動が
 今の彼女にはできないんだ。
 ……でも、変だろ?
 普通、ボーカロイドからわざわざ抜き出すか。そんなもん」

「ダビデの竪琴、もしくはノイズ。
 それと関係あるのかもしれないわね」

「相変わらず、なに考えているか、わかんねぇ野郎だ」

チッ。舌打ちするメイト。

帯人はそっと、うつむく雪子の肩を抱いた。
その肩は震えていた。
きっと罪悪感に駆られているんだ。

「……大丈夫…」

「…たいと…」

「安心しろ雪子。俺様はメイト教授だぜ?
 音声データぐらい、一晩ありゃ完璧にやってみせる」

ニカッと笑い、ウインクする。
雪子の口元に安心の笑みが浮かんだ。

「で、だ。
 徹夜してでも、ミクを治してあげようと思うんだが、
 これから俺につきあってくれる奴はいねえか?
 ああ、無理にとは言わないよ」

雪子はぐいっと手を挙げる。続いて帯人。
しぶしぶ挙げるメイコを見て、カイトも手を挙げる。
残念ながらハク、ネル、ルコは帰ることになった。

作業は深夜までかかった。
病室は眠気覚ましのコーヒーの臭いで満ちていた。
病室の中で、メイトが作業をし、帯人と雪子がそれを手伝う。
その病室の前でカイトとメイコが見回りをしていた。

元通りとはいかないが、元の声に限りなく近いデータを作ることができた。
ミクの欠けた場所にはめる。

「お、できた。できた」

「え! 本当ですか!? や、やったー♪」

「……うん、よかった…」

「なんとか完成したみたいね。
 はぁ、もう四時よ。さっさと帰りましょう」

「なんなら、ここで止まるか? 病院てのは休む部屋もあるんだぜ」

「雪子も帯人も疲れてるみたいだし、今日はそこに泊まろうかしら。
 今すぐ用意できる?」

「ああ、大丈夫さ」

それから休憩室で、雪子も帯人も倒れるように眠った。

これで大丈夫。
いつ起きたって、「おはよう」って言える。

雪子は微笑みながら眠った。

   ◇


(――あの子がいない)


(――その分、俺は俺でいられる)


(――でも探さないと、)


(――どこかであの子が泣いているかもしれないから)


   ◇

朝、雪子は寝ぼけまなこのまま、病室へ向かった。

いい天気だから、カーテンを開けてあげよう。

ふらふらしながら、病室の戸を開ける。
ふわりと風が吹いた。
揺れるカーテンと、ベッドから落ちた真っ白なシーツ。
まぶしいほどの日差しが差し込む窓。
その前に立っていたのは、美しい緑色の髪の持ち主だった。

ずっと待っていた。
あなたが目覚めることを。

「ミクちゃん!!」

彼女は振り返る。
前髪の隙間から見えた瞳は、強い光を灯していた。


「……あんた、誰」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

優しい傷跡-君のために僕がいる- 第05話「欠けたもの、生まれたもの」

【コメント】

完☆全☆復☆活

お久しぶりです、アイクルです。
また連載していこうと思います。
よければまた応援、よろしくお願いします^^

閲覧数:836

投稿日:2009/06/15 00:58:38

文字数:2,134文字

カテゴリ:小説

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  • アイクル

    アイクル

    ご意見・ご感想

    ただいまー!^^
    最低週一で更新できればいいなあ、と思いつつ書いてます。
    みなさんの応援、励みになります。本当にありがとう。

    これからの展開を楽しんでもらえれば、嬉しいです。

    2009/06/15 17:44:33

  • 桜宮 小春

    桜宮 小春

    ご意見・ご感想

    お帰りなさい!!
    楽しみに待っておりました!

    今更ですが、メイトさんカッコいいです…!
    そしてカイトとアカイトの関係が地味に気になります。
    ミクちゃんもお目覚めですし、今後の展開も楽しみです!
    頑張って下さい!応援してます!

    2009/06/15 14:14:25

  • 七の月

    七の月

    ご意見・ご感想

    アイクルさん、お帰りなさい!

    最新話をずっと待ってましたのです。
    ミクちゃん、ついに目覚めか…これからどうなるかな…ワクワクなのです!!

    2009/06/15 01:31:08

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